第二章

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「ふう・・・」
 明の家の浴室で寛ぎながら、一つ大きく溜息を吐いた。
 迂闊だったなぁ・・・
 また読み違えた・・・
 夢中になってて、自分の能力の下限値わかんなくて、また明の前でぶっ倒れてしまった・・・
 怒ってはいないだろうけど、呆れてるかな・・・
 ・・・まあ・・・ やっぱり呆れてる・・・よね・・・
 自己嫌悪。
 明が自分の心を砕くほどに心配することを、私は知っているのに・・・
 でも、明がいるからこその安心感で無理が出来る事、無意識にどうしてもやってしまう。
 明がいなかったら、あんな無茶はしない・・・と、思う。
 自分に言い訳しつつ、自信がなくなって頭の中で考える声まで小声になっていくのを感じて、私は何をやっているのだろうと脱力した。
 お風呂で落ち着くと、今日の出来事がいっぱい頭をぐるぐるとめまぐるしく廻る。
 まだ、指1本動かすのも億劫な私は、考える事も放棄したくてざぶんと頭までお湯に浸かる。
 もーっ。
 もおおぉおおおおーーーーーっ、何でっ、どうしてっ、迷惑何度もかけてもかけても、私ってば、学習出来ないのよぉおおおおーーーーー!!!!
 がぼがぼがぼ・・・
 思いっきり息を吐き出してみたけど、私のどうしようもない所がこれで吐き出されてなくなるわけじゃない。
 息苦しい。
 ・・・でも、こんな程度じゃないんだってば、明の私に縛られる『苦痛』。
 それを理解しない私に、明は凄く苛立つのだろう・・・
 明が、私という呪縛から放たれる『いい方法』は、ないのだ。
 『よくない方法』は、知ってる。
 でもそんな事を実現したら、私も明も無事ではいられないだろう。
 そもそもそんな事、考える以前の問題。問題外の逃げ場でしかない。
 私の主観だけど、そんな救いようのない結末に・・・ なるのは絶対に嫌だった。
 だから、明が苦しくないように私が一番気をつけなくちゃ、って、思うのに・・・
 こんなんじゃ駄目。
 しっかりしなきゃ・・・
 あの魔眼に射竦められて、怖気づいたりしちゃ・・・ダメだよ、私。
 自惚れなんかじゃなく、明を支える事が出来るのも、私なのだから・・・



「ああああああ、レイン様っ!!!!! 早くおあがりくださいませっ、このままお湯の中で気を失ってしまわれたら、私にはどうする事も出来ませんからっ!!! アカリ様、アカリ様ーーーーーっ!!! レイン様がお風呂で溺れますぅーーーーー!!!!」
「うわっぷ!! まままま、待ちなさい、呼ばないで!!! 溺れてないから!!」
 慌てて私は頭をお湯から引き上げた。
 水は優しくて、私をあるがままに受け入れてくれる気がして、いつもこうしてふやけるほどに長風呂するんだけど、そうだ、今日は状況が違っていたんだ。
 足も覚束ない私を案じてか、明が魔石に宿る精霊『ティリランディル』・・・通称ティリルに命じて、私の介護(って表現もどうかと思うのだけど)に付き添いで一緒に浴室にいたのだった。
 ティリルは見た目は10歳くらいの女の子なんだけど、実年齢を聞いたら創世の頃から生きている計算で、私も明も真剣には聞いてなかったんだけど、魔石の能力を思えばもしかしたらあながちそれも嘘じゃないのかも、とは、最近思い始めている。
 その凄い魔石が何で明に従っているのかというと、ここにも『契約』が成立したっぽかった。
 その内容は、明の様子からは絶対に教えてもらえなさそうだったんだけど・・・
 兎に角、ティリルは明に絶対服従の、小さくてとても可愛い女の子だ。
 両目が常に真っ赤の魔眼なのだけど、ティリルは自分を律する事が巧いのか、私が悪寒を感じたりする事もないし、明のように危うい気配は感じられないし、明の主が私であることを受け入れ、こうして私にもとても親しくしてくれる。
 私は、小さな可愛い妹が出来たみたいで、ティリルがとても好きだった。
「1分は我慢したのですが、どうにも、何の反応もなくて、てっきり溺れたかと・・・っ」
 真っ赤の両目からぽろぽろと涙が出てきた。
「大丈夫だよ、死ぬ前に多分、明が飛んでくるから」
 冗談なんだけど、多分、本当に来そうだ・・・ 言ってから、変に笑いが出てきた。
 いや、うん、私、それ・・・ 笑い事じゃないっつぅの。我に返って笑いを揉み消す。
「それはそうなのですがっ、私がお仕えしながら目の前でこのようなことになりましたら私っ、アカリ様に愛想をつかされます・・・っ」
 ティリルはとても明の為にいつも一生懸命で可愛い。
 契約抜きにして、ティリルはとても明のことが大好きなのがわかる。
 そんなふうな主従関係が、私はとても羨ましい。
「しないよ、大丈夫。泣かないの。頼りにしているから、いつも。私もだけど、勿論明も」
「アカリ様からそんな言葉、戴けた事ありませんもの・・・」
「あはは、明は言わないよそんなこと。天邪鬼なんだから」
「そうでしょうか・・・?」
「そうだよ。アレが素直だったら私もティリルも手を焼かないわよ。苛められたらすぐに言うのよ?」
「はいっ」
 ティリルはぐいっと涙を片手で拭ってぱっと顔を明るくする。
 こういうところ、本当に創世の頃からのままなのかしら。凄く可愛いのだ。
 あああーー撫でくりしてあげたい・・・
 無意識に、重い筈の腕をお湯から引き上げてから、あ、簡単にティリルに触っちゃ駄目だったと思って手を引っ込めた。
「今日は大丈夫ですっ」
 ティリルはにこっと笑った。
「ん、では」
 私は塗れたままの手でティリルの頭を撫でる。
 ティリルは照れ臭そうにそれを受け、「えへ」と少し笑う。
 神族天使の私と魔属魔精のティリルとの相性は最悪で、私の体に触れただけでティリルは電撃ショックを受けたようにひきつけを起こした事があった。
 存在が確かな肉体を持つ私と違って、魂を魔石に宿すティリルは、実体化していても存在が曖昧らしく、聖属性に触れると拒絶反応が起きるらしい。
 それは、とてもショックだったんだけど、パワーチャージが出来ていると平気なんだと明が言っていた。
 あの事があってから、明はティリルのパワーチャージを怠らなくなったようなんだけど、どうやってパワーチャージするのかは詳しく話してくれなかった。
 魔族には物凄い劇薬らしい羽根をティリルは今日触れる、というよりも斬っているけど平気っぽい。
 ・・・明くらいだろうなあ、あっさり私の『糸』を裁ち斬るの。
 練成の仕方によって、羽根から造る糸は色んな変化をつけることは出来る。でも、スノウを止める為に特に強度を上げた綱のようなのを練成したのに、袈裟斬りの一閃で断ち斬られちゃ、私の作る糸の意味って・・・皆無だ。
 『捕縛術』こそが得意の私に対してそれ、物凄く自信喪失になるんだけど・・・
 自信あったのに、あっさり裁ち斬りおって、うぬぬ。
 それは多分、ティリルの方じゃなくて、明の『私を守らなくては』という優先順位が勝ったから、私の体の一部であっても傷をつけることを選んだんだろうな・・・と思うと複雑な気持ちになる。まあ、羽根は髪や爪と似たようなモンなので。
 その所為で、ティリルは劇薬を身に浴びる苦痛を感じなかったのかな? 私が触るだけで怪我をするかもしれないし、もしかしたらパワーダウンするかも・・・
 そんな思いが過ぎって、私は手を放した。
 こういう時にやっぱり思い知る。
 属性が違うからというだけでの理不尽な触れ合えない隔たりのようなもの。
 世間的に・・・ 魔族は受け入れられていない現実。
 私はそういう風に考えたくはないのに、私がきっと・・・ それを差別しているであろう事。
 私は天使だから。
 神則に背いてはいけない生き物として生まれてしまったから。
 だから、という理由で、なんで幼馴染の明を否定できるだろう。
 明は魔族である前に明だ。
 そう、強く思うのに・・・
 多分、私の中には、明の得体の知れない狂気を恐れる部分がどうしてもある。
 しっかりしなくちゃ。
 そう、強く言い聞かせて、重い体をお湯から引き上げた。
「あら、レイン様、少しおっぱい大きくなったんじゃありませんか?」
 少し足がふらつくけど、お風呂でどったんばったんしてたら流石に明が踏み込んで来たりしかねないから足に力を入れて湯船から出る。
 そんな危うい私の様子を見かねたティリルが私の体を支えようと傍に寄ってくる。
 その様子にただならぬものを感じて、私はティリルを制止した。
「嘘だ!! その手には乗りません」
 何かにつけてティリルは私の体にべたべた触ろうとするのだ。
 これは初めて会った時からなのだけど、少し異常だと思うくらいに私の体に興味しんしんなのだ。
 それで、電気ショックを浴びたようになってひきつけを起こした初対面から、全然それは変わらない・・・学習しなさいっての、もう。
 イヤラシイ感じではないにせよ、触りたがられると拒みたくなるのが人の常。
「嘘じゃありませんよぉー。触らせてください★」
「触ってどぉするの!!」
「うふふふふふふ・・・」
 ティリルはとても含みのある笑いを零して、すぐに傍にあったタオルに石鹸をつける。
「お背中お流しいたしますわ。うふふふふふふふ・・・」
「いいわよ、自分で洗うし!!」
「いいえっ!! 仰せつかった職務を全うせずにお風呂から上がったらアカリ様に叱られてしまいますっ!!」
「そんな下らない事で叱ったりしないわよ!! つーか、何を命令したのよあいつはっ!!??」
「裸をよーく見て来いと」
「・・・・・・」
「あはっ。うっそでーす★ アカリ様がそんなストレートなことを言うわけないじゃないですか。倒れないように見張ってろ、って言われたんですけど、色々サービスは私の趣味ですから★」
「趣味って・・・もう」
 結局、何だかんだ言って、何故かティリルに洗ってもらうハメになった。
「ちょ・・・! 変なトコ触らないのっ!!」
「変なトコって、どこですかぁ?」
「んっ・・・いた・・・!」
「わ! おっぱいやらかい!! しかも凄い感じやすいんですねぇ〜!!」
「ち、ちが・・・ ぃやっ、・・・あぅっ・・・」
「あらら〜、むらむら来ちゃうじゃないですかぁ、そんな素敵なお声で啼かれるとぉ〜。もっと色々触りたくなっちゃいますよ?」
「ちょ、・・・もう!! さっきから揉むだけで何も洗ってないじゃないの!! 自分で洗うから大人しくしてなさい!!」
「ぶぅ。このためのパワーチャージだったのにぃ〜」
「はぁ? もう、兎に角もう良いからそこに座ってて!! てか、ティリルがお湯に漬かってて!!」
 ティリルの悪戯が多少度を越してきていたので、少し強い語調で言った。
 あんまり触るから、小さいながらに乳首が少しだけピンと立っているのを自覚して、物凄く恥ずかしくなる。
 もう、いつもこういうセクハラしてくるの、何でなんだろう、この子は・・・
 私の言葉に少し落ち込んだらしいティリルのツインテールが少しだけ力なくしなっているように見え、それに少し私は罪悪感を感じた。
「悪戯しないなら、好きなようにしてもいいよ」
「ごめんなさい、それは無理です。あんまりお美しいから、触りたくてむらむらするので」
 気を取り直したのか、ティリルは悪気も見せずに笑う。
 それに怒る事も飽きて、私は苦笑混じりに溜息を零した。
「ふふ、お世辞でも嬉しい。ありがと」
「お世辞じゃないのにっ。あのワンコが素直にレイン様に従ったのだって、天使だってのも勿論あるでしょうけど、レイン様が可愛らしかったからですよ、絶対」
 ワンコ。・・・ああ、スノウのことかと結びつくまでに少し時間がかかった。
 ティリルにかかると、数百年生きているだろうスノウのことまで『ワンコ』扱いなのが凄いと、私はそれに感嘆する。
 どっちかって言うと、スノウが一番この中では年長者だろうに・・・
 まあ、ティリルは一応凄い歳らしいんだけど、どうも実感が湧かなかったのだけど、こういうところに偶に驚かされちゃう。
「んなアホな。こんな平坦な体のどこが」
「もぉ。無自覚はずるいですよ。だから色々教えて差し上げたくなるのに」
 くふ、と、ティリルは含みのある笑い方をした。
 いろいろ・・・って、何だ。
 多分、私は物凄くそういう事に疎い。
 でも、そういう事に興味をもてるほどには、今の精神状態では無理だったのだ。
 兎に角色々な事に浮かれている暇はなくて。
 お父さんのこと、お母さんのこと、お兄ちゃんのこと、明の・・・こと。
 全てが気になっていて、駆け抜けるようにここまできてしまった。
 このままでいいとは思っていない。
 でも、どうすべきなのか、道標を見つけることが出来ずに、ただ私はここで・・・ 足踏みしているだけのような気がした。
「さてと・・・ 上がろうかな。付き合ってくれてありがと、ティリル」
 言葉が切れるとどうしても私は暗い思考に入ってしまうらしい。
 周りにそれを気付かせるほど落ち込んではいないつもりだけど、私の周りには私をとても甘やかしてくれる沢山の素敵な人たちがいる。
 そして、その人たちは、私に対しての感情の読みが凄く鋭いのだ。
 迷惑をかけちゃいけないのは凄く良くわかっているんだけど、優しく包んでくれる私の周りの優しい人たちの温もりも失いたくない。
 だから私はそれを支えに、前には進めなくてもここに、自分の足で立っていなくちゃ・・・
 一通り洗い終え、お湯を頭からかぶったあと、一言「よし」と言って腰を浮かせかけた私の腕を、不意にティリルが掴んだ。
「お待ち下さい。のぼせてしまいそうですか?」
 少し心配そうな・・・ でも、何か含みのあるティリルの言葉に、私は少し首をかしげた。
「ううん。平気だけど・・・ どうして?」
「では、今度は私に付き合ってくださいます? ・・・今、ちょっと、良くない感じのお客が来ているようです。アカリ様が警戒信号を送ってきたので・・・」
「え・・・」
「あ、心配なさらないで下さいね。一応アカリ様の同僚の方です。仲は最悪ですけど。レイン様のこと隠しておきたいみたいですから、奴らが帰るまで、少しここに軟禁されてて貰えます?」
 明の、同僚。
 王宮の・・・誰か、だ。
 出来る事なら、一番私が避けたい相手だ。
 素直に従っていたほうがいいとは思う。
 でも、急なその言葉に、私はどうしても不安が湧き出すのを止められず、凄くそういう顔をしていたのかもしれない。
 そんな私の心細さを見抜いたのか、私の手を小さな両手で包み込んでティリルは微笑んだ。
「・・・私もここにいますから」
「・・・わ、わかった・・・」
 ティリルの笑顔を見ても私の心は晴れない。
 王宮関係者・・・ は、どうしても私のトラウマの原因になってしまっていて、恐怖を感じずにはいられない。
「心配要りませんってば。アカリ様がレイン様のオーラを零さない様に強力に浴室に結界を敷いた上に、あのワンコが強く地の守りをかけましたから。私も全力でお守りいたしますし」
 ティリルが揺るがない意思を伝えるルビーの瞳で私を見る。
「うん、ごめん・・・」
 ただ、守られるだけのお飾り・・・
 そう思ったら何だか物凄く自己嫌悪になった。

 私は、明の家の居間で何があったのかを、結局物凄く湯冷めしてから知ることになった。

2008/06/16 up

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小声で編集後記のコーナー。
今回は雨のドロドロ成分暴露だったはずなんですが、ただ女の子同士がいちゃいちゃしているので終わってしまいました(爆)。しかも何か短い。
色々抱えてはいるんですけども、小出しにするのも難しいし、全部出すのも難しいな・・・
文を書くって、奥が深いですね。
後、色々設定がわかりにくくてスミマセンです。本当に話が長いんで、徐々にわかっていただけるように頑張りますです、ハイ。