幕間U



【明・・・ 明・・・ 聞こえる・・・? 明・・・?】

 聞こえる。
 俺が、聞き逃す筈、ないだろう。
 そう突きつけてやれたら良いのに。

 沈黙を以ってやり過ごす事しかできないもどかしさと、届かないかもしれない念を送る心許なさと、どちらが切ないのだろうか。

 ・・・自分でどちらも実感することを想像したら、どちらもそう変わりはなく、溜息を吐きたくなる。
 無視しなきゃならない今だって、こんなにももどかしいのに・・・

【明・・・? ずっと白霞宮に缶詰っていうけど、白霞宮って、そんなに強いテレパス封じの結界かかってるの・・・?】

 独り言のように、一方的にテレパスを送りつけてくる雨。
 その『声』には幾許か不安が混ざっているから余計に気になるが、返事は出来ない。
 心配してくれているのか、あの時から何度も雨からのテレパスを受け取ってはいるが、全てに於いて返事は出来ずにいた。
 余計な心配をかけさせるというのもあるが・・・ 煩わしさがなかったわけでもない。
 雨を思うと、冷静でいることが難しいからだ。

 白霞宮の地下には牢がある。
 しかし表立って使われている牢の奥、更に下層に幾重にも重なる闇の石室が拡がっていた。
 土を掘っただけではこんなに強い闇の気配は生まれない。
 壁は冷たい大理石で出来ていて、如何にも清らかな白霞宮の白い石の筈なのに、闇を吸い込んで黒く変色している。
 闇の密度の濃いここは・・・
 魔界への途でもあった。
 白霞宮は元は魔封じの要塞、聖なる蓋としての機能を持っていた、筈だった。
 しかし現女王が何を思ったのか、白霞宮に穢れをばら撒いている為、白霞宮はその役目を担うのが難しくなっている。
 魔族の俺がここにいるとやけに落ち着くのがその証拠なのは、皮肉と言っても良いのだろうか。
 普通の者なら瘴気に蝕まれ、雨やレア様はここにいたらきっと穢れを吸い込んで病にでもなってしまうだろう。
 それほど濃い闇の気配。
 しかし平気で動けるのは好都合でもある。
 グレイ翁もそれを見越して俺をここへ送っているのだろう。
 随分広いし底は見えない・・・
 それに、探せるのはオフの時だけで、表立ってはいつも『十の牙』の監視が纏いつく。
 今しか出来ない事をやる。
 どうしても試したい事があった。

【聞こえてないのかなぁ・・・ 兎も角、漸くギルドからレア様の依頼が回ってきたから、私、人間界行ってくるね。すぐ帰れないかもだけど、何かあったら呼びかけてね?】

 ・・・。
 おそらくそうなるだろうとは、レア様のところへ送りつけたときに思いはした。
 雨は責任感が無駄に強いから、事実を知れば必ず行動を起こす。
 他人任せにはせず、自分で行動するだろうと。
 俺が言わなかった事を恨んでもいるかもしれない。
 でもどうして言えよう?
 自分と対を為す、自分と同じ権利を持った者がもう一人いるなどと、なぜ俺が言えるだろう。
 今までこの立場に縋っていたのは・・・ 怖かったからだ。

 俺は、シアド様の半身、アドマ様と同じ末路を辿りたくはなかったから・・・

 主であるレア様から、存在の全てを否定されて封印されたアドマ様。
 それを知っている俺が、雨にそれを知らせる事など出来よう筈もない。
 雨が俺と接する時にいつも少しだけ覗かせる怯え。
 気付いてない筈がない。
 だから、いつもその怯えが大きくならないように、最大に自分を殺して息を潜めている。
 卑屈だと思われてもいい、それでも俺は否定されるのが怖くて、否定されたときのダメージにさえ心構えが出来ていて、『どうせ俺は魔族だから』という殻に篭って自分自身を憎悪し続ける。
 自分で自分を攻撃して、他から受ける攻撃に鈍感になることで漸く自分を維持できる。

 とうとう、俺を否定し始めてしまうのだろうか、雨は・・・

 そう思ったら途端に全てが虚ろになり、全てを滅茶苦茶に破壊してしまいたい衝動が湧き上がる。
 それでは、アドマ様と同じだというのに。
 アドマ様を否定する事しか出来なかったレア様が、ずっと苦しんでいる事も知っているくせに、雨もレア様と同じ道を選ぶのではないかという不安はいつも俺を苛む。
 その、疑問ですら雨を裏切るのと変わりないことなのに・・・

【例え、何があっても明が大声で呼んでくれたら、ちゃんと私はそこへ辿りつけるから・・・ 躰、大切にしてね。気をつけて・・・】

 ・・・。
 そこには純粋な心配と想いがあって、俺は無視をしなくてはいけないのに、僅かに顔を上へ向けた。
 天を見上げたって見える筈はないのに、雨の顔が瞼に浮かぶ。
 世界の事など知ったことじゃない。
 だが、お前に危機が迫るというならいつでもこうして声を聞くことが出来るのに。

 ・・・やはり、ここにいたからって主の声が聞こえない筈はなかった。
 必ず聞き取れる筈なのだ。
 確信が、持てた。

 シアド様が、例えどこにいてもレア様の声を聞き取れない筈はない・・・!!

 必ず、シアド様にはレア様の呼びかけが届いているに違いなかった。
 白霞宮には確かに強力なテレパス封じの結界がかかっているらしい。
 でもそんなこと、この強い繋がりに於いては無意味だと証を立てたかった。
 聞こえる。
 こんなにも、はっきりと・・・
 ならば、やはりシアド様もレア様の問いかけに答えないのは巻き込まない為全てを背負う覚悟の上でのことなのか、それとも・・・
 否。
 女王が欲しているのは『力』。シアド様を殺すはずは、ない。
 シアド様を封じるほどの力をどうやって維持しているのかはわからないが、この魔の石の檻は、おそらくそれを可能にするだけの魔力の錬り込みが可能なのだろう。
 必ず、シアド様を見つけてみせる。
 限られた時間の中でしか動けないにせよ、シアド様さえ見つかれば、状況は一変する。
 切り札は俺でも俺の半身でもなく、シアド様なのだ。
 だから女王は抑えているのだろう。そして、畏れてもいるのだろう。
 シアド様は女王の毒には冒されはしないだろうが、主の傍にいられない契僕の苦しさは俺でもわかる。
 シアド様は感情を露にする方ではないが、それだけは確信できる。

 シアド様は、ひょっとしたら探して欲しくないだけなのかもしれない。
 一抹の不安が走る。
 見つかりたくない状況下に置かれているとも考えられるが、今は考えたくはない。
 シアド様は選択を間違えたりはしない。
 俺のように感情で動かされるお方ではない。
 例え本当に見つかりたくない状況下に置かれていたのなら尚更、俺こそがシアド様に辿り着かなくては・・・
 どんな状況下であっても、必ず見つけてみせる。

 それしかない、そう信じないと、俺は自分を維持できない気がする。
 雨を誰にも渡したくはなかった。
 例えそれが、自分の半身であり、自分なのだとわかっていても、自我をこうして分けてしまった以上はそれはもはや他人と同じだ。
 俺とは違う自我の『俺』は、きっと雨の魅力に逆らえない・・・
 そんなことはわかっているから、雨が人間界に俺の半身を探しにいくということは、雨を一番安全な者に託すことになるとわかってはいても簡単には納得できない。
 雨を安全なレア様の所へ無理やり押し込んだのは、くだらない俺の意地だった。
 俺が傍にいれば雨に危険など近付けない。
 だが、雨にとって俺は安全ではないのかというと・・・そうではない。
 雨の傍にいればいるほど、平静を保てない自分を自覚してしまう。
 雨の傍にいればいるほど、狂おしく駆け巡る感情に押し流される。
 凶暴な全てを、雨にぶつけてしまいたくなる。
 触れたく、なってしまう・・・
 だからレア様も俺を雨から遠ざけたいと思ったのだろう。
 レア様はあれできれる人だから、俺の腹の内など全てお見通しなのだろう。

 俺に出来ない事が出来る『俺』に、全てを託すというのは、あの天使のエゴだとも思うが。

 それに対する反抗心ではないが、シアド様なら何とかしてくれるような気がする。
 いや、そう、信じたい。

 そんな、ありもしない藁に縋る俺はきっと、滑稽な道化なのだろう。
 何とか事態を打破したいのは俺だって同じだ。
 雨が人間界に降りるとなるとゆっくり構えているわけにはいかなくなった。
 ギルドが漸く機能し始めた、という事は、規制が緩くなったとも考えられる。

 ・・・揺さぶりをかける時期に来たということか・・・

 覚悟はとうに出来ている。
 雨が、この世界からいなくなるのなら、逆に好都合でもある。
 俺のすることを、雨は知覚せずに済むから・・・

 矛盾を孕みながら、魔石を握って闇を斬る。
 覚悟は出来ている筈なのに、俺はいつまでも『仕方ない』という諦めの姿勢も捨てられない。
 屍の山の上にいつまでも立ち続けていることにさえ麻痺しているのに・・・
 自分の奥の深いところで、いつまでも自分を憎み続ける事をやめられないくせに・・・
 沈む意識を愉しんでいる冥い自分を増長させて、黒刃に血を啜らせる為に意思のない動く躯を切り刻む時には、揺れ動く自分を自覚せずに済む。

 ここにいる動く躯は、女王の言うことすら聞かなくなった廃棄処分の最下級食人鬼達だ。
 貴族をも取り込む心算のようだが、毒の濃さや適性により、どうしても女王の望む下僕にはなれなかった者達・・・
 境遇には同情するが、このままこの闇に放り込まれているのを放置するわけにもいかなかった。
 魔の気の強いこの場所では、気質が変化してとんでもない化け物になってしまう可能性がないわけでもないからだ。
 だから、それを処分しながら奥へと進む。
 闇を祓いながら、自分の躰に闇が澱となって澱む事も厭うことなく、進み続ける。

 シアド様の気配は未だに掴めないが、この確信を事実に変える為に、只管に行動することが、今の俺に出来る全てと信じて。

2010/05/06 up

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小声で編集後記のコーナー。
本当は伸太郎フェイズの筈でしたが、明の影が余りに薄いので、一応幕間に出しといてあげました。
彼は彼で色々頑張っているんですよーってことで。
あまり全部は書いてませんが、明は言い訳をしながら心のどこかで愉しんでいるんですね。怖いな・・・
てなわけで、次回は本当に伸太郎フェイスです。
頭の切り替えが上手く出来ない・・・(苦笑)