第三章

V

 全員がぽかーーんと私を見ているのを自覚してから、自分が何をしたのかを思い出して急に動揺した。
「だって、あの、いきなり引っ張るからつい、護身をですね!!」
 咄嗟に言い訳をしたけど実行したことを消せはしない。
 時間を弄ることは禁呪とされているし、大体、そんなこと出来ないし。
 ま、まずい、どう、取り繕おう・・・
 ここでは私は一番のペーペーの筈なのに、つい、今朝からの色々で理性が・・・
「ほら、だから言わんこっちゃない。一山5円の男達が束になったって、そうそう簡単に『依頼持ち』が負けるわけないでしょうに・・・」
 今度は、1階の奥から低い濁声がした。
 頭を掻きながら、細めの、剃刀のような目の細い男の人がぴちぴちのチャイナドレスを着て現れた。
 艶やかな黒髪を後ろで一つに三つ編みにして腰まで垂らしている。
 容姿に度肝を抜かれて言葉を発せずにいると、
「アタシがここを仕切ってるデーラ・ハタよ。こっちでは寺崎泰司(てらさきたいじ)って名前なの。よろしくね」
 と、丁寧な挨拶が発せられてぽかんとする。
「は、はあ・・・」
 飛び出すオネエ言葉に間抜けな顔で返事することしか出来ない。
「それと、アンタの後ろで立ってるその坊やはなあに? 報告にはなかったけど」
「あ・・・えと」
「その子、見た目通りの歳ではないのでしょ? それに資格持たないでこっちに誰かを連れてくると大変なの、お嬢ちゃんわかってる?」
「あ、あー、そのことについては大丈夫です。スノウ、戸籍ありませんから」
「・・・なんですって?」
「地霊の長なんです。人間界の都会にいると力が弱まって子供の姿になってますけど、資格はなくても連れてきていい許可はもらってます。向こうの森羅万象を崩さない条件で」
「はあ?」
「これ、書類と私の身分証です。寮長に渡すように言われてたので・・・」
「どれどれ・・・」
 デーラさんに持って来た『通行証』と『異界滞在許可証』と身分証を渡す。
 これは帰るときにも必要なのだけど、寮長には検分させろと言われていた。
 デーラさんが出した手は爪が伸びていて、チャイナドレスと同じ色の真っ青なマニキュアが塗られている。
 指は長いんだけど男らしい筋張った手。
 むき出しの腕にも血管が浮いていて、スレンダーな割には筋肉質だったけど、無駄毛が生えてないつるっとした腕。
 ・・・何ていうか、本格的にこの人オネエなのかしら・・・
 これでハンターって、どうやってなったんだろ・・・?
 いや待て、永い時を生きる覚醒者は戯れに装ってみたりすることもあるらしいから侮っちゃいけないのよね、一応寮長だし・・・
 そう思いながら、許可証と身分証を眺めるデーラさんを見ていたら、デーラさんがにまりと性質の悪い笑みを浮かべて、許可証と身分証を破こうとした。
「・・・!」
 紙ペラでも、それは破けなかった。
 デーラさんが眉をぴくりと動かしたのが見える。
「うふふ、そういう洗礼研修でも三回ほどうけました。そんなわけで複雑にプロテクトかけてあるのでお暇ならどうぞ燃やすなり破くなりお好きに」
 他人には絶対解けないように頑丈に組み上げたプロテクトには少し自信があった。
 そう。研修の時、虐めか何かわかんないんだけど、私の大事な書類はいっぱい被害にあったことがあった。
 それで借金増やした経験があるから、重要書類には必ずプロテクトをかけるようにしている。
「あはは! アンタ見た目より気ぃ強いのね気に入ったわ!! ほらお入り。そっちの坊やも。アンタ達は散りな! いいかい、準備続けんだよ、わかったね?」
 デーラさんはそう言うと、私を中へ通してくれる。
 6人の住人達は、私とデーラさんのやりとりを静かに見ていたけれど、デーラさんにどうやら気に入られた私を何だか気の毒そうに見送った後、二階にすごすごと戻っていった。
 準備って何だろ・・・?
 『街村荘』の中は見た目ほど古くはないけれども、どうやら男の人たちだけで住んでいるからなのか、矢鱈と荒れている印象。
 ほんの少し廊下を歩いただけなのに、靴下が真っ黒になっていた。
 ・・・あとで掃除させてもらおう・・・
 あと、スリッパいるわコレ・・・
 デーラさんが案内してくれたのは食堂のようで、デーラさんはご機嫌そうに私にテーブルを示した。
 テレビもちゃっかりおいてある。ちゃんと地デジのだ・・・ ここだけがレトロじゃない所がアンバランス。
「ぺぷしっ」
 スノウが、また、一つくしゃみをした。
 ・・・私も気付いているけど、ここ、何か・・・ く、クサイ・・・
 食べたものを片付けてないのか、流しに茶碗が山積みになっていて、3匹くらい蝿が飛んでいるのが見えた。
 デーラさんは特に気にしていないみたいだ。
 デーラさんは鍋から何か黒い物体を皿によそって私の前に置いた。
「コレお食べ」
「・・・なんですかコレ・・・」
「イカの目玉とくちばしだけ煮てみたの。自信作なんだけどどうかしら?」
「・・・」
 絶句せざるを得ないものがでてきた。
 白く濁った目玉だけがごろごろと転がった煮物は、ちょっと想像を絶する凄惨なものだった。
 汁が黒い所を見るとイカ墨なのかどうなのか・・・
 匂いもかなりデンジャラスな感じがして、私の額には脂汗が浮いてきた。
 引き攣った顔のまま、デーラさんを見たんだけど、私の戦慄など気にもかけないようにデーラさんはにこにこと人の良さそうな笑顔を浮かべている。
 さっき、他の人たちが私を気の毒そうに見ていた理由がわかった・・・
 第二の洗礼がこれか・・・っ。
「ねえ、早くお食べなさいな」
「え、う、は、はい・・・」
 ヤバイ何か眩暈してきた。
 確かイカの目は、人と同じくらいの視力なんだとか・・・
 白く濁った死んだ目玉が恨めしそうに見ているような気がして・・・
 固まっている私を尻目に、スノウがひょいとスプーンを取ってマスクを取り、自分の口に入れた。
「ちょ、スノウ・・・っ」
 絶対にこれは不味いものだとわかっているから、私は慌てたけど、スノウは不味そうな素振りも見せずに咀嚼して飲み下してしまった。
「デーラさんは、これ食べました?」
「?いいえ。何で?」
「デーラさん、人に自分の作ったものを勧める時は味見することをお薦めしますよ」
「アラ。不味いっていうの」
「はあ、端的にいえばそうですね」
「何ですって? ちょっと寄越しなさいよっ」
 涼しい顔で言い放つスノウに少し涙目になったデーラさんは、スノウの使ったスプーンを取り上げて、ゲテモ・・・煮物を口に頬張った。
「ごぐぷ」
 一瞬頬の中で爆発したみたいに頬が膨らんだ。
 デーラさんは内股で走って流しにいき、「オゥエエエエ」と、オジサンのように嘔吐した。
 ・・・た、食べなくて良かった・・・ スノウ、グッジョブ!
 頭のどこかでスノウに悪いと思いつつも、災難を受けずに済んだことに安堵した自分の性格に少し凹む。
「あ、アンタよく飲み込んだわねこんなもの!」
「悪意で出されたものではないことはわかったので、礼儀としていただきました。主の替わりに」
「・・・おかしいなぁ、いつも心を込めて作ったものほど不評なのよねぇ、台所任されてるのに・・・」
 デーラさんは水道水で口を濯いでから、心なしか肩を落としてまた私の向かいに座る。
「・・・私でよければお手伝いしますよ?」
「えっ、本当!? ・・・あーでも駄目。副職っていうか最近コレ私の本職でね。ギルドから賄いにちゃんと給料出てんのよ。減ると私がしんどいわ」
「え? ハンターで稼いでるんじゃないんですか?」
「うちの連中は大体『はぐれ狩り』なもんだから、ドカンと一攫千金狙ってる奴ばっかりなんだけどほら、そう簡単にがっぽがっぽとはいかない訳よ。偶に捕まえて向こうに戻しても得るのは被捕獲者の恨みとちょっとのお金だもの。それにこっちは娯楽多いでしょ? あっちはあっちで治安も悪くなってきてるし、ハンター資格を口実に人間界に入り浸ってる連中ばっかりなのよ、うちは。・・・で、アタシはというとここの管理と賄いで大分稼げるから、特に狩りはしてないわ。居心地いいしね、人間界も」
「・・・はぁ、そうなんですか・・・」
 知らない『ハンター』の実態を聞かされて、また私は少しショックを受けていた。
 働くって綺麗事じゃないんだな・・・ やっぱ一攫千金より地道に働くべきなんだなぁ・・・
 身につまされる思いが圧し掛かる。
「・・・でも、賄い任されてるのにあいつらアタシの飯が食えないって言うのよ!? まあ、アタシはそれでも作り続けるけどね、好きだから!!」
 デーラさんがニコニコして出してくれたゲテモ・・・煮物は渾身の作なのはとてもよく伝わったんだけど、毎日これはキツイなぁ・・・ かといって、ジャンクフードも嫌だし・・・
「デーラさん」
「あ、泰司って呼んで。こっちでは本名変らしいのよ」
「あ、では、泰司さん。お給料は別にいいですから、ご飯の支度手伝いますよ?」
「・・・」
「泰司さんがご飯作るの好きなんでしたら、作ったものはやっぱり皆で食べたいじゃないですか。私、実はこの間、『稀味軒』のおじちゃんにレシピもらったので、お役に立てると思うんです」
「え、『稀味軒』てあのインティナメインストリートの美味しいって評判の定食屋の・・・」
「レシピをお渡しすることは出来ないですけど、一緒に作るんならいいかなと思って。私も勉強中ですから、どうですか?」
 良かれと思って言ってみたんだけど、デーラさ・・・泰司さんは、こめかみに血管が浮き出るほどにピクピクしていて、私はちょっと慌てた。
「あ、嫌なら良いんです、でしゃばったこと言ってごめんなさい!」
「アンタッ!!」
「ひゃ!!」
 泰司さんがぐぐっと前屈みになって私の両手を握った。
「なんて良い子なのっ!!」
「えっ」
「ごめんなさい、ごめんなさいねさっきは少し嫌がらせしようとしたりしてアタシったら!! ・・・ホントに、ホントになんていい子なの・・・」
「や、あのぉ・・・」
「助かるわ、ホントに助かるわ・・・ いいえ、タダでなんてさせられないから賄いの給料の七割お嬢ちゃんにあげるから・・・」
「え、や、それは良いですよ、私が好きでやることですから・・・ それに、お嬢ちゃんはよしてください」
「いいえ、駄目よ。管理費だけでもアタシガッポリもらってるのよ実は。だからそうさせて頂戴。で、お嬢ちゃんで駄目ならえーっと・・・」
 泰司さんはそこで、もう一度私の身分証を見なおした。
 さっきはちゃんと見てなかったのねこの人・・・
 て言うか、報告にも名前あったと思うんだけど、斜め読みしてたのねこの人は・・・
 漸く今になってちゃんと向き合ってくれたのかな、と、ちょっとだけ安堵していた。
「ほしことあめ・・・ ほしこと・・・?」
 身分証を見る泰司さんは、私の苗字を見てすぐに表情が真剣になった。
 ・・・これは、見る人が見るとわかる名だから・・・
 泰司さんは気付いたのか、私をじっと見た。
「アンタ・・・ ひょっとしてあの・・・」
「・・・」
 嫌われちゃう。
 そう思ったら胸がぎゅうっとなる気がした。
 こういうことは今までも何度となくあったけど、いつまでも慣れることが出来ない。
 私はまじまじと顔を見られて少しうつむいた。
「そう・・・ 苦労してきたのね・・・ 気にしなさんな、そのことで突いたりはしないから。はい。身分証は戻すわね。えっと・・・あめ、でいい?」
「・・・あ・・・」
 泰司さんは予想外に穏やかな反応で、私はそれに吃驚して一瞬何も言えなくなった。
「・・・ホントは『レイン』て読むんですけど・・・こっちでは一般的じゃないですかね?」
「どっちでもアンタがアンタだってことに変わりないわ。可愛いいい名前よ、どっちも」
「有難うございます・・・ じゃ、あめで良いです」
「『でいい』ってのが引っかかるわね!?」
「あ、あめが良いです!!」
「よろしい!」
 泰司さんはにまりと笑った。
「・・・泰司さんは・・・ 避けたりしないんですね。私の事・・・」
 聞くのは怖かったけど、この人はそういう人ではないとどこかで信じたくて、私は口を滑らせてしまった。
 言ってから、言ったのに、答えを聞くのが怖くて下を向く。
「どうして避けるのかしら。アタシは目の前のあめが気に入ったのであって、『誰かの娘』ってレッテルを気にしたりはしないわ。アンタはアンタとして生きてきたから今のアンタがあるんであって、アタシはそれを凄いと思う。そんな良い子に育っているんだもの、それ以上何があるっていうの」
「・・・っ」
「主っ、泣かないで下さいっ」
「まだ泣いてないよ!」
「あら、意外に涙腺強いのね。泣けばもう少し可愛げも上昇したのにぃ」
「泰司さん! ・・・でも、ホントに有難うございます・・・」
 あの頃の私の周りに、こういう人が居てくれたら良かったのに、と、過去を少しだけ恨めしく思った。
「さてと! じゃ、ちゃんとアタシも仕事しないとね。まず館内使用に関する規定を言って置くから頭に入れといてね。館内で能力行使はオッケーよ。館内には天聖人しかいないからね。食堂、トイレ、洗面台、風呂は共用だから女の子のアンタは少し大変かもしれないわね。あ、そうだ、汚物入れ用意しとかないと」
「・・・お、お気遣いなく・・・」
「皆、洗面所には歯ブラシ置きっぱなしだけど、アンタは自室管理をお薦めするわ。歯ブラシに限らず何でも、かしら。えげつない男の巣窟だから悪戯されることが簡単に予想できるから。あと操に注意よ」
「操さん?」
 ・・・て人がいるのかと思ったら、泰司さんが私の鼻先に青い爪の人差し指を突きつけて言う。
「アンタの操よ! 貞操よ!! さっきも見たでしょあの飢えた男共。能力的には多分アンタはここでダントツ強いだろうけど、飢えた男は凄い力発揮することあるからね!! 休むときは部屋に鍵と強結界かけとくことを強くお薦めするわ」
「・・・・・・」
 ・・・ま、魔窟だ、確かに・・・っ。
 ここで人間界での犯罪は起きてないんですか、大丈夫ですか!!?? と、問い質したい。
「女同士、強く生きるわよ!」
 泰司さんが、また私の両手をぐっと握って力説した。
 ・・・いやあのその。
 泰司さん・・・ 自分のことは女子カテゴリなんですね、了解しました。
 青いチャイナドレスがピチピチなお陰で、立派なおっぱい・・・もとい、胸筋が良くわかるんだけど、そう主張するならそういうことにしよう、うん。
「以上よ」
「・・・えっ」
「後は追々慣れて頂戴。『依頼持ち』はそんなに長居もしないでしょうから慣れるほど居れないかもだけど」
「・・・いえ、長期戦覚悟してきてるんですけど・・・ いやいや、それよりも、掃除当番とかは決まってないんですか?」
「決まってないわ」
「・・・じゃ誰がしてるんですか?」
「気が向いた誰かがするわ」
「・・・えーっと、廊下真っ黒でしたけど・・・ほら、靴下が・・・」
「アタシスリッパ使ってるもん」
「・・・」
「ほら、男所帯なんてそんなもんよ〜〜」
「貴方はどっちなんですかっ」
「いいトコ取りで☆」
「・・・え〜〜、じゃ、後で気が向きます」
「何よその変な予告は。面白い子ね」
「貴方が言わないで下さい」
「まあ若いうちの苦労はしておきなさいな。将来役立つからウフフ」
 ウフフじゃないですよ、もう。
 能力行使オッケーってことだったから、後でスノウと大掃除しよう。
 地と水の力があればあっという間に出来るしね。
 予想以上の男所帯っぷりに、レア様の言葉を思い出していた。
 大変だって言ってたっけなぁ・・・ 想像以上に壮絶ぽい・・・ が、がんばろう、私。
「あ、そうそう、大事なこと言ってなかったわね。この辺りに居るはぐれ者のブラックリストが一人」
「ブラックリスト・・・ですか? え、捕まえません、てことですか?」
「手出しすることを諦めた、っていうのが正解ね。ちょっと待って、写真写真・・・」
 泰司さんは座ったまま、念動力で冷蔵庫横のサイドボードの引き出しから10枚くらいの写真を引っ張り出した。
「プリントアウトしといてよかったわー、ホント、憎たらしいほど良く撮れてる」
 その写真を一枚一枚眺めながら、苦笑いしている泰司さんの顔は複雑そうだ。
「うちのカメラオタクが望遠隠し撮りした写真よ」
 手渡された写真を見て私はぎくっとなった。
 ・・・これ。
 ・・・明、モドキ、だ・・・
 姿は前に見たときと少し違う。髪型は同じだけど髪と瞳の色はこちらで違和感のない漆黒に変わっている。擬態かな? 染めたのかコンタクトか・・・
 けど、違和感が私の中で物凄く大きい理由は・・・
 全部カメラ目線で『にかっ』と、満面の笑顔を振りまいていることだった。
 何枚か、ピースしてるのまであるんですけども・・・
 明の顔でこの表情は見たことないから違和感が半端ない。
 同じ人のはずなのにこうも違うと、これ別人ですよね・・・
 明が『俺だと思わないほうがいい』って言ってたのをよーーく思い出していた。
「ん? あめ、顔色悪いわよ。知り合い?」
「いえいえいえいえ・・・ てか、コレ隠し撮りじゃないじゃないですか!!」
「だからブラックリストって言ってるじゃないの。凄く勘が良いのよ。うちの住人全員が一人で挑んだ時にはほぼ一撃で落とされてるわ。で、低くてもプライドはあるもんだから、一矢報いようって全員でかかって行って、全員どこかしら一本だけ骨ぽっきり折られたわ」
「え!!」
 そうだ。
 さっき、階段から落ちた先頭の人は腕に板当ててたじゃない。
 そう言えば他にも皆・・・あああ!!
「出鱈目強いのよ。そのくせ絶対に自分からはちょっかいかけてこないんだけど、隠れる気もないらしくて強烈な聖属性オーラ垂れ流し。アンタも気をつけなさい」
「大丈夫、なんですか・・・?」
「あー大丈夫大丈夫、こっちから挑まなきゃ安全みたいだから」
「そうじゃなくて!! 骨ですよ!! あー、感覚塞いでたから気づけなかった・・・ 皆さん怪我してるんですか!!??」
「自業自得ってのよ、アレは。身の程を弁えずに大物掴もうとするから」
「治療してないですよね!!」
 すぐにわかる。能力を塞ぐのをやめたらすぐに同じ建物の二階から沢山の痛みが伝わってきた。
 躰を調べられたら人じゃないことを知られる恐れもあるから私達はこっちの『病院』にはかかれないことも『ハンター』の決まりだった。
 治すなら治癒術を使うか、魔法薬を使うとかで自己管理に任される。
 だから『ハンター』の職業を一層難しくしているんだけど、治癒術は高等技術で使えるかどうかに才能が必要だし、魔法薬は例によって高いから、自然治癒に任せるのが大多数なのが実情だった。
「皆さん二階に居るんでしたよね?」
 気が気じゃなくなってしまって立ち上がって食堂を出たら
「あ、ちょっと、まだよ、待って!」
 と、泰司さんが追っかけて来ていたけど私はそれすらも気付かないくらい胸が騒いでいた。
 痛がってる人いたのに気付けなかったなんて・・・
 二階に駆け上がって、痛みを感じるのは雑木林に一番近い角の部屋。
 レトロな木目の引き戸をスライドすると、しぱん、と、小気味いい音がした。
 何故かそこに皆集まっていて、引き戸が開いたことに皆ぎょっとしてこっちを見たけど構うことなく私はその部屋に上がりこんだ。
 一番近くにいたのは私の腕を掴んで引っ張った人で、見た目の歳は30代後半くらい、筋肉というよりは少し贅肉が多そうな恰幅のいい無精髭の人だった。
 一目ですぐにどこの骨を折られたかわかった。
 あああっ、私、何て酷いことを・・・!
 さっき、鳩尾を強く押して呆気なく尻餅をついたこの人は、右の肋骨に皹が入っている。
「ご・・・ ごめんなさいっ!!」
 その人の正面に回って、座り込んで顔を見て謝ったら、どうしてかその人は少し体を引いた。
「・・・何、言ってるんだ?」
「服、脱いでください!!」
「はぁ??」
「良いから脱いでください・・・ 下じゃなくて上!! もう!!」
 その人が危なく下半身出しそうだったので上に着ていたシャツの裾を掴んでたくし上げて、胸元に掌を当てるとその人は慌てたように私の手を振り解いた。
「な、何する気なんだよ!!?? いきなり!!」
「お願いです、受け入れてください・・・ 同調してくれたら少しやりやすいですから・・・」
「はぁ???」
 言いながら、その人は何故か私から躰を離そうと躰を引く。
 何だか、心なしか顔が赤らんでいるけど、怪我で発熱続いてるんじゃ・・・ 早く治さなきゃ!!
 嫌がられているのはわかったけど、お兄ちゃんの患者さんが施術の時に尻込みするのを見慣れていたから私は構わずに強引に治療術を使った。
 両手を患部に当てて意識を集中させる。
 怪我をしたこの人は治療を始めた瞬間に抵抗をやめた。
「うぉあっ、な、何だこの感覚・・・ッ!」
「あっ、同調有難うございます。・・・よし治った!!」
 意外に素直に協力してくれたからすんなりその人の骨は元通りに治った。
「どうですか? 痛みと息苦しさ、治まったと思うんです」
 その人の顔を覗き込んだら、やっぱりその人は少し体を引いた。
「あ、おぅ、すげぇ楽になった気がする・・・」
「良かった!! さっきは気づかずに力任せに押しちゃってホントにごめんなさい・・・ あ、でも、まだ顔赤いですね? 熱とかありますか?」
 額に触れようとしたら全力で否定された。
「や!! 大丈夫矢鱈元気になったから!!」
「・・・そうですか?」
 けど、良かった。
「他にも皆さん怪我をなさってますよね。見せてもらってもいいですか?」
 感覚を塞がなくなったら否応なしに伝わってくる痛みを早く和らげたくてそう言うと、今度は恐る恐るといった雰囲気で、刈り上げ髪にもみあげから顎まで髭を生やした中肉中背の30代前半の人が腕を出した。
 顔には傷があって結構迫力があるけど、この傷自体は古傷で痛みはもうないみたいだった。
「俺は尺骨をやられた」
「はい」
 確かに腕に当て板されている。
 治療しようとしたら、肋骨を治した人が
「ハイデル」
 と、声をかけた。
「何だよジオル」
「全力で『同調』を勧める。・・・俺ちょっとトイレ行って抜いてくるわ・・・」
「あ〜・・・ わかった」
 そう言って肋骨の・・・ジオルさん、は、のそのそと立ち上がって部屋の外に出ようとして、部屋の入口で見守っていた泰司さんとスノウと向かい合って一瞬歩を止める。
「アタシが抜くの手伝おうか??」
「ヤメロデラ姐!! ・・・今全力で萎えるとこだっただろが!!」
「猛烈に反省したら良いのよ、自分が何しようとしたか」
「・・・」
 ハイデルさんの腕の治療に集中する前に、ふう、と、泰司さんが大きく溜息を吐いたのが聞こえた。
「罪な子ねぇ、無自覚っていうのもホントずるいわ・・・」


 すんなり治療術を受け入れてくれたお陰で、全員の痛みの波長がなくなった。
「主、大丈夫、ですか・・・?」
「ん?」
 施術が終わってから、スノウが私の傍に来て小声で聞く。
「私を癒してくれた時には主は眩暈を起こすほどに消耗なさっていたでしょう・・・ ですから」
「あ、大丈夫大丈夫。あの時のスノウは命に関わる傷だったからフルパワーだったけど、今回命に別状のない傷だし、同調してもらって代謝を自力で上げてもらってるから、私はそんなに消耗してないの」
「そうですか・・・ よかった」
 スノウはそこで漸く少しだけ笑った。
 でも、いつもお兄ちゃんのところで施術してるからへまはしてないと思うんだけど、いつもと違ってることが一つだけあって、何故か全員が同じ行動を取ってて私はすこし腑に落ちないでいた。
 何故か、皆、治療を受け終わった後に必ず赤くなって、「うぉっ、駄目だ俺も抜いてくる」と言ってトイレに駆け込んでいく。
 で、数分で戻ってくると心なしかやつれたように見えて、「皆さんトイレで何を抜いたんですか?」って疑問に思って聞いたら、皆口篭ってちゃんと答えてくれなくて、それを見かねてなのか、泰司さんが、「邪念よ!!」と言い切ったので余計わからなくなった。
 邪念てトイレで排泄するものなの・・・?
 て言うか、何で邪念・・・?
 きょとんとしている私に泰司さんは笑いかけた。
「順番が逆になっちゃったけど、歓迎するわ。今日からこの部屋があめの部屋よ」
 言われて漸く私は自分にあてがわれた部屋を見回した。
 思っていたより広い8畳位の部屋で、南側と西側に窓があって、北側に押入れが一個。
 箪笥が一竿、丸い卓袱台が一個の殺風景な部屋だけど、壁に紙を輪にした鎖で飾りつけされていて、丸い色紙の真ん中に一文字ずつ「熱烈歓迎」と書かれていた。
「あ・・・っ」
「ようこそ、我が『街村荘』へ」
 泰司さんはまたそこでにまりと笑った。
「あ・・・ あの、よろしくお願いします・・・」
「はい、よろしくぅ〜。んじゃっ、歓迎会兼ねて・・・」
「「「「「「「宴会だーーーー!!」」」」」」」
 地の底から響く重低音のような大歓声・・・なのかな、これは。
 少なくとも負の感情を向けられてはいない事だけは感じられたから、私は少し嬉しくなってスノウと顔を見合わせた。
「・・・単純で良かったです、世の中に真の悪人が居ないってのは本当ですね・・・」
 スノウは何かを悟ったかのように呟いていた。
2011/07/14 up

Web Clap
管理人のやる気の糧になります。
が、オリジナル御礼は現在1種のみ(しかもEGとは無関係)です・・・(遠い目)

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折を見て修正します(何か色々読み返したら見っけてしまったorz)。
お返事はNEW+MEMOにて。



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がっつきまくりですみません(苦笑)。


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小言で言い訳。
珍しく余り間をおかずに更新できている!!(おい)
そんなわけで雨サイドお届けです。
色々、『一山五円の野郎共』の挙動不審について補足したいところですが、雨視点では彼らの心情を量ることが難しかったので丸投げです(爆)。
デーラ共々街村荘の住人は即興キャラなのですが、ちょうど勢いが乗ったのか上手いことキャラが立ってホッとしております(笑)。
えー、これからも行き当たりばったりで頑張ります。
大筋、設定等はぼんやり頭にあるんですが、大体思いつきや勢いだけで突っ走っているので見苦しい点も多々ございますが、暖かく見守っていただけると助かります・・・