第二章
Z
「お客様、帰ったの?」
明の結界とスノウの護法が漸く解けたのは、私がお風呂に入ってから2時間くらい経ってからだった。
その間にティリルが気を使ってくれて話し相手になってくれたりしたので、私は苦痛だとは感じなかったけど、明らかに明がそのことで気にかけてくれたのを凄く感じてしまって、私は少し嫌味でも言ってやろうかと思っていたのを全部飲み下した。
・・・私って、少し、明に対してどうしても意地悪になるところがあるのかも・・・
な、直さないとな・・・
「帰った」
そっけない返事。
普段なら無視されたりするのにちゃんと返事が返ってきたから、それで気にしているのがわかったのだ。
明とスノウは、私がすごすごと脱衣所から元の服装で出て行ったとき、同時にソファから立ち上がった。
二人は視線をかち合わせ、私は何が起きるのかとヒヤヒヤしながら見ていたんだけど、スノウが一歩引いて明を立てた。
おや、と思って見ていたら、明は足音もさせずに私の前を通り過ぎ、寝室へと歩いていく。
気になって後をついていってみたら、いつも以上に寝室は散らかっていて、危なく私は小言を言おうと踏み込みそうになったんだけど、明はすぐに部屋から引き返してきて、手には大きなマントを持っていた。
後をついていった私に気付いた明は、寝室に衣類が脱ぎ捨てられた状態でとっ散らかっているのを見られたのが不本意なのか、すぐに寝室のドアを閉じて、無言で手に持っていたマントを私に投げて寄越した。
着てろ、って事なのかな。
さっき濡れてしまった服は一応洗って乾かした(勿論術で)んだけど、普段から薄着の私が、湯冷めして風邪を引かないようにきっと心配してくれたんだと、私は好意的に受け取って、そのマントを一応羽織ってみた。
とても高級な生地を使っているのが良くわかる。凄く軽い。
デザインはシンプルなんだけど、布の放つ光沢はとてもゴージャスだった。
すごいなぁ、これ、幾らくらいするんだろう。裏地ついてるし。
ぐちゃっとベッドの上に放り捨てられてたみたいなのに、全然皺になってない。
明の身長差考えたら絶対引き摺っちゃうと思って私は足元を確認したら、20センチは床についていた。
ヤバっ。
慌てて裾を引き摺らないようにたくし上げる。
こういうところが、私はきっと貧乏っちいのだけれど、どうしても直せない。
ティリルはそんな私の貧乏っちい行動に気付いたのか、後ろに回って引き摺らないように裾を持ってくれる。
「結婚式のヴェールを持っている子供みたいですね、私」
ティリルがにこにこしながらそんな事を言うから、私は笑いそうになったんだけど、明が絶対零度の無表情で前を通り過ぎていったので、私は笑いを押し殺した。
蒼の右目が、いつもより一層蒼かった気がする。
瞳孔開いているんじゃないの、明・・・
ティリルの態度にいつも明は無関心、無感情で、こういうのを見るたび私は何とかならないのかと思うんだけど、元々、私が明の主として正しい行動をしているとは思えないのに、そんなこと言えるはずもないから結局黙ってそれを見守るしかなくて、少し歯痒い。
明は、私をかなり長い間閉じ込めた事に対して謝らなかった。
明は、自分が悪いと思ったことがあっても素直に謝ったりしない。
その代わり、態度で解決しようとする。
今のように、風邪を引きそうになっている私を、暖める為にマントを渡すとか。
わかるようになってくるとこういう態度って、口でごめんと言うよりもとても優しいことなんだと思うんだけど、明にそれを指摘するととても嫌な顔をするから、私はその厚意を無言で受け取っておく。
そんなささやかな気配りが出来るのに、部屋が散らかっていたり、不器用な明はやっぱりいつまでも明だな、と思って、私は嬉しくなるんだけど、それをまた態度にすると明は気難しいから、涼しい顔でこの優しさをやり過ごすのにいつも苦労していること、明は気付いているのかな。
明を盗み見たら、明はキッチンへ立ち、お湯を沸かしている。
お茶を煎れてくれるらしい。す、素早い。
最初は黙って見ていたんだけど、とてもじゃないけどあまりにも大雑把で、つい手を出してしまった。
沸かしているやかんに直接茶葉を入れようとしたのを直前で止めた。
「そっちじゃなくって、ティーポットに。沸いたらお湯もこっちに入れて。で、直火にかけないで少し蒸らすの」
「・・・・・・」
「でね、やかんに残ったお湯があったら、カップをそれでゆすいで暖めておくといいかも」
「・・・・・・」
私がちょこちょこ指示を出すと、明は素直に従った。
そこで私は我に返る。
こ、これではいつも通りじゃないの。
折角気を使ってくれているのに・・・あああ、もうっ。
「・・・ご、ごめん」
「何で」
「え? 何か余計な事・・・したかなって」
「不得手なので助かるんだが。あとは・・・何だった?」
「・・・あ、えっと・・・蜂蜜とミルクがあるといいかな」
「・・・ミルクは・・・やめておけ。多分2週間ものだ」
「うげ」
「蜂蜜も暫く使ってないから・・・結晶化しているかも知れん」
「・・・ンじゃあ良いや。ブランデーとかあるといいんだけど・・・」
「ある」
「えぇ? 何で。飲むの?」
「・・・・・・・・・・・・偶に」
「・・・・・・・・・・・・そっか。少し分けてくれる? 温まるし」
「わかった」
「スノウはお茶とか飲む?」
「私にまで戴けるのですか? では、遠慮なく」
「良かった。じゃあスノウの分もカップとソーサー要るね」
4人分のカップとソーサーと、ティーポットとブランデーボトルを盆に載せたら、明がそれを居間のテーブルの上に運んでくれた。
何となくいつも通りの場所に座ったら、スノウの真横でソファがいつもより窮屈な気がした。
結局、気になって口を出しちゃいそうだったから、私がお茶を注いで皆の前に置いて、もう一度ソファに深く腰を落とした。
少しだけブランデーを入れて、ふうふうして口に含む。すんごく猫舌なのよね、私。
お茶の香りと、ブランデーのいい香りがするけど、まだ熱くて口には運べなくてもどかしい。
明は涼しい顔でお茶を飲んでいる。馬舌なので羨ましい。
全然どうでもいい話だけど、馬って100度でも熱がらずに食べられるみたいなのよね。なので、『馬舌』と勝手に言っているんだけど、一般的にはあまり知られていないのかも。・・・あ、これは、蛇足。
ふぅ、やっと、何となく落ち着いたな・・・
気を抜いて、ソファの背凭れに体を預けたら、やわらかいものがお尻に当たった。
あれ? ファーか何か敷いてたっけ? この季節に? 季節は初夏なのに。
気になって見てみたら、スノウのお尻から銀色の尻尾が生えていて、私はそれを踏んづけていた。
それなのに、スノウってば全く無反応で。
「わわっ! ご、ごめんスノウ、尻尾踏んでた!!」
「いえ。主は軽いですから、平気です」
「平気とか、そういう問題じゃないのっ」
「失礼があったのでしたら次回からは改めますね」
「・・・いや、うん・・・ そうじゃなくってさ・・・」
「何でしょう?」
「いい加減にしろ」
「・・・これは失礼いたしました」
スノウは、明に一言言われた時、何となく口に笑みを宿したような気がした。しかも、少し意地の悪い感じの。・・・気のせい?
上目遣いにお茶を啜りながらスノウを見上げたら、スノウは全く悪意を宿さない笑顔を向けてくる。
・・・この人、かなり沢山の顔を持っているな。気をつけなくては。
「それで・・・ えっと、何から聞こうとしてたんだっけ? お客様は、用事は済んだの?」
「・・・済んだような・・・ 済んでいないような。・・・まぁ、そのあたりの説明はそいつがしてくれる」
明は相変わらずの、世界の終わりを目にしたような仏頂面で、顎でしゃくってスノウを示した。
スノウは小さく頷いた。
私がお風呂に入っていた間に、明とスノウは少し打ち解けたみたい。
人嫌いの明なのに、そのあたりはやっぱりスノウが大人だからなのかな。
明は心を開くまでに時間がかかるんじゃないかと思うんだけど、意外と明が素直なのかもしれないとも思って、少しだけ微笑ましかった。
「そうですね」
スノウは答えて、テーブルの上に置いたお盆を少し端に除けた。
「私が、『門』で何を見たのか、それを知っていただくのがまず先かと思います。水を張れる大きな盥と、先ほど主の浸かったお風呂の水をいただけますか?」
「? 何に使うの、残り湯」
「先ほどの雨には沢山の精霊が宿っていて、主の天使の気質に救いを求めて多数張り付いていましたので、彼らの力を借りて、彼らと私の見たものをここへ再現します。映像として見せるだけですが・・・」
「え。張り付いてた精霊、私、洗い流しちゃったの? 気付かずに?」
「本来、あるべき姿を見失うほどに世界の綻びの力に精霊が怯えた結果でしょう。今は主の気に中てられて落ち着きを取り戻したでしょうから、我を失って貴方に張り付くようなことはないとは思いますが・・・気になりますか?」
「・・・うーん。気にはなるけど、その原理の説明聞いてたら明日になりそうだから、今度でいいよ。明、盥は?」
「・・・使う機会がないからな・・・ ティリル」
「はい」
「あ、すみません『魔石』の変化した盥では不可です。精霊が魔の気に怯えますから」
「それじゃあ、私が何かフォローできることがあれば協力するけど」
「・・・では。『魔石』に触れ、理力を注いでいただければその盥でも」
「・・・・・・」
「どうなさいました?『魔石』」
「・・・・・・いいえ」
スノウに笑顔を向けられたティリルは、何か言いたそうだったけれど、明の顔色を探ってから、ぐっと全部飲み込んだように見えた。
・・・ティリル、しんどいんじゃないかしら・・・
かなり長いこと、私と密室で二人きりだったの、本当は結構きつかったのかな・・・
私のせいで、明もティリルも困らせるのは嫌だ。
素直に普通の盥を用意したほうが良さそうな気がしてきた。
「ねえ、ちょっとこれ、借りて良い?」
一応持ち主の明に、今お茶を持ってきたお盆を指差して聞いてみた。
「・・・・・・元通りにしてくれるならな」
明は察したのか、少しの間の後許可をくれる。
このお盆なら銀製だから、滅多なことでは失敗しない自信があった。
よし。
伊達にチムさんのところでバイトしてたわけじゃない。
錬成術はしっかりと習ってきた。
集中集中・・・
水を張るくらいの盥なら、少し大きめにしなくちゃいけないけど、質量を増やしたりは出来ないから、薄く引き伸ばして・・・器に。
「出来たっ」
装飾は足さなかったので普通の盥。何の飾りもないけど、よし、上から見たら真円だわ。巧く出来た。
「・・・また下らないこだわりを・・・」
明が小さい声で毒吐いた。とりあえずスルー。
「有難う御座います。立派な盥です。お借りしますね」
スノウは、この盥なら良いらしく、素直に借りるという。
一体、何が始まるのかと、少し私はどきどきした。
期待と、不安と。
スノウが何事かを呟くと(多分精霊語だ)、お風呂場から大量の水が召喚されて私の目の前の空中をゆらゆらと蠢きながら盥に注がれていく。
ほぼ満タンになると、スノウは少し声を張り、それが合図となってか水は波紋もおこさず鎮まった。
「では、始めます」
スノウは事務的な、さっきとは違う抑揚を抑えた声で再び精霊語を紡ぐ。
盥の水は波紋を起こさないのに、水面は少し揺らめいて、少しずつ映像が浮かび上がった。
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空は青く晴れ渡っている。
さっきとは違う・・・ 穏やかな、快晴の朝の光景。
太陽の光を浴びて更に、威光を放つかのように、いつもそこにあるだけの筈の『門』は、見た目以上の威圧感を周りに放っているのも、いつも通りの光景の筈。
少し天から見下ろすような視点からの映像では、特にいつもと変わりない様子に見えた。
そこへ、突如爆発が起こる。
あの、詰め所を襲う巨大な岩。
やっぱり、あの、赤髪の巨人の仕業だった。
わ・・・ 凄い、スノウのこの再現術。
オーラまで良く見える。術の波長とかまで感じられるほど精度の高い再現度。
音は聞こえないんだけど、それでも感知は得意な私には充分の情報量を得られる高等映像術。
赤髪の巨人はあの大岩を持ち上げて、軽くぶち込む。
・・・まるで手馴れた作業のよう。
爆発が起きる直前、詰め所に結界が張られて大岩の直撃を凌ぐ様子が見えた。
中から多数飛び出してくる衛兵。
そこへ、また別方向から二つの人影が向かっていく。
一人は、茶髪の仮面の男の人。
そしてもう一人は・・・
「え・・・っ・・・?」
私は、もう一人の姿を見てから、水盤から顔を上げる。
明は、水盤から目を離さずに、ただじっとその様子を見ている。
嘘・・・でしょう・・・?
これ・・・
この、薄蒼で銀の髪、このシルエット・・・ 明、じゃ、ないの・・・っ。
・・・っ、違う。
明じゃない。
それはすぐにわかった。
それは、醸し出す雰囲気だとか。
表情・・・だとか。
明は魔族の特徴の、鋭い犬歯とか尖った耳とかなんだけど、それはない。
オッドアイも同じ特徴なんだけど、明と逆の配色。左が蒼で右が金琥珀。
額の黒い三日月の徴は、明とは逆に傾いている白い三日月の徴。
これは・・・『勇者』の証。シアド様と同じ徴。
全てに於いて、明とは全く違っていた。
特に私が目を瞠ったのは、オーラ。
普段見慣れている明のオーラは、蒼とか緑とか、寒色を多く含む闇の濃いオーラなのに対して、彼のオーラは赤とか金とか、光を放つ眩いオーラだった。
オーラが見えれば別人なのはすぐにわかる。
逆に、オーラが見えなければ誰が見てもこれは明を知っている人なら明だと思っちゃうくらい、激似。
王宮関係者の間では明はかなり有名人なので、これは・・・ちょっとまずいんじゃないのかな。
そう言えばスノウもオーラが見えないのか、明と彼を混同していた。
でも、『匂い』とか言ってなかったっけ? それは同じとか言ってたような・・・
顔のつくりは、本当に明と全く同じに見える。
でも、何だろう・・・ 私には、一目見て、彼が明ではないことはすぐにわかるのだ。
その顔に張り付いているのは・・・ 余裕だとか、笑顔だとか。
私がいつも、明には見出す事の出来ないものが、彼にはあったからだった。
明は無表情であるかわりに、いつもギリギリのような、緊迫感のようなものを感じさせる。
その逆で、表情も穏やか・・・と、言うよりは、・・・何て言っていいんだろう・・・
舐めてかかっている。
斜に構えている。
・・・そういう風に見えた。
赤髪の巨人も茶髪の栗毛も仮面をつけているのに、何故か彼だけ顔を隠すことはしていない・・・
茶髪の栗毛が、出てくる衛兵を一人で、体術のみで薙ぎ払っている。
そんなに強い打ち込みじゃないのに、鳩尾に一発入れられただけで、衛兵はすぐに動かなくなった。
衛兵の意識の乱れを茶髪栗毛が誘って、今は姿を見せてはいない、あの黒髪のオールバックが衛兵の意識を押さえ込んでいるんだ・・・
あれ? 気がついたら、赤髪の巨人の姿は見えない。
彼は、多分不意打ちの目晦ましのみを担っていたのかな。
・・・たった、4人だけで・・・ 門を、壊す気なの・・・?
でも、明モドキは何にもせずに、ただ悠然と、茶髪栗毛の作る途を歩いているだけ。
客観視だけど、茶髪栗毛は明モドキを護っているよう。
偶に、茶髪の撃ち漏らしを軽い仕種で薙ぎ払ってはいる。
その体術の鋭さは、息を呑むような鮮やかさだけど、本気で相手をしているようではないように見えた。
彼は、何の為にいるのだろう・・・?
目を瞠って様子を見ていると、一言スノウが、
「ここからです」
と、告げた。
明モドキの顔に貼り付けていた余裕の表情は一瞬で消え、無表情のかわりに緊張感が走る。
こうなると、明と見分けがつかないくらいそっくりになった。
彼から完全に油断は消えた。
一瞬で隙がなくなったように見えた。
その瞬間、物凄い勢いと速さの光の弾が、明モドキと茶髪栗毛に四方八方から襲い掛かった。
「・・・っ!!」
全方向からの『光弾』一斉照射。
こんなのまともに浴びたら、肉の一片も残らないんじゃ・・・!!
「・・・無駄な力を・・・」
明が呟いた。
「え?」
「息を合わせて幾らこんな大技を繰り出しても・・・ ただ、煙を起こして視界を悪くするだけの無駄な労力に過ぎない」
明が言い終わった時、水盤は眩いほど輝いた。
光弾が、全弾何かにぶつかった時の衝撃の証。
そんな・・・
だってあんなの・・・
「光弾に気付くのが早かった。転移で避ければ済む。あんなわかりやすい攻撃を喰らうとは思えん」
「ううん!! 今、転移の気配はしなかったよ!!」
「・・・でも無事だったんだろう。大体、まだ役者が揃ってない」
そう言った明はスノウの顔を見た。
あ・・・ そうだ、まだ、スノウが怪我をするところまできていない・・・
スノウがまだ出てきていないのに、スノウに怪我を負わせるという、この明モドキがこの舞台から退場する事は、ないんだっけ・・・
そんな簡単なことなのに、それさえ頭から消えてしまうくらいの、威力のとても強い攻撃だった。
あんな軍隊の容赦のない攻撃を、例え虚像だとしても目の当たりにして、私の動悸はどうしても激しくなる。
誰も、怪我をしてなければいい・・・
水盤から光は薄れ、地を抉って土煙を上げて霞んでいた映像が、徐々に鮮明になる。
そこには、まだ。
一つの人影があった。
「っ・・・!!」
明モドキは無傷だった。
明モドキの後ろには、茶髪栗毛もいた。庇われていたみたいだけど、二人とも無傷・・・
ど、どうなってるの・・・?
種明かしが出来ないような、高等技術を持っているのかな・・・
「こいつ・・・」
明も少し驚いているみたい。きっと、明も今のがどういう技なのかがわからないんだ。
明は職業柄、戦闘面ではかなり凄いらしいのに(私の前ではそういう所を出さないから、どっちかというと『インテリ系』なんだけど)、その明が見切れないってのは、やっぱり結構凄い事なんじゃないのかな。
水盤に映し出されている衛兵さんたちも怯んでいたのか、土煙が晴れた少しの間、呆けたように何の行動も起こさなかった。
けれど、一人が我に返るともう一度、全員が二人に向かって走っていく。
・・・今度は・・・ 玉砕覚悟。
決して侮ってはいない、命を賭した攻撃が・・・ くる。
それでも、茶髪栗毛と明モドキは、絶妙な力加減で彼らを落とす事だけに集中。
確かに一瞬痛みの波長が衛兵さんから感じるけど、気を失ったらその後には強力な思念波で意識を抑え込まれてしまって、衛兵さんたちから痛みの波長を感じることは殆どなかった。
徹底して、自分からは攻撃はしないのに、一撃鳩尾とか首筋にとん、と手刀を入れるだけで、みんな、すとん、と落ちてしまう。
ここまでくると・・・不謹慎だけど、『芸術的』とか思っちゃう。
殺すことが目的じゃない事は明らかだった。ただ、門へ向かうことだけが彼らの本意。
衛兵さんたちの動きが変わった。
皆が、一瞬引く。
そこへ一人、少し衛兵さんとは毛色の違うのが前に出てきた。
衛兵さんたちは隊服があって、皆統一感があるのだけど、彼だけ違う服。
衛兵さんたちは彼に対して敵意を持たない代わりに、遠巻きで少し・・・畏れているように見える。
多分、私がその場にいても同じ反応をする。
出てきた人のオーラは、かなり珍しい筈の、闇のオーラ。
禍々しくて、肌に突き刺さるような違和感がある。
魔属性が強い、かなり上級の能力を使える人に違いない。
明モドキも彼に気付いたら彼に意識を集中したように見えた。
「トレだ」
「え、知ってるの?」
「女王の親衛隊」
「ふうん・・・ って、え!!??」
顔が同じだけど誤解されないのかと思ったんだけど、どう見ても違いすぎる明とこの明モドキのオーラの色。
明は蒼とか緑とか・・・寒色と闇を多く含むオーラなのに対して(そう言えば、明も珍しい純血魔族の闇属性だったっけ・・・ 免疫出来ちゃってるから全然禍々しさを意識したことないけど)、この明モドキのオーラは赤や金とか光を放つオーラだから、別人なのはすぐにわかるんだけど・・・でも。
顔が同じだと、色々厄介な事もあるんじゃないのかな・・・
「まあ、厄介ごとが起きればこいつの失態が俺に露になるわけだから、多分何も言ってこない」
・・・。
そ、そういうもんなのか・・・
明の、職場での人間関係のことは良くわからないけど、仲良しじゃないのは良くわかった。
・・・それはそれで問題があるような気がするけど、今はそういうことを問い詰めている場合じゃないから、とりあえず問題が起きた時に考えよう・・・
・・・それも問題あるんだけどね・・・
明が示したトレという人は、やっぱり明そっくりの彼に対して変に警戒しているような気がする。
少し青みがかかったグレーの髪を肩甲骨くらいまで伸ばしていて、それをゆったりと後ろで縛っている。
直毛だからなのかすらっとした髪質で、ゆったり縛っている革紐から少し解けているんだけど、あまりだらしない印象を与えない。
目は細め。鋭い眼光、って、こういう感じなのかな。
唇が、動いた。
「唇の動き、読めるか?」
水盤の映す映像は、音までは示してはくれない。
明は私に聞いてきたから、一応読めた分だけアテレコしてみる。
トレ:ずいぶんだいたんなまねをするんだな、あんた
はんぎゃくざいなんて、わりにあわないんじゃないのか
明モドキ:おおげさなひょうげん するなよ
ほんのちょっと かすってやっただけだろーが
トレさんは、銀灰色の瞳を細めて明モドキを値踏みするように見ていたけれど、その視線すら意に介さないような態度で軽くあしらう。
少し顎を上げて薄く笑い、あからさまに見下してかかっているよう。
と、言うか、私は明から笑顔を捻り出した事がないから、挑発の為の表情だとしても、これは結構衝撃的だった。
トレさんは慎重だ。すぐには彼を襲わない。
明モドキも慎重で、自分からは向かっていこうとしない。
その二人の間では時が止まっているみたいなのに、一方では茶髪の人が衛兵をばったばったと薙ぎ払っている。
それに気付いたトレさんは、先ず茶髪を片付けようと思ったのか身動ぎした。
それを止めるように明モドキはトレさんの動きを先回りするように、茶髪の人を庇うように行く手を阻む。
明モドキ:あんたのあいてはおれがする
あんた ばんごうつきだろ なんばんだよ
「えっ、何のこと?」
自分でアテレコしておいて、何を口走ってるんだかわからなくなってきて、明の顔を見てみた。
明は、私の顔をちらりと見てから再び水盤に視線を戻す。
・・・何よ、知ってて言わない気ね、機密なのかな・・・
トレ:なんでそんなことをしっている
トレさんは警戒心を強めたのか、眉間の皺が深くなった。
その様子に再び嘲笑のようなものを浮かべ、明モドキは少し顎を上げ、少し勿体つけるように「じゃーん」と言って、自分の襟をぐいっと下げて鎖骨の辺りまで顕にした。
そこには、小さく二つ、紅い点がついていた。
紅い点から禍々しい気が溢れ出てる・・・
なに、これ・・・
ここからだけ、やけに濃い闇のオーラが細かく噴き出してる。
明モドキ:おれ あんたのなかまいりしたんで いちおうきいておこうとおもって
「!!・・・っ」
明が息を呑んだ。
その気配に怯えたように、水盤が大きく波紋を立てる。
「どうかした?」
「・・・、い、いや・・・」
明は私の問いには答えず、小さく首を横に振る。
オーラが乱れてる。いつも寒色の多い明のオーラが、少し赤とか橙とか、激しい色が噴き出しつつある。
動揺・・・怒りと、戸惑い。
そういうのが一緒くたになって、明の中で暴れようとしているのを、明は一つの深呼吸で全部治めた。
修行の賜物だろうけど、こういう冷めた明を見ていると、凄いと思う反面、自分の感情を顕に出来ないからこそ、とても辛そうに思う。
・・・私が、あまり感情を抑えられるほうではないから、余計にそう思う。
何だか、いつも哀しそうで、辛そうに見えるのだ。
明の無表情は、いつも、負の感情を表に出さない為の仮面でしかないんじゃないかって。
「大丈夫だ。続きを」
明は、私もスノウもティリルも自分を案じて自分に視線を集めている事に気がついたのか、伏目がちに水盤に視線を落とす。
俺など気にかけるな。
そんな、頑なな拒絶を感じて寂しくなって、余計に気になるのに、そういう一言を貰うとどうしても踏み込めない。
明が先を促したから、私はそれ以上結局何も言えなくなって、水盤に視線を戻した。
スノウが再び精霊語を紡いで、水盤に再び映像が浮かび上がる。
明モドキが首筋にある紅い二つの点を見せた後に、にこ、と、全く悪意のない笑顔を浮かべた映像が映る。
今、この映像を見ている明の顔面蒼白の表情とはあまりにも違いすぎて、違和感で何だか変な感じ・・・ 何でこうも能天気で余裕なのかしら、コイツ。
トレさんは、その明モドキの言葉に一層訝しげな表情を深めた。
トレ:おれは とれ だ だいさんかく なんばーえいと
明モドキ:なんだ したからかぞえたほうが はやいじゃん
たいしたことはなさそうだな
りみったーはずしとけよ
挑発じみた台詞。
いつでもこの明モドキは、相手をなめてかかっているけど、それはもう実力に裏打ちされた自信から来るものなんだって、今ならわかる。
けれど、その言葉を聞いて、先ほどまで姿を消していた赤髪の巨漢が明モドキの背後に転移で現れた。
仮面は目元と鼻を隠すだけのものだから、口許は見える。
何て言っているのかは、わかった。
赤髪の巨漢:ばか てきとうにいなすだけって いっただろ
明モドキ:けっきょくは たたかなきゃいけないあいてなら
ここでじつりょく はかっておこうぜ
赤髪の巨漢:そんなひま ねえんだよ
明モドキ:てみじかに すませるさ
明モドキはそう言って右拳で左拳を強く握る。
右利き・・・ 明と逆だ。
トレ:なかま じゃ なかったのか
明モドキ:あれ しんじた? うそにきまってんじゃん
あんたらみたいなおぞましいもののなかまになんぞ だれが
トレ:いってくれるな あまりなめるな
明モドキ:さっき にと ごと きゅうのあいてもしてきたけど
りみったーつきじゃはなしにならなかったぜ
あんたこそ あまり みくびらないほうがいいぜ って
しんせつしんでちゅうこくしてんだがな
トレ:なんだと・・・
明モドキ:ぼすにも れんらく とれないんだろ?
にっ、と、明モドキは笑った。
それに対して、カッとなったトレさんは、素早い動きで自分の懐へ手をやり、凄い速さで何かを明モドキに投げつけた。
明モドキはそれを何でもないことのように軽く受け止めた。
トレさんの投げたのはナイフだった。
それなのに、明モドキはその柄を握って受け止めた。トレさんが狙ったのは心臓。その寸前で柄を掴んで止めた。
す、凄い動体視力と体捌きなんですけど!!
明モドキ:はずれ
ってか おれにぶき あたえるとあんたがあぶないぜ
言うが早いか、今度はナイフを持った明モドキが一瞬でその場から消える。
転移じゃない!! 何今の、ただ走っただけなの、早い!!
息を呑む間に明モドキはトレさんとの間合いを詰めていて、トレさんが我に返った時には明モドキは何の躊躇いもなくナイフを両手で持った手を振り下ろしていた。
「やっ・・・!!」
あまりのことに、悲鳴を上げて目を背ける。
胸がどきどきする。
目を固く閉じて胸を押さえた私の背中に、柔らかいものが当たる。
そっと目を開けると、スノウが私の背中に腕を回していて、宥めるように言ってくれた。
「貴方が見ていて辛いのでしたら、これ以上は今はやめますか?」
気遣ってくれるその気持ちに少し落ち着く・・・ スノウのハスキーな声が、耳に心地好いからかもしれない。
息を吐いて明を見たら、明は無表情で私を見ているだけだけど・・・ 何となく、先が気になっているのは見て取れた。
・・・見なくちゃいけない、よね・・・
良くわかんないけど、多分、明とは無関係じゃないんだろうから、見ておかなくちゃいけないよね・・・
元々、スノウが大怪我をした原因を見せる為にやっているのに、私がこんなじゃダメだよね・・・
「ううん。ごめん、吃驚しただけ・・・ 続けて」
「・・・本当ですか? 元々天使である貴方にこのようなものを見せるのも、本当は憚られるべきなのですが・・・」
「ダメだ。続けろ」
明の声が、いつもよりも低くて、吃驚した。
いつも高圧的なんだけど、そういうのとも少し違う。
「主に無理はさせたくないのですが」
スノウは私を護るように背に回した腕に少しだけ力を込めた。
痛くはない。あくまでも優しい庇護。
「無理じゃない。雨はそんなにヤワじゃない。それに、雨には知る義務がある」
「義務?」
「無関係ではない、ということだ。これはお前が負わねばならない重責の一部。主たる天使に架せられた十字架だ」
「・・・どういうこと?」
「後で説明する」
明は、スノウが再生をやめた水盤に視線を落とす。
有無を言わさず先を促しているみたい。
何なの、主の天使に架せられた十字架、って・・・
結局その明の言葉が気になって、スノウに先を促した。
スノウは小声で、「もっと、暴力的なものもありますよ?」と気にかけてくれたけど、もう目を逸らすわけには行かない気がして、強く「平気」と、笑って見せた。
スノウがもう一度言葉を紡ぐと、明モドキがナイフを振り下ろす所から再生された。
!! 何でここからなの!! ここはカットしてその後を見せてくれたらいいのに!!
振り下ろされたナイフは、トレさんの首にあたり、トレさんはその衝撃と共にくず折れ、動かなくなった。
その横たわったトレさんの近くに明モドキはナイフを放る。
ナイフは、全く汚れていなかった。
トレさんは、首を柄で強く殴られて気を失っているだけ・・・だ。
その状態から、誰かがトレさんの意識を抑え込む術式が組み込まれるのがすぐにわかった。
容赦のない攻撃に見えたのに、あのとき刃を反して結局衛兵さんと同じように気を失わせるだけで済ませるなんて・・・
トレさんのオーラはかなり大きくて、私が闘技場で見たAクラスの人くらいはあった。
それを、こんなに簡単にいなしてしまうなんて・・・ 凄い。
明モドキ:だぁから りみったーはずせって いったのに
赤髪の巨漢:おみごと
明モドキ:で どうするこいつ たーげっとだとおもうんだけど
とどめとかひつよう?
赤髪の巨漢:いまはとどめのしゅだんがないからほうちでかまわん
まず あれがほんめいだ
物騒な会話の後、赤髪の巨漢は門を示した。
それを示された明モドキは大きく溜息を吐く。
忌々しそうにぼりぼりと頭を掻いて、「荷が重い」と、唇が動いていた。
その頃には茶髪の人が着々と衛兵さんを気絶させていて、殆ど周りは静かになっている。
短時間で4人だけで、本当に何人もいる衛兵の守りを突破してしまうことが現実にあるんだ・・・
それだけの実力者が4人も揃う事なんて、あまりあることじゃない。
それこそ女王直属部隊とか・・・ そんなのじゃないと。
何か、組織・・・ なのかな。
稚拙な予想しか出来ないのが歯痒い。
ああっ、もう、だれか、早く結末教えてっ。
赤髪の巨漢は笑いながら、あまり気の乗らなそうな明モドキの背中をばしんと一発叩く。
赤髪の巨漢:おまえにしかできん いってこい!
叩かれた明モドキは、少し恨めしそうに赤髪の巨漢を見てから、走って門まで辿り着いた。
誰も邪魔は、しなかった。
瞳を閉じて深呼吸した後、右手の袖の中に左手を突っ込んで、手首から肘くらいまである黒いリストバンドを引っ張り出した。
それを外した途端、オーラがまた一層強くなる。
今の黒いリストバンドはリミッターなんだ。・・・って、リミッター装備したままであの強さなの?? 凄くない、それ??
明モドキはリミッターを外した後、ぐるんぐるんと右手を回した後、何か叫んだ。
映像が彼の背中から見せるようにだったから、唇が見えなくて何を叫んだのかはわからなかったけど、叫んだ後に彼は、鋼鉄の扉に一発、パンチを叩き込んだ。
「うそ・・・っ!!」
その一発のパンチで、鋼鉄の扉に大きなクレーターが出来てた。
え、何で!! これ、結界が敷かれてるから、魔法攻撃も一切効かないし、物理攻撃も無効化される術式が組まれてるって、聞いてたんだけど!!
ってゆーか・・・ あれっ、結界が、少し歪んでる??
その直後。
明モドキは何かの気配を感じてその場から跳躍した。
高く身を躍らせて、身を翻して着地して振り返る。
そこには、漸く、銀の狼が、門を背にして身を低くしていた。
「登場が遅い、と仰りたいのでしょう?」
スノウは苦笑した。
「私の出現フラグも面倒でしてね。結界干渉に於ける門の危機が本当に訪れないと、私はここから動く事は出来なかったんですよ」
スノウの首には大きな首輪と鎖がついていて、門に繋がっている。
スノウが門から離れられない呪縛の鎖。
門を護る為に漸く解き放たれているのに、でも、スノウを縛る鎖は緩む事はない。
スノウは精霊だから、決められたことを逸脱できない。
だからこそ、誰もスノウのことを知らなかったのかも知れない。
そんなスノウがどれほどの間孤独だったのかを思うと、やっぱり心が痛む。
明モドキ:なんだこのきょうあくなけものは! きいてねぇぞ!
赤髪の巨漢:いや おれもしらんかった! かなりじょういのせいれいだ!
明モドキ:はあ? どうやって あいて するんだよ こんなの!
そこへ茶髪の人も駆けつけてきた。
茶髪の人:ぼくたちでとにかくひきつけるから もんだけにしゅうちゅうして!
茶髪の人もそう言っているのに、スノウの様子は違っていた。
さっき、扉を歪ませた筈の明モドキから視線を外し、あらぬ方を見て身を再び低くする。
・・・ん・・・?
何にも、ないよ、ね・・・?
私の目には何も見えない。
感応能力を使っても、スノウが見ている方には何もないのに、スノウは迷うことなくそちらに向かって突進して行った。
門から伸びる鎖は、あまりスノウの行動を制限していないらしくどんどん門から離れているのに一緒に伸びちゃってる。
結構伸びるんだね、この鎖・・・
明モドキは、はっと息を呑んで「まさか!」と叫ぶ。
その後、スノウが向かう場所に向かって走り出した。
何もない筈の場所なのに、突然、ある一角に結界が生じて、それにいち早く気付いたスノウはぴたりと止まる。
でも、その場所から警戒を解くことはなく、牙を剥き、低く唸っているようだった。
明モドキはスノウを追い越して、結界の壁に真正面から衝突して、振り返ってスノウと向き合う。
明モドキは・・・ 結界が、見えてないんだ。
明モドキ:おまえは みえるんだな
「『匂う』が正解なんですが・・・ わかりますか? ここに、結界能力者と、隠形能力者がいます」
スノウは、結界の生じた中心を指差した。
私には見えないけど・・・ 結界は見えるのに、姿形は欠片も見えない。
感応させないだけの凄い隠形能力者だけど、スノウはまた別の感覚で存在を掴んでるんだ。
明モドキや茶髪の人や赤髪の巨漢は、明らかに慌てているみたいだった。
「この・・・明にそっくりの彼も厄介ですが・・・ 私にとっての邪魔者は、結界に歪(ひずみ)を与える結界能力者だったのです。この者さえいなければ、結界はあれほどまでに歪まされることはなかったので」
つまり、結界能力者を叩けば彼らの目的は頓挫する。
それを悟ったスノウは目標をただ一点に絞ったんだ。
スノウは、咆哮した。
すると、門の前の土が大きく盛り上がって、門が見えなくなった。
え、これじゃあの土の山を退けないと門破れないじゃん!!
目覚めてすぐの状況判断なのに、的確。スノウって、凄いんだ・・・
そのスノウが、明モドキに再び背を向けて別方向へ走る。
え、何で? 結界、まだこの場所にあるよ?
「結界をここに維持したまま、隠形能力者と結界能力者が共に姿を隠したまま転移で背後に移動したのが匂いでわかりましたから」
スノウは説明する時少し事務的になるみたい。
スノウは一点を目指し、そこにはやっぱり何もないように見える。
だけどきっと、確実にそこにいる。スノウの迷いのない行動は、それを納得させた。
明モドキには、多分、味方の筈の結界能力者と隠形能力者の姿は見えてない筈。
それなのに、彼も全くスノウの行動を疑わずに即座に反応した。
スノウは、ある一角に向かって牙を剥いた。
自らを護る為に、結界能力者は再び結界を敷こうとし、その前に強力な光弾をスノウに叩き込もうとしたけれど、スノウが身を翻してそれを避けると後ろにいた明モドキに盛大に光弾が当たる。
同士討ち・・・にはならず、ほんの少し着ていた上着が燃えたようになっただけで、やっぱり明モドキは何のダメージもない。
凄い三つ巴・・・ 何なの、この戦い。闘技場でもこんなハイレベルなの見たことない。
勉強になるとかそんな次元を軽く超えちゃってる。
って言うより、スノウって、凄い。
そのスノウは今度こそ邪魔される事なくそこにある結界に突っ込む。
体当たりをすると、さっき明モドキが衝突した時全く乱れなかった結界が大きく震えた。
もう一度。更にもう一度。
結界に、皹が入るのが見えた。
今度はスノウはそこだけを狙っている。結界能力者たちは、その結界の中にいる・・・!!
突然、スノウの体が沈んだ。
明モドキが、スノウの横から一発右拳を叩き込んだんだ。
あの、鋼鉄の扉にクレーターを作ったパンチ。
スノウはがくんと体を沈ませたけれど、明モドキのほうを向こうと身を翻した。
それを避けて、明モドキは容赦なく2発目のパンチと、半歩下がった後強力な蹴りをお見舞いした。
くず折れたスノウは、身を起こそうとした後、大量の血を吐いた。
明モドキ:やば・・・!
何故か、攻撃した筈の明モドキがとても失敗した、という表情をした。
スノウは一度血を吐いた後地面に伏せていたけれど、もう一度強く地を踏みしめて立ち上がった。
でも、それまでだった。
今度は、赤髪の巨漢が後ろからガツンと一発、それでスノウは気を失って倒れた。
同時に、盛り上がって門を塞いでいた土がぐずぐずに崩れる。
土の精霊の長が倒れたから、精霊魔法の維持が解けたんだ・・・
「・・・っ」
どうしても映像だとわかっていても、痛みを訴える波長を感じると息を呑んでしまう。
それを感じたのか、スノウが少しだけ苦笑いして言った。
「今は貴方のお陰でこうしてぴんぴんしていますから、貴方が痛みに苦しむ事はないのですよ」
わかっているのだけど・・・ でも、酷い。
スノウにあんな酷い事するなんて・・・
明モドキは、倒れたスノウの元に歩み寄ると、様子を見るように跪いた。
明モドキ:やべえとおもって てかげんわすれた・・・
だいじょうぶかな こいつ・・・
明モドキが呟いているのが見えた後、その場に初めて、黒髪の人と、紫暗色の長髪の人と、群青色の髪をした人が現れた。
黒髪の人が、明モドキの横に、同じように跪いてスノウの様子を見た。
明モドキ:なおせるか?
黒髪の人:なんとも いえませんね
せいれいを ちりょうするというのは せんもんがいなので・・・
ふつうなら あぶないきずです
明モドキ:・・・ごめんな・・・
黒髪の人:しかし このままのじょうたいをちゆすることはできませんが
くさりをはずせば ただのせいれいにもどることができます
こんなところに せいれいのおさがふういんされているなんて・・・
どうなっているんでしょうね このよは・・・
明モドキ:くさりをきれば たすかるのか
じゃあ そうしてやろうぜ
黒髪の人:いえ このきょうりょくなくさりはわたしには・・・
明モドキは何の躊躇いもなくスノウに繋がっている鎖を持つと、あっさりと引き千切ってしまった。
その様子を見て、驚くやら呆れるやら、周りにいる人たちは苦笑いをしている。
赤髪の巨漢:おまえ ほんと やることがごうかい
明モドキ:? なんか まずかったのか
黒髪の人:いいえ これにも もんとおなじ きょうりょくな しゅ が
かかっているので われわれには てだしできなかったのですが
さすがというか なんというか・・・
明モドキ:まあ たすかれば いいや
ほんと わるいことしちゃったからな・・・
それにこれで じゆうになれる
明モドキはすごく悲しそうに呟いた後、スノウの額を一度だけ撫で、その後すぐにその感情を断ち切るように立ち上がった。
「・・・これは今、初めて見ました」
スノウは気を失っていたから、この後の事は本当に水の精霊たちしか知らないんだ。
明モドキがスノウを気遣っている様子にスノウは少し驚いているみたいだった。
トレさんには容赦なく、とどめまで刺そうとすることを躊躇わなかったのに、仲間を護る為に過ってスノウに瀕死の重傷を負わせたことには胸を痛めている。
この行動原理、一貫性がないみたいに見えるけど・・・
鎖で繋がれて役目から逃れられないスノウに同情もしているみたいだったし、何より凄く優しさを感じる。
少しひねくれてる所もあるみたいだけど、根は優しい人なんじゃないのかな。
もう、彼らを邪魔する者は現れなかった。
もう、姿を隠すこともなく、紫暗色の長髪の人は空中に方陣を描いた。
さっき明モドキがクレーターを作った鋼鉄の扉のあたりの結界が、揺らめいて歪む。
そこへ、今度は助走をつけて明モドキが突っ込んで行った。
門全体が大きく震えて、さっきと同じように大きく鋼鉄の扉が歪む。
それでもまだ門は砕けていない。
・・・っ、痛い・・・ 拳・・・?
痛みの波長が伝わってくる。
今の一撃で拳が砕けたんだ。痛みが伝わってくる。
痛そう・・・ 大丈夫かな・・・
明モドキは、砕けた拳を一瞥して、「あ〜あ、やっぱりな〜」と言って溜息を吐く。
おお・・・? い、痛みの波長は伝わってくるのに、本人かなり痛みに強い・・・ 明と似てるな・・・ 自分の痛みに無頓着だ。
その明モドキが、少し驚いた顔をして、もう一度自分の右拳を見直した。
痛みの波長が和らいでいく。
「あ!!」
「どうした」
「えと、あの・・・っ!! ううん、なんでも・・・」
明には口が裂けても言えないのを思い出して、慌てて口を閉ざすけど、私の動揺はダダ漏れで。
明が私から視線を外さなかった。
明モドキの痛みを和らげたのは・・・ 私の。
私が今までチムさんと二人だけでナイショで作っていたアレ・・・『天使の衣』。
怪我の多い明の助けになれば良いと思って、極力波長が零れ出ないように念入りに錬成をしていたあの未完成品。
明は私が明のことを気にすることを嫌うから、こんな体の一部を錬成して作る服なんて、手編みのセーターよりも怨念が篭っていそうだとか思われそうだし、凄く嫌な顔をされるだろう事も見越してたし、それはそれで、私としては明への小さな抗議のつもりで作っていた、初めての純・私の天使の羽根製。
それが、傷を感知して発動したんだ。
完治させるのまでは無理だけど、新陳代謝を上げたり、一時的に痛みを和らげる力は働く程度に錬成は成功してた。
さっきの・・・ 妙な符号。
チムさんを言い負かして私の製作途中品を無理やり10万リルで買って行った茶髪の覚醒者・・・ って、やっぱり。
この、茶髪のくせ毛の人で合ってたんだ。
てゆうか何で!! 茶髪の人じゃなくて、この、明モドキが何で着用してんの!!
しかも、私が思っていた以上の効果をこの服が発揮していると思うんだけど!!
それはもう、明が着た時に発動するのと同じくらい凄いんだけど、何で!!
・・・く、口が裂けてもこれは言えない・・・
ぜ、絶対怒られる・・・
明は私から視線を離そうとしないのを感じたけど、とりあえず何とか誤魔化さないとと思って水盤に視線を落とす。
お、お風呂入ったのに、凄い汗出てきた・・・
明モドキは、凄く訝しそうな顔で紫暗色の長髪の人を振り返る。
明モドキ:すっげぇ ふかかいな げんしょうが あったんですけど
紫暗色の長髪:わかったから もたもたせずに はやくやれ
けっこう わたしも つかれるんだが
明モドキ:あーーっ もうっ あとでぜんぶ せつめいしろよっ
少し苛立った様子で言うとまた明モドキは助走をつける為に数歩下がった。
大きく深呼吸を一つ。
明モドキ:あーーっ もうっ めんどくせぇから このいっぱつでくだけろよっ
このいちげきに すべてをかける!!
瞬間、門に明モドキの一撃は極まり門全体が揺れ、まるで熱膨張したみたいにそれはあっけなく吹き飛んだ。
本当に、パンチ三発だけであれを破壊するなんて!!
でも、問題はその後。
明モドキ:どわぁっ
・・・私が駆けつけた時もそうだったけど、あの破れた門は殆どブラックホールみたいになっていて、凄い吸引力だった。
それをもろにくらった明モドキは、あっけなく自分の空けた門の大穴に軽く吸い込まれて見えなくなった。
慌てて群青の髪の少年が門に向かって駆けて行こうとして、その腕を紫暗色の長髪の人が掴んで止めた。
紫暗色の長髪:ちゃんと いちは つかんでいるから そうあわてるな
群青の髪の少年:そうだけど ほうっておいたら ついらくしだよ
そら とべないんだから!! はやく いかないと
紫暗色の長髪:というわけだから あわただしいが あとはてはずどおりたのむ
おちついたら れんらくする
・・・そして、紫暗色の長髪と群青の髪の少年はその場から消えた。
その後を引き継いで残った3人が、それぞれに対策を練る為にここら一帯に結界を張ったのが見え・・・ そこで、水盤の映像は消えて行った。
「・・・と、いうわけなんですよ。どう見たって、これ、似すぎでしょう?」
スノウは奥歯に物の挟まったような物言いで明を見ていた。
・・・うーん・・・ 情報がごっちゃごちゃだ・・・
スノウは、門を破壊したのは明だとはもう思っていないみたいだけど、それでも据わりのいい答えは見つからない。
明は、大きく肩で息を吐いた。
「これは・・・ 俺だ、多分・・・」
「えええええ!!!!」
「色々・・・ 俺も納得の行かない事の方が多いんでな、少し整理しよう」
さっき明は、スノウにはっきりと「俺じゃない」って言ってたのに!!
どういうことなの、それ・・・
「俺は、そもそも雨の『勇者』じゃなかったということさ」
「・・・契僕じゃ、ないってこと?」
「いや、俺は雨の契約からは逃れられないから雨の契僕ではあるんだろう。ただ、レア様とシアド様との関係と同じではないということだ」
「????? よく、わからないんだけど・・・」
明はわりと話が好きなほうではないからなるべく話を短く済ませようという話し方をする。
なのに、今日は違って、一つ一つ明自身が自分に言い聞かせるように、納得させるように言葉を選んでいるのがわかる。
『勇者』じゃ、ない。
それは元からシアド様にも言われていた事。
シアド様は私が明の主だと、『天使』であることを初めて会った時に見抜いてしまったくらいの人なのに、私が『天使』であることを隠していることを知ってその通りにすることを約束してくれたし、明のことを弟子として引き取った人ではあるけれど、明を『勇者』として認めるには色々違和感があると仰ってた。
そのこと、なのかな・・・
「これは、機密なんで絶対に口外するなよ」
「そりゃ、私の秘密にも関わる事だもん」
「それ以上の大変なことなんだ」
「わかってる。約束するよ」
「お前も」
「勿論です。主が仰るなら」
スノウも頷いた。
これから明が落とす爆弾は、何かもう・・・本当に凄い爆弾で。
私は今の今まで自分の事に手一杯だった事を後悔せずにはいられなかった。
何かもう・・・ 責任二倍ですよ!!!!
2008/11/15 up
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小声で編集後記のコーナー。
約4jヶ月ぶりの更新で御座います(遅)。
どえらく長くなってしまいました・・・ すみません、どこで切ろうか迷った挙句、まあいいや、行っとけ!!という勢いでこの長さ。
携帯から見ている人は居ないとは思うのですが、めっさ長いですね・・・どっかで切ろうかな(汗)。
一応読み返してみたんですけど無駄に勢いを殺ぎたくないのでこのままでいっときます。
苦情があったら考えたいと思います(爆)。