注:かなりむごたらしい残酷描写があります。



第三章

W

 ・・・ええと。
 うん、何かだんだんわかってきた。
 この人たちお酒好きなんだなぁって・・・
 何かを口実に、日中から酒盛りしたかっただけなのでは・・・
 どんちゃん騒ぎを繰り広げていて、当然未成年の私は横でおつまみのポテチとイカくんを齧りながらお茶を飲んで相槌を打っていた。
 ・・・って、まだ全員の自己紹介が済んでないんだけど、そこに割って入る勇気が出ない・・・

「なぁ、最近のあっちはどうなのかね、雨たん」
「おまっ・・・ 何だその『たん』は・・・ 聞いててイタイわ!」
「るっせぇなぁ可愛いからいいだろ別に・・・ じゃあお前は何て呼ぶ気なんだよ」
「・・・雨、ちゃん、で、いいだろ・・・」
「何言っといて照れんねん・・・つか、チャン付けもそれはそれでアカンな。ワレのそのツラで」
「黙れ! じゃあお前は何て呼ぶ気なんだ」
「お嬢ちゃん」
「あら、アタシは『お嬢ちゃん』却下されちゃったわよぉ、本人に」
「む・・・」
「呼び捨てでいいですよ、私は」
「「「「「「そうはいかん!!」」」」」」
 話を聞いてたらどうやら私を何と呼ぶかで会話が白熱しだした。
 名前のことでまさかこれほど盛り上がるとは思っていない私は剣幕に圧されて結局成り行きを見守るしかない。
「俺は『たん』は譲らねぇ。萌えっとくるだろ」
「そりゃお前だけで俺は出来ん!! かと言って恩があるから呼び捨てにするわけには・・・っ」
 ・・・ハイデルさんはぐぐっと握り拳を作って呟いている。
 意外に律儀な人なのかな、と思ったら、強面とのアンバランスに少し和む。
「じゃあ俺はこれから『雨たん』と堂々と呼ぶ。いいな」
 ジオルさんは据わった目で私に言わずに皆に言った。
 ・・・えと、この場合私に拒否権ないのですね・・・
 でも、親しみを込めてくれてるんなら拒否するわけにもいかないのか・・・な?
「んじゃー俺は・・・ マイエンジェルで」
「「「「「「一番イタイの出た!!」」」」」」
 サムレさんという、巨躯の人がボソリと呟くと、私とスノウ以外の全員が全力で嫌そうな顔で叫んだ。
「だって俺、さっき天国見たもん」
「・・・・・・・・・・・・それは理解するが、イタイ以前に毎回それだと長くねぇ・・・?」
「では略してマイジェル」
「何かエロいぞそれ! 却下だ却下!!」
「アカン、平行線で決まらへんわ」
「とりあえず全員で案を出したらいんじゃね?」
「案なんぞ出ても纏まる気ぃせんわ」
「別に纏めなくてもいいだろ。おれは『雨たん』で通す」
「イタイが服きて歩いてるぞジオル・・・」
「座ってるし脱ぐかこの野郎」
「馬鹿野郎脱ぐな見苦しい」
「じ、自分、二個ほど愛称の案があるんだけど」
「お、何や、言うてみぃ」
「『アーメン』か『げろしゃぶ』・・・」
「パクリじゃねぇかーーー!!! つかネタでもげろしゃぶ言うなっ!」
「誰かがくすっと笑えばいいと思って」
「馬鹿だろお前・・・」

 酔っ払いの会話は際限がないんだ、と、初めて実感していた。
 こういう経験自体が私にはないから、凄く新鮮な気はしている。
 歓迎される、っていうこともあんまりなかったからな・・・
 素直に、初対面なのにこんなに飾らないで接してくれているということが私はやっぱり嬉しくて、知らずニコニコしてその場を見守っていたら、スノウが私の腕についた赤い痣に気がついた。
「あ・・・ 主!! 赤くなってるじゃないですか!!」
「えっ? あ、大丈夫だよこれは。一晩寝たら治るから」
「・・・もう少し人に向ける愛情の他にもご自愛くださいよ、もう・・・」
「え、あは、気をつける〜」
 私だって闘技場で戦ったりする以上、生傷は絶えなかったりする。
 でも、普通の人よりは回復は断然早いみたいだから、自分の傷に癒しの術を使うことはあんまりなくて、闘技場から帰ると(ばれてからも通いました)必ずお兄ちゃんやスノウにどやされた。
 自分を癒すことはつまり自家発電なので、実は効果はあんまりないから、患者さんたちを癒して疲れている筈のお兄ちゃんが私を癒してくれたりした。
 お兄ちゃん、今日から一人暮らしだけど大丈夫かな・・・
 あの人はひとつの事に集中したら他のことが見えなくなっちゃうから、誰かが気にかけてくれたらいいんだけど、ごはんとか、ちゃんと食べてるかな・・・
 家庭菜園の野菜、ちゃんと育ててくれるかなぁ。
 まだ、人間界に到着して数時間しか経ってないのにもう家のことを考えてる自分も可笑しい。
 研修の時にだってかなり長い間、家を空けてたのに。
 知らず重度のブラコンな自分にちょっと笑えてしまった。
「・・・その腕、どうした」
 近くに座っていたハイデルさんが、私とスノウの会話を聞きとがめたのか、腫れ物に触れるような遠慮した手で私の左腕の赤い痣に触れる。
「・・・まさかさっきジオルが引っ張ったから」
「あ!! いえいえ、ここに来る前に人に力任せに引っ張られちゃって・・・」
「何でそういう事になった? そいつに何かしたのか?」
「いえ、何も・・・」
 う、あまり追求されるのも辛い。痴漢に遭ったなんて恥ずかしくて悟られたくない・・・
「あめの来た時間は通学、通勤ラッシュってこと悟ってあげなさいよ」
「何!? じゃあひょっとして痴漢か!!??」
「・・・・・・」
 泰司さん鋭い・・・
「だ・・・大丈夫だったのかそれはっ!?」
「あ、イエイエ大丈夫です、親切な人が助けてくれたのでトラブルにもならずに済んでます」
「そうじゃねえよ!! そのがきんちょの言うとおりだよっ、人の事治してないで自分を大事にしないと!!」
「腕掴んだやつがよく言う・・・」
「今とさっきじゃ話がちがうだろうがっ! ってか、お前何雨たんに触ってんだよ、なれなれしいぞ!!」
「さ・・・ 邪推するな、心配しただけだっ!」
 ジオルさんの指摘にハイデルさんが食って掛かっている。
 触れていた手は指摘されて離された。
「お嬢ちゃんそれ治されへんの? そないな白い肌に赤い痣、痛々しぃてここにおるもんは見とられへんねんで。自分も顧みんと治してくれたことは一生恩に着るけど、坊の言うことも尤もやで」
 眼鏡をかけている、ちょっと言葉に特徴のある話し方の、背が高くて肩幅の広い比較的若そうな・・・二十代後半くらいのトラオさんが私に言った。
 どうやら彼にとっての『坊』とは、スノウのことらしい。子供の姿だから・・・なのかな、スノウは気にした風もないけど、坊って・・・
「・・・いえ、本当に大丈夫ですよ。本当に、お風呂に入ったり一晩寝たりしたら治りますから。それに、自分で自分の傷を治すのは自家発電なんで非効率なんです」
「さよか。・・・布団敷こか? 風呂沸かしてこよか?」
「あ、俺、添い寝したい」
「死ね、シンデシマエお前はっ!」
「添い寝でしたらスノウと寝ますから寂しくないです」
「あはは、さよか! そりゃ寂しないな」
 トラオさんは屈託なく笑った。
 気付いたらもう、私の愛称を決める会議は消滅したらしかった。
 好きに呼んだらいいと思うし、何だかんだで結局大多数の人が私を『お嬢ちゃん』と呼ぶことに決めちゃったらしい。
 それならあの熱い議論は何だったのかとも思ったけど、やっぱり酔ってるのかな?ということで私は納得しておいた。
 まともな自己紹介を受けたわけじゃないけど、観察していて誰がなんていう名前なのかは大体わかってきた。

 さっきボソリと喋ったのが、マイナさん。
 マイナさんは鎖骨を折られていて、私が治そうとしたら物凄く抵抗された。
 マイナさんは一番最後だったんだけど、嫌だと言って大きな躰で暴れだし、鎖骨に無理がかかって痛みが増してしまって、どうしようか困っていたら、トイレから戻っていたトラオさんとジオルさんがふんじばって押さえつけ、悪いと思いながらもそのまま術を使ったら、案外ちゃんと同調してくれてちゃんと治せてホッとしたのを強烈に覚えてる。
 ひょっとして私は嫌われたかな? と思ったけど小声でお礼を言われ、
「同郷の女子と触れ合うの久々で・・・ 照れ臭さのあまり挙動不審すみません」
 と言われて、私は少し驚いたのだった。
 照れ臭いって・・・ 聞いて、何だか可愛いと失礼にも思ってしまって、私は
「私こそ恥じらいなく上に乗っちゃってごめんなさい」
 と言ったら、
「アンタもうこいつら煽るのやめて頂戴よ・・・」
 と、何故か泰司さんに窘められた。

 あと、話を聞きながら一人でちびちびと誰よりもお酒が進んでいるのがガジェスさん。
 皆が「暑いから」という理由で冷えたビールを飲んでいるのに対して彼だけ焼酎のソーダ割り。あ、でも、氷入れてるからビールより冷たいのかも?
 見た目は細いけど目つきが鋭くてやっぱり只者ではない雰囲気。
 あまり口数は多くないけど、みんなの話を聞きながらそれなりに楽しく飲めているみたいで、今の表情は穏やかに見える。
 そうやって、人間観察をしていたらガジェスさんと目があって、
「おや、お嬢ちゃん俺に気がある?」
 と、薄い唇で笑って言われたけど、嫌味がなくて、逆にガジェスさんの気さくさを感じさせていたような気がして、
「はい、もっとお話しましょうよー」
 と言ったら、
「お嬢ちゃんがもう少し色っぽい大人になってから、大人の会話をしようぜー」
 と返された。
 それに対して泰司さんが
「アンタ意外とまともだったのね・・・ だったらなんで最初に他の馬鹿ども止めなかったのか、後で説教ね」
 と、ガジェスさんにだけ言っていて、それにガジェスさんが一瞬げっそりした顔をして見せたのが印象に残ってる。

 賑やかに見えるところを見ると、皆仲が良くて楽しいみたいだった。
 そして、話題は元に戻って自分たちの故郷の話になった。

「今住み辛いよなー、あっち。こっちの金に換金するのにアホなマージンかけてやがるし・・・ 女王は女王で頑張ってるけど自分の代でシアド様失踪とか駄目だろ」
「そやな・・・ レア様も今おらへんしな・・・」
「加えてまだ犯人わかってないんだろあの門破り。何でそう後手後手になるのかね?」
「偉い人の考えることはわからねーな。門が常に開いてる状態だから、巻き添い食いたくなくてこっちに避難するってやつもまあ居るらしいぜ。それで俺らが『はぐれ』として狩ったら俺らが恨みを買うわけだろ。やり難いったらねぇよな」
「許可もらってこっちに出稼ぎに来てるかどうかの差で『ハンター』と『はぐれ』が決められるのもなぁ、確かに理不尽なのかもしれないな。他の世界とも鎖国状態だったから、そろそろオープンする時期に来てるのかもしれないぜ」
「あらやだ、それは人間界以外に対してでしょ。こっちでは鎖国開いたらうちら化物扱いよ?」
「デラ姐はルックスでどこでも化物だよ」
「殺すわよアンタ」
「うはっ、怖ぇ〜」
 真面目な話の合間にたまにおふざけが入る。
 それでも、みんな、やっぱり天聖界の今後が気になるようで、色々考えているんだということが改めてよくわかる。
「こっちに逃げてくる人が増えたってことは、あっちも結構荒れてるって事ですよね。最近、レジスだけでよくあった暴動は、インティナでも見られるようになってきたんです。あと、反女王政権を掲げたレジスタンスとか・・・ それを煽っている人とか。暴動鎮圧の為に衛兵とレジスタンスが小競り合いをしているってよく聞きました」
「お嬢ちゃん、暴動起きた側におったら大変やったな。他人の『痛み』感じてしまうのやろ」
「あー・・・ 何回かあります。一回、止めに突っ込んで行ってもみくちゃになったことがあって、それを感じたスノウに首根っこ掴まれて引き戻された事がありました」
「この坊がか? そないに強そうには見えへんわー」
「あっちでは森羅万象が整っているのでスノウは子供ではないんです」
「あはは、さよか! おじいちゃんやったりするんか?」
「いえいえ、トラオさんくらいの歳の筋肉マッチョなお兄さんです」
「・・・さよか・・・」
「思わぬ伏兵が・・・しかも添い寝許可が出ている!」
「・・・添い寝から少し離れろよジオル・・・ 変態ロリコン野郎」
「嗜好なんだから放っておけ。萌え萌えするだけなら犯罪にはならん!」
「あと一歩で一線越えそうだっただろお前・・・」
「ど、同郷のじょ、女子は久々でしたからね・・・」
「ジオルを擁護するなマイナ!」
「いやいや、本当に天国だったアレは・・・ 俺はまた怪我をしたいとさえ思った」
「サムレ、それはそれで駄目だろ・・・」
「そういうハイデルは一番に名乗り出ただろ」
「っ、ちが、あれは・・・ 俺は利き腕だったんで今まで狩りできなかったからだよ。正直焦ってたんだ。あの幼生はぐれに負けたことが・・・」
「ハイデルさんて真面目なんですね?」
「おー、真面目で勤勉なんだよ。で、執念深い。こいつだけ三回あのブラックリストに落とされてる」
「んで、プライド捨ててわいに縋ってきてわいも返り討ちや」
「面白がってあのあと皆に吹聴したのはお前だろトラオ!」
「あそこまで清々しく一発で気絶させられたらなぁ。笑うしかあらへんわ」
「そしたら皆一度あのブラックリストに落とされてたって聞いてさ、俺らも底辺とはいえ『ハンター』のはしくれ、何とかして全員で捕まえようとしたら・・・」
「じゃー少し強めにいくぜーって言われて、ぼきっ、だ」
「お嬢ちゃんはあのブラックリストに近づいたらいかんで。エライ性質悪いよって」
「あははは、はい〜〜」
 彼がターゲットだとは口が裂けてもいえない状況に、私は適当な愛想笑いを返すしかなかった。
「あーゆーのは高級住宅街に住んでるセレブに任せておいたらいいのよ」
「あっ、そう言えばこの近くにセレブハンターのマンションありましたよね?」
「あるけどうちより100倍高いわよ家賃。あれは人の住む場所じゃないわよ。『依頼持ち』が入る場所だからね・・・」
「そう言えばお嬢ちゃんは『依頼もち』だったな?」
「あっ、いえいえ、お金ないのであんなトコ入れないですもちろん。あと、ちょっと依頼も特殊なので長期戦かもしれないので余計に無理です。初仕事ですし」
「おっ、初仕事なのか・・・ そうだよな初々しいもんなー」
「あめは資格取得最年少記録更新者よ。実はエリートなんだから」
「えええ!! そうなのか、あ、まあ、そうか・・・ ジオルを一発で転ばせたしな・・・」
「そうかー、まあ、おじょうちゃん、がんばれよ」
「はい、有難うございます」
 依頼に関して干渉しないのは暗黙の了解になっていて、そこを突っ込まれずに済んだことに私は安堵した。

 時計を見たらもうお昼近い。
 そろそろご飯作ろうかな・・・
 あっ、その前に流しの掃除か・・・ うん、私、ホントに頑張ろう。
 話が盛り上がっている隙に部屋から出て、スノウにテレパスで呼びかける。
【ね、悪いんだけどお掃除手伝ってくれる?】
【言われると思って、準備は出来てます】
【流石スノウ!! んじゃ、床と壁と天井、とりあえず全部屋塵と埃落としちゃおう】
【わかりました】
 水と木の精霊に呼びかけて塵と埃を纏めてみたら、物凄い量になった。
 とりあえずゴミ袋にまとめていれとかないと・・・
 玄関横に物置っぽい戸があったから明けてみたら、ゴミ袋があったから失敬してゴミを詰め込む。
 うん、よし。
 とりあえずこれで裸足で歩いても靴下黒くはならないレベルで綺麗になった。
 そう思ったら自分の靴下が真っ黒なのが気になって、自室においてきた鞄に入っている靴下の替えを空間転移で引き寄せて履き替える。
 んーでも、やっぱスリッパ欲しいかも。そして折角だからワックスもかけちゃいたい。折角の木目のレトロな廊下だもん。後で買いに行こう。
 一つを始めたら次々課題が出てきて、あら、これは一日では終わらないな〜と思い始めていた。
 ・・・先ず掃除より先にご飯だな、お腹空いてきたし。
 さっき駅から歩いてきた途中の道から見えたスーパーに行って適当に材料を買う。
 人数多いから一品もので済ましちゃおう。
 あれ、でもそれだと毎日一品で雑なご飯になっちゃうかな。
 まあ今日は初日だし、下拵えの時間ないから軽いものでいいかな・・・
 そんな風に思いながら台所を使っていた間、他の人たちはこんな会話があったらしい。

 ・・・結局、私の耳には最後まで入らなかったのだけどね・・・

+++☆★☆★☆+++


「さて、あめも席を外したことだしアンタ達説教の時間よ」
「・・・・・・・・・・・・」
 泰司さんが、少し今までよりも低い声で全員を見渡すと、全員が暗い顔をして突然下を向いた。
「お前等・・・ 俺が昨日注意したこと聞いていなかっただろうがぁっ!! 人が仕事明けで二日酔いで寝ている隙に同郷の女子マワそうなんて恥を知れ恥を!! トラオ、ガジェス、ハイデル!! 幾分まともなお前等にちゃんと見張っとけって言っといたのにこの有様!! あの子が強かったから良かったものの、ヤッてたらお前等を犯罪者としてしょっぴかなきゃならねえ俺の気にもなれ、糞共がっ!!」
「そう言うけどガタイでサムレ、ジオル、マイナに劣るもん俺等」
「何の為に館内規定で能力認めてると思ってんだよっ、ここでだけあっちの法に基づいて行動させるためだろうがっ!!! あっちに居ないからってこっちで犯罪やっていい道理があるか!! それがわからんのなら上に報告すっぞ、あぁ??」
「す、すすすすすみません出来心で・・・」
「こ、このむさ苦しい環境下で禁欲生活が5年も続いてりゃさ・・・」
「そうそう、人間の異性とやるのも禁止だろ、たとえ風俗でも」
「それにあれは・・・ あの娘は」

「罪人の娘なんだろ。あの、例の・・・」

「・・・」
 ちらりと全員がスノウを見たそうだけど、スノウは瞬き一つせず口を噤んでいたそうだ。
「だから罪人の娘に犯罪行為したっていいだろうってか!!?? お前のほうが余程屑だ!!」
「・・・でも」
「言い訳なんざ聞きたかねえ!! それはあめの親父のことで、あめが何かお前にしたのか、えっ!!??」
「いや・・・」
「欲求不満だからって、罪人の娘になら何してもいいってのか、お前等は!! さっきみてぇに自己処理しやがれ! できなきゃ手伝ってやる!!」
「・・・それはいらない・・・」
「兎に角サムレ、ジオル、マイナはペナルティで毎日館内清掃を命ず。5年だ。やってるかどうかは俺が見回りをする。やってなかったら鞭でケツ10回叩いてやる。いいな」
「み、未遂なのに重くねぇ・・・?」
「未遂だから許されるんじゃねぇ、お前等の心根を叩きなおしてやるってんだ、馬鹿っ。だから女が逃げるんだろ、悟れよ屑。ホントはハンター保護法なければ追い出しちまいてぇ程いらついたわ」
「・・・・・・・・・・・・」
 誰も泰司さんの剣幕に逆らえる人はいない、と、スノウは変な汗をかきながら思ったらしい。
「で、でも、もう、そういう気、起きませんから」
「当たり前だ馬鹿野郎」
「や、そ、そうじゃなくてその、彼女にそれをしようと思ったこと自体をあの術を受けたときに後悔した。穢れて澱んだ俺の鬱屈した全てが吹き飛ぶような清廉なオーラ・・・」
「ほんま・・・ アレはやられたワ。わいは幼女苦手やってんけど、治療受けたらこう、なんかきゅーーーーんと来てしもて」
「逆に下半身めちゃめちゃ滾った」
「そうそう・・・」
「だからそれが邪念なんでしょ、放出してきて漸く綺麗になったんじゃないの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・ってことはやっぱりお前等全員、あのまだ幼い子に、邪念持ってたってことじゃないの。やっぱ全員半殺しかな〜」
「あ、それはそれでアリだな、彼女、喜んで癒してくれるぞ」
「ホント殺したい・・・」
「・・・・・・冗談だよ・・・」
 スノウは、泰司さんが私が居なくなってからこうして釘を刺してくれたことに少し感心していたらしい。
 スノウは私が向こうではあまり好かれていないということをこの二ヶ月で悟ってもいて、味方が少ないということを私と一緒に憂いてくれていたから、泰司さんだけでも私の父を知っていて味方になってくれたことがとても嬉しかったみたいだ。
 私が席を外してから、さっきのようなことが二度とないようにとスノウも圧力をかけようと思っていたみたいなんだけど、幼い子供の姿でどれだけ凄めるかに自信がなかっただけに、泰司さんに強く恩を感じたみたいだ。
「あめは治療費って一言も言わなかったけど、徴収したい気分だわ。いや、今のうちに決めとこうかしら治療費。狩りにも『治療できる』安心があったら油断が出かねないし、今後あめの治療術に頼ることも禁じるわ、いいわね?」
「へい・・・」
「ただ、あめが放っておかないと思うけどね・・・ ホント、慈悲深くて天使みたいよね」
 スノウはびくっとなったけど、誰もその様子には気付かなかったみたいだ。
「・・・で、肝心のお嬢ちゃん、どこ行かはった?」
「トイレじゃないの?」
「え、雨たん排泄するんですか」
「昔のアイドルじゃねえんだから・・・ するだろ」
「マイナお前最後にちゃんと消臭して来たか?」
「あ!! やべ」
「・・・悟られたらアウトやろ、はよ今からでも行って来い」
「使ってたらどうするんだっ」
「マイナだとまた何やらかすか心配だから俺が行く。・・・彼女とマイナを二人にしたくない」
「それは逆にお前が彼女と二人になるってことだろ」
「・・・別にそれが目的じゃない。全員のアレを悟られたくないだけだ」
「ハイデルなら良いんじゃないの。行っといで」
「な、何だよハイデルは良くて俺が駄目な理由・・・」
「変態だからよ」
「・・・貴方が言いますかそれ」
「あ゛あ゛??」
「ご・・・ ごめんなさい」
 そして、食堂で流しの掃除をしている私をハイデルさんが見つけることになる。

+++☆★☆★☆+++


「・・・何をしている」
「えっ」
 全然警戒してなかったから、全く感じなかった気配に驚いて振り向いたら、すぐ後ろにハイデルさんがいた。
 流石、熟練ハンターさんだ。足音しなかった。気配、殺すの上手い。振り返っても静かな気配。見えないオーラ。
「そろそろお腹空いたかな〜と思って、私がですけど。ご飯作ろうかなって食堂に降りてきたら、汚れが気になっちゃって、お掃除してました」
「なんで・・・」
「え? 汚れていたから・・・」
「お嬢ちゃんはそんなことしなくてもいい、デーラの仕事だ」
「いえ、許可は取ってるんです」
「何?」
「出来たらお呼びしますから、皆さんで楽しんでてください」
「そうはいかない。今日の主賓はお嬢ちゃんだ。そんなことはさせられない」
「え、いえいえ、ご飯食べてもらうの好きなんです。実は楽しんでやってますからそんな気にしなくても・・・」
「飯は作れないが掃除を手伝おう。俺は何をしたらいい?」
「え・・・あ、助かります」
 何だか有無を言わさない感じがしたから素直に厚意を受け取ることにした。
 ハイデルさんはやっぱり律儀で義理堅いんだな、と思って肩を少し竦める。
「じゃあ、ガス台の周り拭いてもらえます? 油がこびり付いてしぶとくて・・・」
「わかった」
 私はシンクの水垢を落としにかかっていた。
 さっき、堆く積まれていた汚れたお皿や茶碗、箸と鍋はもう洗ってある。
 こびり付いているしぶとい汚れは流石に精霊に頼めない。
 毎日使ってはいるらしいシンクやガス台の汚れのしぶとさに少し辟易しながら掃除をしていたらまた、気配を消して近付いていたらしい誰かの声が背後でする。
「ハイデル、ワレ何してまんの」
「掃除」
「何で」
「お嬢ちゃんが一人でやっていたから」
「アカン、これペナルティでサムレ達ドアホの仕事になったんやで。やつ等呼ぼ」
「いえいえ、もう、あらかた終わりましたから、ここだけですけど・・・ お腹空いてきたし、これからご飯作るのでもう少し待っててくださいな〜」
「は? お嬢ちゃん主賓やで。そないなことせんでも」
「いえいえ、歓迎会楽しいのでお礼ですよ。こんなに歓迎されたことないんです、私。凄く嬉しくて」
「・・・さよか。ならわいも手伝お」
「有難うございます。トラオさん」
 言うと、トラオさんは少し穏やかに笑った。
 この人はここで一番、人当たりが良さそうに見えた。
「包丁使えます?」
「そないに馬鹿にせんでも。刻むくらいは時間かければでけるわ」
「じゃあ、さっき買って来たのできゅうりとハム、細切りにしてもらえますか?」
「OK。ここにある全部でええか?」
「はい、助かります」
「あいよ〜」
 ハイデルさんがガス台をぴかぴかにしてくれていたから、ようやくガスが使える。
 ハイデルさんが手持ち無沙汰になっていたので、今度はテーブルを布巾で拭いてもらうことにした。
 その横でフライパンで薄焼き卵を作っていたら、トラオさんの手つきが危なげで、どうしても手を出してしまった。
「トラオさんそれじゃ指切っちゃいそうです。ちょっといいですか?」
「お? ああ・・・」
「指は伸ばさないでこの関節のところで調節するんです、こんな感じ・・・」
「慣れたもんやな〜」
「小さい頃からやってましたから」
「親御さんの教育がええんやな」
「・・・えへ、そうかもしれないです」
「・・・何か悪いこと言うたな、わい。変なこと言っとったら堪忍な」
「え? いえ、やだな、トラオさん鋭くって」
「ん?」
「何でもないです」
「アドバイス通りやってみたらやりやすくなったわ、お嬢ちゃんええ嫁さんになるで。ええオカンにもなるわ」
「あはは、有難うございます」
「それにしてもきゅうりは切りやすいけどハムは難儀やな〜」
「何だよミイラ取りがミイラかよ、トラオ」
「い?!」
 また後ろから気配がしなかった別の声。
 今度はガジェスさんだった。
「何だァ、やけに楽しそうじゃねぇかハイデル、トラオ。お前らそういうの良くないんじゃね?」
「誤解やで。やめさそ思たけどお嬢ちゃん頑固で引かんねん。そやったら手伝いしたなるやろ」
「お前らはお人よしってんだよ・・・ まあいいや。他の連中も呼んでくるわ」
「えええ!? まだ出来てないです」
「ペナルティの馬鹿3人はまだ上で酒盛りしてんだぜ。昼飯前に少し腹に余裕開けといてやるんだよ」
「あ・・・ お腹空いてないですか、皆さん・・・」
 そう言えば皆、おつまみつまんで飲んでたから、私ほどお腹空いてない・・・のか・・・
 何か急に恥ずかしくなった。
「ああ、違うぜ。美味しく食べたいから腹をもっと空かしたいってことだよ。俺も手伝うから」
「え? でも折角皆さん楽しそうに呑んでるのに」
「主賓が働いてるのに放っておけるか。あの馬鹿どもの所為で要らん恫喝受けたしな、溜飲も下がるし」
「そやな、そりゃ賛成や」
「???」
「じゃ、呼んでくるわ」
「??? 何ですか恫喝って」
「あのオカマ音漏れせんように結界張っとったな。あの大音声でお嬢ちゃんに聞かれてへんの不自然やわ」
「そうだな、まあ、安堵したが」
「え?? 何ですか何ですか??」
「それよりもお嬢ちゃん、薄焼き卵ちょうどええんちゃう?」
「あっ」
 何だかはぐらかされたような気がするけど、ちょうど良かったからお皿に置いて冷ましておいて、次のを焼き始める。
「ふおあっ、何かいい匂いする〜」
 今度はあんまり気配を消していなかった人たちが降りてきた。
 一番後ろからちんまりとスノウもついてきている。
「あめっ、アンタ、もう、気が向いちゃったの?廊下つるぴかだったわよ!!」
「「「えっ」」」
「あっ、はい、気が向いたので塵と埃取っ払って拭き掃除しときました。能力使ってズルしましたけど」
「アンタどんだけ多能力よ!!??」
「・・・あはは。それとさっきのイカギョロ煮物、一応タッパーに入れて冷蔵庫保管しましたけど食べますか?」
「捨てていいわよ、もう・・・」
「じゃあ今日の掃除はしなくても・・・」
「そうはいかないわよ。他にも仕事あるでしょいっぱい。風呂掃除とトイレ掃除とか」
「あ、お願いしても良いんでしたらさっき、ゴミ纏めたんですけどどこにおいていいかわからなくて玄関に置いちゃったんです。生ゴミじゃないので匂いませんからゴミ出しの日までの保管場所に置いてくださいます? あと、折角廊下が黒い素敵なレトロの木目なので、さっきワックス買って来たんです。かけてくださると嬉しいんですけど・・・」
「・・・すげぇ」
「でももうすぐ出来ますから簡単にでいいですよ」
「そうはいかん。そこまでしてもらって雑には出来ないだろ、オラ、やるぞ二人とも」
「そだな・・・」
「うん」
 すごすごとサムレさんとマイナさんはジオルさんに促されて廊下へ行った。
「アタシも何かお料理手伝いたいなぁ」
「デラ姐は座ってろ!」
「えーーっ、お料理したいぃ」
「折角まともな飯食えそうなのに手出ししないでくれ寧ろ」
「せやせや、爪でも手入れしとり、迷惑やから」
「アンタ達失礼よ!!??」
「あーいえいえ、泰司さんはここで一番偉いんだからいいんですよ、監督しててくれれば・・・ スノウお疲れ様、もう少しで出来るから、待ってね」
「はい」
「お疲れ様・・・って、何だ?」
「塵と埃取ってくれたのはスノウなんです」
「「はあ?」」
「え、うそ? アンタもそうだけど目の前にいて全然能力の気配しなかったわよ!!??」
「嫌だな、気配出しちゃったら気付かれちゃいますでしょ。私だって隠して使いますよ」
「すげー」
「皆さん同じですよ、私、ハイデルさんにもトラオさんにもガジェスさんにも後ろ簡単に取られちゃってますもん」
「そりゃお嬢ちゃんが今警戒してないからだろう」
「そうでもないつもりだったんですけど・・・」
「いえ、主は無防備です。気をつけてくださいよ全く・・・」
「う、ごめん」
「お嬢ちゃん、きゅうりとハム切れたで〜」
「有難うございます。じゃ、今度は薄焼き卵も同じように細切りで・・・結構難しいですけどお願いします」
「あっ、じゃあ、アタシやる〜。包丁遣いだけは得意なの」
「では泰司さんお願いしますー。じゃ、仕上げに麺茹でよっかな」
「お嬢ちゃん、わい、冷やし中華ならクラゲ入ってるの好きやねん。買ってきてええか?」
「あら、メニューばれちゃいましたね。クラゲなら冷蔵庫に入っているので塩抜きお願いしますー」
「喜んで〜」
「俺は何手伝えばいい?」
「あ? ガジェス、廊下ワックスしてないのかよ」
「こっちに混ざりたくてさ、ペナルティと同じ仕事は悔しい」
「あらそ? じゃ、お風呂掃除しといで」
「一番ひでぇじゃねえか!?」
「一番酷いのはトイレ掃除よ。まだましでしょ」
「こっちで手伝いたいんだが!」
「じゃ、一緒に麺茹でましょうか」
「やるやる。力仕事?」
「皆で一緒に食べたいから大きい鍋使いたいんです。全部茹でちゃうのでかき混ぜるの手伝ってください」
「オッケー」
 皆、凄く親切だ。何だか嬉しい。
 ・・・でもこれ、私がお父さんの娘だって知ったら、態度変わるのかな・・・
 でも名前を言ったから、皆わかっているのかもしれないし、それを私が今明かすことに意味がないから、有耶無耶なままに結局言うのはやめてしまった。
 何だかやっぱり騙しているような気がして心苦しいけど・・・
 優しく接してくれるこの暖かさを、失いたくないと心のどこかで思っていた。
「ちょ、ハイデル、つまみ食いしないの」
「いやデーラの手がかかった料理は心配すぎる・・・」
「アンタ失礼ねつくづく!! で、味はどうなのよ」
「美味い」
「良かったァ」
「焼いたのはお前じゃないだろうが・・・」
「皆で美味しいご飯を食べるの久々ねぇ」
「何手柄横取りしたようなそのどや顔・・・」
「すいませんハイデルさん!」
「あ、何だ?」
「麺湯切りするのに大きいざる使いたいんですけど洗うの忘れてて・・・洗ってもらえますか?」
「ああ、いいよ」
「すみません皆さん、その、顎で使っちゃって」
「はははっ、お嬢ちゃん顎で使ってたんかい。そんな小さな顎やったら平気やわ」
「そうそう、良いのよ頼っても。どうせこいつ等一山五円だから」
「ひでぇ、デラ姐」
「ふん」
 漸く盛り付けも終わって、廊下に出てみたら驚くほどつるぴかになった床があった。
「時短で乾かした。横着したとか言うなよデラ姐」
「綺麗に出来てるならいいわよ、お疲れ様。あとはお昼からまた風呂掃除とトイレ掃除ね」
「・・・へい」
「ご飯ですってよ。あめが心を込めて作ったんだからありがたく戴きなさい」
「待ってた!! ありがたく戴きます!」
 こんな風に大人数でご飯食べるのもそう言えば久々だな、レア様のところに行って以来かも・・・
 インスタントに近い簡単な料理でも、何だか凄く喜んでくれたのもやっぱり嬉しかった。
 大体、お兄ちゃんや明やスノウに振る舞うだけだったから・・・
「俺からし使いたかった」
「あっ、練り辛子なら買いおきあるわよ、期限見てないけど」
「大丈夫やろ、ジオル腹強いし」
「匂い普通に辛いから大丈夫と見做して使う。腹下したらすまん」
「お前それ狙ってね?」
「んな訳あるか!!」
「いや〜美味い。普段料理してるんだなお嬢ちゃん」
「今日から料理はあめがするわよ。アタシはサブ」
「ええ!! 嬉しすぎる」
「雨たんの手料理・・・はあはあしそうだ」
「待てこら変態。部屋でしろ部屋で」
「ほんま天使みたいやな、ご飯作ってもろても癒されるわ」
「天使ってか、女神?」
「あははははははははははは大袈裟な〜〜〜ねえ、スノウ?」
「そうですよ大袈裟ですよ。大体天使がこんなトコにいるわけないじゃないですか」
「こんなトコって・・・」
「こんなトコですよ」
「こらこらスノウ・・・」
 あっという間に皆完食してくれて、洗い物をしようとしたらまた止められた。
 それから宴会の場所が私の部屋から食堂に移動になっただけで、また皆呑み始めた。
 私が少し気にして地デジのテレビを見つめていたら、トラオさんが気がついて電源を入れてくれる。
 研修の時はアナログだったから、ちょっと興味あったんだよね・・・
 ちょうど、ワイドショーをやっている時間だった。
≪これで6件目ですか・・・≫
≪手懸りは遺体に残された歯形と、人間以外の遺伝子の唾液だそうですね・・・ 何の生物かはまだ特定が出来ていないようですが・・・≫
≪でも、歯形は人間のそれに近いっていう・・・≫
≪犬歯だけが異様に発達しているってことだけが相違点ですね≫
≪もしそれが猟奇殺人にせよ未知の生物の仕業にせよ、被害者は躰を・・・≫
 血腥い話題を嫌ってか、すぐにトラオさんはチャンネルを変えた。
「この犯人近くにいるらしいな、全部俺等の縄張りエリア内で起きてる」
「やめなさいよ、女の子の前で脅かすような話題。アタシ怖いわ」
「・・・アンタを女子と認めたくないのだが一理あるから止そうか。暗い話題だし」
「でも雨たん、夜はこの辺り物騒だから気をつけてな。狩りの時夜出歩くだろうから警告はしておいたほうがいいんじゃないか?」
「お嬢ちゃんはそう弱くないと思うんだが必要か?警告」

 何だか、今のワイドショーの会話の内容が凄く引っかかる。
 ≪残された人に近い犬歯の発達した歯型≫
 ≪人間以外の遺伝子の唾液≫
 ≪被害者は躰を・・・≫
 続きは、≪食べられて、いる≫・・・?
 これって・・・ まるで。

 食人鬼のことじゃ・・・ ないの?

 そう思ったらザワッと全身の毛が逆立つような感触があった。
 まさかこっちにも食人鬼が出ているっていうの・・・?
 どうして・・・ 世界を飛び越えたら女王の支配は届かないんじゃないの?
 いや、躰に入った細胞は使い魔となってそのまま彼女の目となり耳となるんだったっけ・・・
 たとえ世界を越えてもそれは変わらないってレア様言ってた・・・
 ・・・ということは。

 女王の、命令でこっちにきている・・・とか・・・?

 ・・・これは、思っていたより事態が悪化しているのかもしれない。
 私の二ヶ月間のこっちにこれなかった間にこんなことが起きていたなんて・・・
 それに、明モドキの居所を掴みかけているかのように、この近くで事件が起きているって今言ってた。

「警告、聞きたいです。それと・・・すみませんトラオさん。今のワイドショー見せてください」

「ん? ・・・ああ、ええよ」
 トラオさんは素直にもう一度ワイドショーにチャンネルを合わせた。
≪証拠を残しているとはいえ、被害者に共通点はなく未だ犯人は不明です。このような残虐な行為を人間がしていると思いたくないので、ひょっとすると野生の猿なのかも知れませんが・・・ 猿とも遺伝子が異なっていることが今回発表されました。
星稜区付近にお住まいの方は深夜の一人での外出は避け、なるべく明るい場所を選ぶか、ライトを持参することをお薦めします≫
 話題はそこで締められてしまった。
 血腥い話題だから引っ張らなかったのかもしれない。
 暗い話題は人の心に陰を落とすから・・・
「この話題気になるんか?」
「え、はい」
「最初は一ヶ月半前やな、深夜に飲食店の女が仕事帰りに殺された。誰も悲鳴を聞いたものはおらへん。暗闇での凶行やったらしい。女は躰の半分くらいの肉と臓物が引きちぎられとった。しかも歯で噛み千切られとって、生きたまま千切られたらしくまだ生活反応があったらしいんや」
「・・・っ!!!!」
 全身が総毛立つ。
 それを察してなのかスノウが私の手を強く握った。
「大丈夫ですよ主・・・ 私がおります」
「う、うん・・・」
「せやから聞かせとうなかったんやで。お嬢ちゃんにはショックやろ」
「い、いえ・・・」
 血の気が引いていくのがわかる。
「他の5件は?」
「・・・2件目はその15日後。3件目はその10日後。4件目は8日後。5件目はその5日後。6件目は・・・その3日後・・・それが一昨日や」
「・・・期間が狭まってる・・・!!」
「手口は皆一緒や。生きながら・・・食われとる。せやけど食う量が徐々に増えてるそうや。6件目は骨までしゃぶられとる」
「・・・っ!!」

【あんまり詮索せんけど・・・ まさか依頼絡みか?】

 頭に直接響いたのはトラオさんのテレパスだった。
 まだテレパスの波長を交し合ったわけじゃないのに照準を絞って送ってきたということは、トラオさんは精神系の能力が強いっていうこと。
 特殊な能力だから、それでなのかと思って顔を見たら、やっぱり穏やかな表情をしていた。
 巻き込んじゃ駄目・・・
 私一人が受けたことなんだから・・・
【いえ、驚いただけです・・・】
 伝わってきたテレパスの残滓を頼りに返事をしたら、溜息を吐かれた。
【お嬢ちゃんは顔に出るわ。嘘はアカン。けど、詮索されたないなら引くけど、困ったら誰か頼ってもええねんで。皆喜んで手伝うわ】
 あまりにも優しい言葉が出てきたからまた涙が出そうになって上を向いたら、
「あ!! トラオお前今テレパスで気障かまして泣かそうとしてるだろ!!」
 と、ジオルさんに指摘されたトラオさんが平然と言い放った。
「抜け駆けは得意やから」
 ・・・トラオさん、貴方も大概嘘つきなのに・・・
 こんなに優しい人を巻き込んじゃいけない。
 それに私には食人鬼の毒が効かない強みもある。
 ・・・何とかして、今はこの食人鬼を追わないと・・・
 そう強く思って、今日からでも探そうと思っていた。

+++☆★☆★☆+++


 晩御飯も食べ終わって片付けをしたら、皆それぞれ狩りの準備に入る。
 時間はちょうど10時を回ったところだった。
 日中にも潜んでいる同族たちは確かにいるんだけど、日中は彼等を泳がせて網にかけるほうがメインで、網にかかって糸がついた同族の場所をトレースして、人目につかない夜に実行に移すのがセオリーになっていた。
 勿論、網にかかった同族に糸の存在を悟られないだけの能力が必要になるのだけど、皆それは当たり前に出来ている。
 あんなに呑んでいたけど仕事になったら皆表情が違った。自己管理、ちゃんと出来てる。
「久々に狩りだな、ベストコンディションで」
「最近ヘマ続きだったしな、頑張らないと」
 昨日までは皆休んでいたみたいな口ぶりだった。
 ・・・でも、彼等の網に、食人鬼がかかったら大変なことが起きる気がするから、一刻の猶予もない。
 私は網を張らなくても感知能力で大体わかるから使ってないけど、今回は流石に網を張ったほうがいいのかも知れないと思った時、スノウが私に言う。
「お命じください。すぐにでも居場所を突き止めます。土と木と水さえある場所なら必ず」
「・・・じゃあお願い。私で歯が立つ相手かわからないけど・・・ 放っておく訳にはいかないから・・・ 関係ないのに、人間を手にかけるなんて・・・ 絶対駄目だよ」
「当たり前です。闇が濃くて邪魔されるかもしれませんが、地霊の長の名において・・・」
「・・・」
「いた」
「早!!」
「行きますよ主!」
「うん!」
 移動しようと、スノウが教えてくれた座標の近くに空間転移した時だった。

 ギャアアアアアアアアーーーー!!

「っ!!!!!」
 強烈な眩暈と共に首筋に起きた激痛と呼吸困難。
「っ、っく、ううっ」
「主落ち着いてください!! 貴方の『痛み』じゃありません!! お気を確かに!! 主!! レイン様!!」
「っ、はっ、はっ、あぁ、はぁ・・・ッ」
「そう、落ち着いて呼吸してください、引き摺られてはなりません!」
「い、今のは・・・」

 強烈な痛み。

 恐らく・・・『断末魔』・・・

 勝手に落ちてくる涙。

 これは、人間が放った最後の叫び・・・

 もう、聞こえない。

 絶たれた声。

 もう、蘇生さえ出来ない魂の死・・・

「酷い・・・」
「主。・・・敵は近いです、姿を・・・」
「うん、わかってる・・・」
 少しずつ痛みを感じた場所に近付く為に気配を殺して隠形を保つ。
 確かに街灯の少ない公園の森の中だった。
 深夜の森に足を踏み入れることに少し尻込みしたけれど、ここには森の王たるスノウがいる、大丈夫・・・ 強く言い聞かせて足音さえも殺して一歩を踏み出していく。
 一瞬耳鳴りがした。
 ・・・食人鬼の強結界をすり抜けた気配。
 瞬間、耳障りな音が耳をかすめる。
 水音?
【血と臓物の匂いが・・・ 主、倒れないで下さいよ】
 テレパスでスノウが警告してきた。
 流石に私にも風に混じって血臭が感じられた。
 びちゃっ。ごりっ、ぶちぶちっ、くちゃっ、くちゃっ・・・
 音が近付く。
 これはもう間違いなく・・・そうだ。
 暗視は出来るから木陰から覗くとそこには二つ人影があった。
 一つは首が変な方向に曲がって・・・千切れて頬骨が既に見えていた。
 目は虚ろで一点を見て・・・もう、見えてはいないけれど、左目からだけ涙が流れている。
 口からはみ出した舌は噛み千切られて口からぽたぽたと血を滴らせながら頼りなくくっついた皮膚が首を支えてぶらぶらと揺れていた。
 ・・・もう一つは、折れ曲がっている首の躰に開いたお腹の傷に、顔を埋める男の姿。
 肩の辺りで皮紐で縛った銀灰色の髪。
 ・・・待って。私は彼を知ってる・・・
 思い出そうとしたら彼は口に腸を咥えたまま動物のような動きで体を起こし、腸を引きちぎって咀嚼する。
 もぎゅっ、ごきゅっ、ごくっ。
 噛み砕いて飲み下した。
「不味い。やはり人間では駄目だな・・・」
 そう独りごちながら、彼は食事をやめなかった。

 知らず、勝手に足が前に出ていた。
 足音を消してもいない。
 私の気配に気付いた彼は食事を止めて振り返った。
「何をしているんですか・・・ トレさん、でしたよね」
【主!!?? 一体何を・・・】
「・・・誰だ。何故俺を知っている・・・」
「私は貴方を犯罪者として捕らえなくてはなりません」
「俺を知っていて捕らえると? 飛んで火にいる何とかはどっちかな」
「どうして人を・・・ 女王は禁じているはずです」
「そうだな、知っているよ。だが腹が減るんだから仕方ないだろう。人間では大した腹の足しにならない。やはり同族でないと・・・」
 ゆらり、と、その人は立ち上がった。
 暗視で嫌というほど良く見えた。
 切れ長の一重の瞳は、闇夜の中でもぎらぎらと光っている。
 まるであの時のドゥエのように・・・
 口の周りには頬の辺りまで血がこびり付いている。
 胸元まで血で真っ赤に染まっている彼は、そのまま首をかしげて私のいるほうを見た。
「良くは見えないが同族だなお前? 助かったよこっちは餌が少ないからな」
 身を低くして、彼は私のほうへ突っ込んできた        
2011/07/20 up

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が、オリジナル御礼は現在1種のみ(しかもEGとは無関係)です・・・(遠い目)

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がっつきまくりですみません(苦笑)。


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小言で言い訳。
珍しく余り間をおかずに更新できている!!(第二弾)
それにしても今回長くてホントすみません。
そして怒涛の会話劇ですみません・・・
誰が喋ってるんだかの補足をするのも面倒で、このままのノリで行っときましたが急展開(苦笑)
いきなり雨ピンチです。
果たしてどうなる!!??