第二章

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「俺や、さっきの奴の話をする前に先ず、機密事項を話さなきゃならない」
「うん」
「この話を聞いたら暫く俺には会いに来るな」
「えー!!」
「何の為に、過去を全て悟られないようにしてきたと思ってる? こういうことを予測してきたからだろ。もし俺に何かあっても、俺のことは捨て駒として放っておいて先ず身の安全を確保することを約束してほしい」
「何よそれ!! 嫌だよ!!」
「・・・あのな・・・」
「ヤ・ダ!! 絶対やだ!! 明に何かあっても平然としてろだなんて、出来るわけないでしょ!! 心配しないとでも思ってるの?」
「思ってない。ただ、俺に何かあっても多分・・・ さっきの奴が雨を護るさ」
「はあ?」
「つまり、そういうことなんだよ」
「わかんないよ!!」
「雨、それは雨が『理解したくない』だけだ。責任二倍だからな」
「・・・!!!」
「あれは雨の契僕。雨の『勇者』だ」
「・・・っ」

 わかっては、いた。
 多分、そうじゃないかとは思った。
 あんなに輝く凄いオーラを持っているのにやることが過激すぎる。
 その時点でもう、なんていうかもう兎に角『残念な感じ』なのだ。
 私の持つ『勇者』像というと、威厳に満ち落ち着いていて清らなる魂、と言う感じだったんだけど。(まるっきりこの言葉を絵に掻いた様なのがシアド様)
 軽率、軽薄、軽快、愉快な印象に映って。
 何だかもう、凄く凄く、『曲者〜』な感じがするのだ。
 ・・・まあ、明も充分『曲者〜』な気はするんだけど。

 ・・・いやいや、問題はそこじゃないのだ。そこじゃない。
 よく知りもしない人の事を印象で悪く言ってはいけない。
 そこよりもずっと気になることは・・・そう。

 じゃあ・・・だったら、明は何なの? ということ。

 口に出したくても、言える筈ない。
 明は・・・ 自分のことなど顧みずに保身しろと言う。
 まるで自分などいない者として扱われても平気だと。
 そんなこと、本当に私に出来ると思っていないのに平然とそれを口にしてしまえる冷静さが哀しいし・・・辛い。
「変に誤解するな。お前がうろちょろすると俺が動きにくい、というだけだ。へまはしない」
 何も言ってないのに、明はそう付け足した。
 何よ・・・ 私が、何を誤解しているって言うのよっ。
 思ったけど、何か心の中を見透かされているような気恥ずかしさがあって、口にはやっぱり出せなかった。
 私が心配しているということはわかってる、って、明・・・ずるいよ・・・もう。
 結局何の反論も許してもらえずに、私は口を噤む。
 何だろ、私の取り扱い方法、明は充分熟知しているとでも言うんだろうか・・・悔しい。
「あいつが『勇者』だというには根拠がある。それにはどうしてもレア様とシアド様の秘密を明かさないと理解できないだろうから・・・ それを、これから話す」
 明は、私が反論しないのを察したのか、徐に話し始めた。

「元々、レア様には、二人契僕がいた」

 明の言葉に、私は咄嗟に反応できなくて、ぽかんとしたアホ面をしてしまった。
 契僕が・・・二人。
 それは、ありえないこと。
 どうやったら『契約』が為されるのかわからないけど、それは『天使』の一生に一度しか使えない力の筈。
 ありえない事を実行したこと・・・ それは、『異端』としてみなされてしまう。
 レア様が、異端・・・?
 凄く小さかった時、レア様聖誕祭の時に(偉人なのでこの日はお祭認定なんです)王宮のバルコニーから手を振るレア様を遠目に見たことがある。
 慈愛に満ちていて凄く美人で、心を安らかにしてくれる、包み込むような優しいオーラを持ってた・・・
 噂によると、あのオーラは近付いただけで怪我を癒す力すらあるって聞いた事ある。凄い人なのだ。
 その、レア様を明は『異端』だと言ってる。
 それがわかったときに漸く、私は息を呑んだ。
「だから機密なんだ・・・ これは公には出来ないだろ」
「・・・でも。レア様の偉業は誰もが認めることだよ。そのくらいの『異端』っぷりで、信頼が揺らぐような事はないと思うんだけど・・・」
「だが、この二人目の契僕は・・・ 純血の魔族だ」
「!!!!!」
 二つ目の符号。
 魔族の契僕。
 それは、明と同じ・・・
「だからずっと伏せられている。これは流石に信頼が揺らぐだろう」
 神族と魔族は忌み嫌い合う。
 本能からくるものだから、これは仕方ない事なのかもしれない。
 少なくとも、私と明のように小さい頃から一緒でお互いの個性を分かり合うくらいにならないと、お互いの事を信頼するのは難しいかもしれない。
 そんなことでレア様のことを疑う人は出ないだろうけれど、これは凄い事実であることには変わりない。
 世界が、揺らぐくらいの凄いことでは、ある。
 だから、私が魔族の契僕を持ったことをお父さんは隠したがった。
 明を信じてないわけじゃない。明は凄くいい奴なんだって事はわかっているし、お父さんだってわかってた筈なのに。
 でも、このことを強く否定できない弱さが、私にはある。
 私がしている事は、結局、明にとって凄く残酷な事なんじゃないの・・・?
 自己嫌悪で凄く嫌になる。
 明には確かに狂気を宿す部分を感じることがある。
 でも、それを明は自覚していて、それを抑える努力は惜しんでない・・・と、私は思う。
 思うけど・・・ でも、それは綻びる可能性のあるもの。絶対、ではない。
 そういう意味で、私は明を一部、信頼してはいないのを認めざるを得なくなる。
 私って酷い。
 従えておいて、明のことを強くは信用してないことになる。
 そして多分、明は私のそういう感情に、気付いているし、傷ついてる・・・
「レア様に、契僕が二人・・・」
 もう一度、自分で言葉にしてみて確認したくなった。
 明は頷く事もなく、ただ私が呟いた事に何の反応もくれない。静寂が刺さってくる。
「契約って、確か、一回しか使えないんだよね・・・?」
 明は答えなかったから、別の質問をしてみる。
 私が今まで思っていたことが全て揺らいじゃう事実なのだ。
 頭のどこかで、それを受け入れたくないという叫びがあった。
 明は私の動揺も見越していたんだろう。凄く冷静。
 ・・・逆に何だかムカついてきた。何で、こんな大事な事今まで黙っていたのよっ。
「レア様も一度しか契約はしていないと言っていた」
「じゃあ何で・・・」
 さっきから何度も明の言う事は翻る。
 さっき、二人居るって言ったのに、一回しか使えない契約は一回しか使ってないと言う。
 どうなってるの、それ。
 ・・・でもそれは、大方、私と状況が被っているのだ。
「元はシアド様は王太子殿下だったってのは、知っているか?」
「ハイ!!????」
 初耳。
「とある事から除籍された」
「ちょ、それ、凄い機密事項じゃないの!!」
 だんだん、明と私とは状況が被らなくなってきた。天上人はやはり天上人なのだ。何となく安堵。
「レア様と契約を交わしたときに公になった事実があった。
 それは、シアド様は元々魔族との混血だった、ということだ」
「!!!!」
「ただ、王も王妃も魔族ではなかったから、契約するまで自分が魔族の混血である事を知らなかったそうだ。母方の先祖に魔族が居たようだ。時たま先祖還りを起こして魔族の血が濃い者が今でも生まれることがあるだろう。その類の人だったんだ」
「・・・・・・」
 今でも、そういう人はいる。
 居るけど、凄く少ない。
 血は徐々に薄くなるから。
 魔族がそれを嘲笑うように、魔族の脅威は今でも傍にあるのだと主張するように、先祖還りする人も確かにいる。
「『天使』と『魔族』はもともと相容れない者同士。それが契約するとどうなると思う?」
 明は私をまっすぐ見る。
 冷静で、探っているような視線。
 魔眼もいつも通りの金琥珀で感情を読み取れない。
 明は、最初から知っていて・・・ 多分、色々な覚悟が既に出来ているんだとわかった。
 でも・・・ わかりたくない、と思うのは、私の我儘・・・
 小さく、首を横に振った。
「魔族は元々、神族が魔族を嫌うのよりも遙かに強い感情で神族を憎む本能がある。それは契約に対しても同じ拒絶を示すんだ。だが、それ以上に契約の呪のほうが強いから・・・ 純血の神族の契僕と、純血の魔族の契僕に、体と魂を分けてしまうんだ」
「!!!!!!」
「レア様に契僕が二人居るというのは、つまりそういうことだ。そして恐らく、もう今となっては説明するまでもないが、さっきのあの門破りのテロリストは、雨の神族の契僕で、多分間違いないだろう」
「嘘・・・」
「俺も正直言うと、こんな面倒を起こすのが俺の半身だとは思いたくはないが。しかも、聖属性の半身の筈の神族が」
「ううう」
「少し対策を考えよう。これは・・・大変なことだ。俺にとっても雨にとっても・・・」
「う、うん・・・」
 ううう。本当に大変なことになってきた。
 私の契僕は実は二人居ただなんて!!
 しかも、私はそれを全く知らずに居たなんて、何て・・・ 何て無責任!!!
 どうやっても言い逃れ出来ない。『知りませんでした』で、済まされるような事でもないんだもん、門破壊の罪は!!!
 多分、それ、監督不行届きで私にも罰が下るよ!! 間違いなくっ!!
 頭痛い。
 頭、痛いよ・・・
 そう思ってもう、頭抱えて大声で叫びだしたくなった時、スノウがぴくりと反応して振り返った。
 明も少し反応したけど、訪問者をあまり警戒していない類の反応。
 誰か来たの・・・?
 話に夢中で全然気付かなかった。
 振り返ったらその瞬間玄関のドアが開いて、そこにはお兄ちゃんが居た。
 ・・・あれ?
 何だか、怖い顔してる。
「レイン、探した・・・っ」
 そう言ってつかつかと入ってくる。
 明は私がお風呂から上がった頃には部屋の燭台に火を灯していたからあまり不便を感じなかったし、時間の経過を忘れていたから、玄関のドアの外が真っ暗なのを見てから今頃夜になったことに気が付いた。
 ん? 玄関ドアの所にはもう一人居る。
 その人も、遠慮がちにのそりと家に入ってきた。
 ・・・チムさん。
 ・・・ん??
 え!!??
 お兄ちゃんと、チムさんとが一緒に居る。
 って、それは・・・つまり。
 チムさんが、私に目で『ごめん』と訴えてるのがわかった。
 うわあ、バイトくびになったのお兄ちゃんにばれちゃったんだ!!


+++☆★☆★☆+++


「心配した」
「うん。ごめん・・・」
 先ず怒られるかと思ったんだけど、最初に降って来た言葉は、お兄ちゃんのいつもの優しい声だった。
「明のところに居たんだね。遅くなるなら連絡をくれたら良かったのに」
「すみません。俺が引き止めてました」
「いや、明を責めてる訳じゃないんだ。ただ、あんな事があったから、無事か心配で・・・」
 お兄ちゃんはそう言って心底安心したように溜息を吐く。
 明は玄関で未だ立ち尽くしているチムさんに『どうぞ』と言って、中へ招き入れた。
 二人増えたから、4人しか座れない居間のソファの定員を超えてしまったので避けようとしたら、スノウがソファを辞して席を譲る。(ちなみにティリルは素早くソファから辞していた)
「スノウと申します。これからレイン様にお世話になります。どうぞよろしくお願いします」
 スノウは一言言うと、獣身に変わってみせ、地べたにお座りした。
 それを見てお兄ちゃんは一瞬息を呑んで、私に言った。
「こんな大きな犬の世話、家ではできないよ? 餌とか」
【お気遣いなく。自分で調達いたしますので】
「凄いね。獣人、僕初めて見たよ」
【一応、精霊が本性なんですよ】
 おおっ、あっさり既に和んでる。流石お兄ちゃん。
 て言うかお兄ちゃん、犬って。そして餌って。スノウは実は凄いのに。天然発揮してどーするの・・・
 そういうスノウも全然気にしてない。
 お兄ちゃんには無条件で敵認定しないんだなぁ。
 本当、こう言っちゃなんだけど、スノウは犬みたいで、実は可愛いのかも。
「それよりレイン」
 お兄ちゃんはソファに座ると、今度はさっきとは違う平坦な声で言った。
「チムさんから聞いたよ」
「う・・・何をデスか」
「羽根で衣作って、あまつさえそれが売れちゃったって話だよ!! その上、家計の為とはいえ、闘技場で荒稼ぎしてたって言うじゃないか!!! お母さんが聞いたら泣くよ!! て言うか、僕はさっき泣いたけどね!!」
「泣かないでよ!!」
「僕の言う事何も分かってないからだよ!! 怪我したり、ばれちゃったりしたらどれほどの人に迷惑がかかるかちっともわかってない!!」
 う。耳が痛い。
 今、まさにそれを猛反省していたのに、もう一度念を押されたようで返す言葉もない。
「ごめんなさい・・・」
「・・・っ。わかればいいよ・・・ 僕も強く言い過ぎた・・・ 凄く探したから・・・」
「零央君の剣幕が凄くてね・・・ それに思い当たる所を探してもレインちゃんが見つからなかったから、余計に不安になってね。無事で良かった」
「そうだよ!! 『稀味軒』のおばちゃんが、雨が門へ野次馬しに行ったって言うから・・・!!! 門に行ってみたけど殺気立った衛兵達が睨みを利かせてて『うちの妹知りませんか』なんて聞ける状態じゃなかったし、でも気になるから3時間くらいあそこで感知能力拡げて探しまくったのにいないし・・・!!! 門の向こうまで行こうかと思ったくらいだよ!!」
「大袈裟な」
「それくらい心配したんだよ!!」
 ・・・チムさんの言う、『凄い剣幕』、実感しました。
 お兄ちゃん、文章長いよ。
「もう、言い訳できないもんね・・・ お兄ちゃん、これ、借金の足しになるかな」
 さっきの、チムさんから貰ったお金をお兄ちゃんに手渡す。
「要らない。決めた。僕は雨の稼ぎをあてにはしない」
「なんで!!」
「また無理されたら困るから。自分で稼ぐ」
「だってお兄ちゃんの仕事お金になんないんだもん!!」
「・・・」
「借金、増えるのストレスになるんだもん・・・ それに、結構借金返せてるんだよ。学費も。開業代も。あのね、世の中お金なんだよ!!」
「・・・兎に角落ち着け」
 一番凄い爆弾をさっき投下したくせに、明が私とお兄ちゃんを諌めた。
 ・・・私、ドサクサに凄い事言った気がする。
「零央さん、これは雨が文字通り身を削って稼いだ金です。貴方の為に。受け取ってあげてはどうですか」
「明・・・ 君も、知っていたのか・・・」
「いえ・・・ 雨から聞いたというのではなく、さっき、『実感しました』ので」
 うわっ。黙っていたのに明はやっぱりさっきの明モドキが私の『天使の衣』を着てたの気付いてた・・・
 敵わないな、ホント。
 お兄ちゃんは凄く複雑な顔をした後に、私からお金を半分だけ受け取った。
「残りは服とか買うといいよ。年頃なのに、オシャレもさせてあげられない不甲斐ない兄でごめんね」
「何言ってんの、残りは生活費だよ。オシャレなんかするくらいだったら腹の足しにするわよ」
「色気のない台詞だなぁ」
「どぉせ、色気なんてありませんよーだ」
 お兄ちゃんは、いつものお兄ちゃんに戻ってた。
 ・・・多分人目があるからなんだろうけど、思っていたよりお兄ちゃんは怒ってなかった。よかった・・・
「あっ、和んでる場合じゃなかったんだった」
 お兄ちゃんは急に思い出したように言う。いやそれ、私の台詞。
「いま少し町の中でも大変なことになっていてね、衛兵があちこち駆け回っているんだ。僕もさっき雨を探して駆けずり回っている時に怪しい奴ってしょっぴかれかけた。振り切ったけど」
「振り切ったの!!??」
 それはそれでヤバイと思うんですけど。
 お兄ちゃんは私のツッコミに動じもせずに続ける。
「ちょっとシャレにならない状態っぽい。変に術を使おうにも術封じの結界で街全体を閉鎖する領主も出始めてる。・・・パニック状態だよ。早く帰ろう」
 知らない間に街の中は大変な事になっているらしかった。
 ・・・暢気にお風呂入ってる場合じゃなかったよ、私!!
「え、それ、家もあんまり安全じゃないよね」
【主の事は私がお守りしますので、危険はありません】
「スノウの気持ちはありがたいし、凄く心強いんだけど、いや、そーでなくて、問題はてんやわんやでどこもあまり安全じゃないってことよね。かえって身動きとらないほうが良くないかな?」
「まあ、容疑者激似の俺の家もどうかとも思うが」
「? ・・・じゃあ落ち着くまで少しお邪魔してもいいかな。チムさんも・・・ つき合わせてしまってすみません」
「いや、いいんだよ、僕にも責任あるから・・・」
「明、仕事のほう大丈夫なの? 行かなくても」
「何とかなるだろ。行けば行ったで容疑者に仕立て上げられんとも限らんしな・・・」
「・・・だって、やってないって・・・ アリバイあるし・・・」
「・・・あのさ、さっきから『容疑者』とか『アリバイ』とか、不穏な単語を聞くんだけど何の話?」
 お兄ちゃんが横槍を入れてきた。
 そうだ、重要な話してたのにお兄ちゃんたちが来たお陰で話の腰が折られちゃってるんだ。
 でも、お兄ちゃんたちに話せるような話題でもない・・・
 私が「えーっとぉ・・・」と何か言い訳を考えようとしたら、明が
「いや、変に取り繕うと碌なことにならん。零央さんにもチムさんにも聞いてもらおう」
 と、躊躇わずに言った。
 それは、警戒心の強い明には珍しい迂闊な判断のような気がして、私は黙っていた方がいいんじゃないかと思ってどうしても反論をしてしまう。
「え、でも・・・ それは、巻き込むことになっちゃうじゃない」
 けど、今度はお兄ちゃんが私に諭すように言う。
「雨が一人で何かしようとするのは僕にとって不安でしかないよ。何か秘密があるなら、僕は共有したい。無知のまま何かがあって後悔するよりは、知らされてから気を揉んでいたり心配する事の方がずっといいよ。闘技場の事もそうだし、防具の事もそうだし!!」
「それは・・・ 本当にごめんなさい」
「怒っているんじゃないんだよ。雨の気持ちも凄くわかるし、それを知って僕は嬉しかった。でも、僕にだって役に立てることもあるかもしれない。だから知りたい」
「僕も、同じ気持ちだよ」
「お兄ちゃん、チムさん・・・ 有難う。でも・・・ 多分、凄い大変なことになるかもしれないの。生半可な事じゃ・・・済まされないかも・・・」
「門が破られたことに関係あるのかい?」
「はい・・・」
 誘導されるように聞かれた質問に、私は素直に頷いていた。
 隠し事をすることの心苦しさから逃れる為でもあり、こんなにも案じてくれていることへの嬉しさや、甘えてもいいのだという安堵からきた頷きでもあったと思う。
 つくづく、私って現金でずるく生きているんだなと、また自己嫌悪になった。
 でも、ここからまた明に説明させるのではいけない。
 ちゃんと、私が説明して、どうすべきかを考えなくちゃいけない。
 これから待っているのは、平坦な道なんかじゃ、決してないのだから・・・


+++☆★☆★☆+++


「・・・というわけなの」
 かくかくしかじか。時間を短縮してお送りしております。
 ・・・というのは置いといて、お兄ちゃんとチムさんに、私や明が置かれている状況と、門を破ったテロリストの話と、スノウの話と(スノウには悪いと思ったんだけど、同じように水鏡の具現の術をもう一度やってもらいました。アテレコは超棒読みのさっきより上手に出来たと思うんだけど、明から「白々しい」と言われ傷ついたとか色々ありましたが)、レア様とシアド様の機密事項のことを全て話した。
 暫く呆けていたあと、半分パニックした状態でお兄ちゃんから散々お小言は戴いたのだけど、チムさんから『今までのことを悔やむよりも先を見据えないと』という、有難いお言葉を戴けたお陰でお兄ちゃんは我に返ったようだった。
 それから、チムさんはやっぱり、スノウが見せた具現の術の中で、茶髪の栗毛の仮面の人を見た時に『この人だよ!』って言っていた。予感的中・・・
 大変な状況である、という事だけは、全員に伝わったみたい。
 私は私で、自分で説明するうち、自分の持つ情報整理が少し出来たような気がして、少しだけ事態を冷静に受け止めることが出来た。
 それでも大変なことには違いなく、明はまだ何か重大なことを言おうとしているんじゃないのかと思って全然気が抜けないという気構えだけはできたかも。

「それで、これからどうするんだ?」
 一つ大きく溜息を吐いたあと、お兄ちゃんが私を心配げに見た。
「それを、今から相談しなきゃ、ってところでお兄ちゃんたちが乱入してきて話が止まっちゃったの。それに明、多分今王宮がそんなにゴタゴタしているならここで喋ってても変に思われないのかとか・・・」
「さっき、雨を隠しておいていた間に女王派の手下が俺を探りに来た。しかもそいつらは既に容疑者と一度交戦しているようだった。俺とはオーラも違うというのはわかってはいたみたいだが、白というわけではなくグレー判定だな・・・」
「・・・あっ、さっきのあの明モドキが言ってた。2と5と9は大した事なかったぞっていう・・・」
「そう。その2と5と9が来たんだよ。俺から何か聞きだそうとしていたが、こっちもまだあれを見る前だったし情報が足りなかったから適当にはぐらかしておいた」
「それで成立すんの? てか、明は誰かの命令で門を偵察に行ったんじゃなかったの?」
「残念ながら自発行動。だが元老院の大老に連絡は入れてある。『後でご報告に上がります』と」
 いつの間に。テレパスで? 素早い。
「この緊急時にそれが許されるの?」
「情報収集は俺からじゃなくても出来るし、俺はそんなに重要だとは思われていない。逆に『自分の憂いを払ってから来い』とまで言われた。あれから緊急連絡は来てないから大丈夫だろう」
「そういうもんなの・・・」
 凄く色々突っ込みたいけど、明は結構融通が利く立場みたいで、今は元老院に縛られなくてもいいみたい。
 ・・・と言うか、多分、私に対策を言い聞かせたら王宮に缶詰になることは凄く予想できる・・・
 早く色々考えないとっ。
【あまり慌てなくても大丈夫ですよ、主。もし貴方が彼を追う気なら、協力は惜しみませんし、現在、どこにいるかも把握していますから】
 スノウが突然そんな事を言い出した。
「え・・・ちょ、それって、あの門破りのテロリストの居所、わかってるって事!!??」
【はい】
「ええええええ!!」
 なんとっ。
【精霊の情報網を甘く見てはいけませんよ。精霊は空気と同じようなもの、どこにでもにいるのですから、情報伝達に優れているのです。ただ問題は・・・ 彼らの逃亡先が、とても精霊の力が弱まる所である、という事でしょうか】
「どこっ?」
【人間界です。どうも都会のようですね。石の壁が精霊を拒むんですよねえ・・・】
「えーっ!!! それ、一番マズイじゃないのっ。異能力発揮しまくったら・・・!!」
 どどど、どうしよう。居所わかったは良いんだけど、それじゃ・・・ 人間界がパニックになるかもっ!!
「大丈夫だろ」
 明が平坦な声で私の動揺を制するように口にした。
「そんな馬鹿じゃなさそうだったし、後ろ盾がいるようだし、わかっていて潜伏する気なんだろうからヒトには正体を掴まれるようなへまはしないだろう」
「そうかなぁ・・・」
「最初から人間界を選んでいたんじゃないのか。一番力が使いにくい場所。追っ手も手を出しにくい場所。計算だろうが、餌でもあるか・・・ 微妙だな」
「え、何?」
「女王の眼からは逃れられない」
「何で?」
「・・・色々複雑な事情があるんだよ・・・」
 明は、やっぱり少し嫌そうな顔をした。
 この場で一番情報を持っているのが明なのは良くわかっているんだけど、明自身も動揺しているのか自分で話しながら情報を整理しているようなところがある。
 というか、情報量が半端ないみたいで、どこから話していいのかを考えあぐねているみたい。
 それに、私には言いたくない、という事も多分言外に含むような所もあった。
 少し考えてから、明は大きく溜息を吐いた。
「雨のもう一人の契僕の居所がわかっているなら、別に無理に今追わないほうがいい。雨が危ない」
「どうして?」
「俺の半身は、テロリストでもあるだろうが、女王のスパイでもある。女王に情報がダダ漏れなんだ」
「なんで?」
「・・・聖属性のオーラをこれでもかって程撒き散らしていたくせに、首の徴から溢れ出るどす黒い気配・・・ あれは、女王の毒・・・ 傀儡の呪いだ」
「毒・・・? 呪い・・・?」
 毒。え、じゃあ何、女王様は毒蛇か何かだとでも・・・
 毒って、命に関わらないのかなと一瞬ひやりとしたんだけど、厭な気配を感じただけで、命に関わるようなものじゃないことは、知覚した私にもわかっていた。
 ・・・っていうか、何で女王の毒をくらうような事態になったのかがわからない。
 それに、何で女王に毒があるのかとか、呪いだとか、その辺りから変な事ばっかりでどこからどう突っ込んでいいのかわからなくなってきた。
「レジスや王城下で吸血鬼・食人鬼が出る噂は聞いた事あるか?」
 明の話がまた変な所に飛んだ。
「まぁたそんな、怪談みたいな話をされてもねぇ・・・」
 言いかけて、すぐやめた。
 これが、例えば軽口を叩くような人の言葉だったら、私はその先に否定の言葉を続けていたと思う。
 でもこれを、明が言ったということは。
 明は冗談を言うタイプじゃない。
 なら・・・ 真実。
 話が急に飛んだ訳じゃない。理由があってその言葉を言ったとしたら・・・
「・・・マジなの?」
 一瞬で全部繋がった。
「・・・多分、な・・・」
 明は溜息を吐いて頷いた。
 覚悟が出来ているからなのか、明は本当に表情を見せずにあくまで淡白だった。
「・・・何が?」
 さっきまではこの台詞は私が言っていて、自分の無知を恥じる勢いだったんだけど、その台詞は今度はお兄ちゃんから発せられた。
 お兄ちゃんの中では今の話は繋がらなかったみたい。
 ・・・よし。ここは、自分の情報整理も兼ねて、説明は私がしてみる事にしよう。
「最近噂になっている吸血鬼や食人鬼。その吸血鬼や食人鬼に噛まれたりすると同じ者になってしまう怨嗟の連鎖がおきるっていうやつだよ」
「? ああ、噂なら僕も聞いた事はあるけど・・・」
 お兄ちゃんは腑に落ちない顔をしている。チムさんにしても然りだった。
「毒を喰らう事はつまり、傀儡の呪いをかけられる事になるんだよ。という事は使い魔と同じになっちゃうって事。
 使い魔に降った者の目や耳から情報を吸い上げることができるとしたら・・・
 そして、明は、その吸い上げた先に女王がいる、と言ったんだよ。
 それが何を意味するか・・・」
「!!! じゃあ、その毒の発生源は女王だと・・・!!」
「そう。その上、どうも明の半身は、女王の毒をくらってる、って事」
「な・・・!!」
 お兄ちゃんもチムさんも漸くそこで繋がったのか、息を呑む。
「解毒は出来ないの? 若しくは、解呪とか」
「殺すことは可能だ。浄化法をかければ自滅する。が、救う方法は目下対策考慮中。見つかっていない」
「・・・っ。じゃあ、彼はもう・・・」
「ところが。どうやら雨の契約の加護もしっかり効果を発揮していて、俺の半身は完全な女王の僕にまでは成り下がってはいない。だから、この世界に逃げ場を見出せなかったから異界に逃げたんだろう。・・・顔を曝したのは、『追って来い』という意思表示。門を破壊したのは、宣戦布告だ」
「・・・!!!!!!」
 ななな。
 な・・・ 何て大胆な!!!
 明の怜悧な状況分析に驚くよりも、半身の大暴走に絶句する方が先だった。
「だからもしかすると、雨を釣る為の餌かも知れない可能性もある。すぐに追えば奴らの網にかかるかもしれない。野放しには出来ないが彼らは後回しでいい。問題は・・・」
「女王様・・・」
「そうだ」
 ・・・た、たたたた、大変なことになってきた。
 も、元から大変な事態、って事はわかってたんだけどでもっ、スケール、でかくない!!??
 私の巻尺じゃ、それ計れないんだけどっ!!
「ちょ、待って待って、何で明はそんなことまで知ってるのっ??」
「最近の俺の仕事が、女王の身辺警護プラス身辺調査だったんでな」
「えええ!!」
「元老院でも女王がクサイ、というのはずっと気付いていたんだが、元老院所属の貴族達が相次いで暗殺されたり失踪したり、意趣変えして裏切ったりしたんで、元を質す意味も含んで俺は女王直轄に配属された」
「・・・それで、何かわかったの?」
「女王の人食いの事実と、世界を穢す為の呪いの拡大」
「・・・それ、どうしたら止められるの?」
「・・・止める気なのか」
「え、そりゃあ・・・」
 言いかけて、皆が凄く意外そうな顔で私を見ていることに気がついた。
「わ、私の言ってること、変なの?」
 急に不安になって、お兄ちゃんに聞くと、
「いやあ・・・ やはり流石に天使なんだなあって・・・」
 と、やけに間延びした答えが返ってきた。
「いやいや!! これ、普通じゃない? だってだって、放っておいたらどっちにしろ自分にも害が及ぶんでしょ!!?? ほっとけないよ!!」
「そうなんだけどねぇ、僕なんかには遠いお空のお話だよ・・・」
「でも・・・!!」
 そんなの、放っておいたら皆女王様の僕にされちゃう。
 それに、人が人を食うだなんて、そんなのは・・・ 嫌だ。
 大切な人がいて、その人を失いたくないとか、そんなのは当たり前の感情じゃ、ないの?
 大体女王様は既にこの世界を統べているにも拘らず、人の『意思』までも奪おうとしている。
 そんなの・・・絶対におかしいもの。
 お兄ちゃんはあくまで対岸の火事だと思ってる。
 でもそんな事・・・ 最近、治世に興味を持たない女王の所為なのかどうか、荒れてきたりしていることも何となく感じたりしてる。
 何より私は、色んな事を、あまりにも明に押し付けすぎている現実の上に、ずっと胡坐をかいていたんだという事が、今になって物凄く恥ずかしい事だと思い知らされる。更に、自分が知ろうとしなかったからだけど、もう一人の契僕が、とんでもないことを私の目の前に突きつけた。
 それは、きっと・・・『起て』と言われているんじゃないのかと思った。二人の契僕に。
 でも、そうじゃないよ、本当は。
 私が天使だからとかは関係ない。私がそうしたいし、そうありたいと願うから。
「きっと雨はそう言うと思った」
 お兄ちゃんに食い下がる私を制するように、相変わらず落ち着いた声で、一言明が呟いた。
 明の呟きにも水盤の水は波紋一つたてなくて、一瞬静寂が訪れた。
「出来る事は色々あります。覚悟がもしあれば、もう少し巻き込みたいのですが」
 ・・・ん?
 明、何気に今凄い事言わなかった?
 こういうときに、ニコって笑うと悪意丸出しで怖かったりするんだけど、明はやはり無表情。
「〜〜〜っ、明、謀ったね・・・」
 お兄ちゃんは、困ったような、でも、少し笑った様な微妙な表情で明を睨む。
「とんでもない。ただ、秘密を知る以上は、口止めその他、念を押しておきたかったのでいっそと思いまして」
 明はそう言ったあと、ほんの少しだけ口元を綻ばせた。
 ・・・何その無駄なサービス。私には滅多にしないくせに。
 お兄ちゃんとチムさんの表情が、少しだけ引き攣ったのを私は見逃さなかったけど、この際だから気付かなかったふりをした。
 夜は更けて、もう深夜に差し掛かっている。
 ・・・本当に、朝なんか来るんだろうか。
 そんな不安まで押し寄せてきたのに、相変わらずの明は、
「もう遅いんで、続きは明日。今日は泊まっていってください、明日連れて行きたいところがあります」
 と言って、何でもない事のようにソファから立ち上がった。
「明日の仕事はもしかすると休んでいただくことになるかもしれませんがご容赦下さい。零央さんと雨は悪いがソファで。チムさんは俺の寝室へどうぞ。散らかってますがチムさんの躰でソファは辛いでしょうから」
「え、明は?」
「たった今呼び出しがあった。元老院へ出頭してくる。朝には戻る」
「・・・ホントに?」
「あらぬ容疑がかけられていたら証人を立てて意地でも戻ってくる」
「て、手荒な真似は駄目だよ?」
「俺からそれを取ると何も残らないんだが」
「・・・ぶ、物騒な事言わないでよ・・・ 兎に角、気をつけて。絶対、明日の朝、帰ってきてよ?」
 絶対、と言う言葉が制約となって明を縛ることも判っていて、でも不安からその言葉を吐いてから、少しだけ後悔したけれど、
「・・・わかってる」
 明は不貞腐れたような顔を一瞬した後、ティリルを連れて、音もなく転移していなくなってしまった。
 ・・・後に残るのは、やっぱり静寂。
 居た堪れないじゃない、何でああいう態度なのよ、いつも。
 それなのにお兄ちゃんと来たら、急に肩を震わせて笑い出したのだった。
「えっ、何がおかしいの?」
「いやあ、素直じゃないなあって・・・」
「???」
「雨は、わからなくてもいいの」
 そう言って、お兄ちゃんはまだ笑っていた。
 何なの?
 チムさんを見たら、チムさんも何となく笑っていた。
 何かチムさんは勘付いたのかしら。
 何で私だけ仲間外れにっ。
 見ると、足元に静かに座っていた筈の狼身のスノウまでも、私に気付かれまいと顔を背けてはいたんだけど、ぷるぷると震えているのが見えた。
 もう、何かよくわかんない。

 結局、その日は明が戻ってくるか心配なのと、色々なことがありすぎて考え事をしすぎてまどろむ程度にしか眠れなかった。
 隣から聞こえてくる、スノウとお兄ちゃんの規則正しい寝息を聞きながら、私はあることに気付いて結局また目が冴えてしまった。
 折角お金入ったのに、今日の晩御飯、食べ損ねた・・・
 眠れない理由に、空腹がプラスされたのは言うまでもない。

2009/04/09 up

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小声で編集後記のコーナー。
随分時間かかっちゃいましたけれども、全然書きたくなかったとかではなくて、単にゲームに魂をごっそり奪われていただけというオチです。駄目管理人・・・
て言うか、話が長い上にちっとも進んでない一日にイラッとしますね。
私の時間は4ヶ月も経過したというのに(トホホ)。
そして次回予告はまさかの暴力展開。どうなってるんでしょうコレは(苦笑)。