第二章

V

 胸がどきどきする。
 一体、何が起こったの・・・
「嫌だねぇ、嵐かい?」
 おばちゃんは暢気にそう言った。
 そういう類のものじゃない。
 天気雨とか、突発的に出来た雨雲が、あんなにどす黒い筈がない。
 自然に起きた嵐じゃない。
 あんなに急に、あそこだけに雲が集まって・・・渦を巻いている。
 いくつもの雷光が筋を描いて、『門』に吸い込まれているように見える。
 全てが歪んでいるように見えた。
 まさか・・・ 結界まで・・・?
 結界が歪むと精霊達が騒ぐ。
 こちら側の膨らんだ空気が異界に流れ出す。
 確か、勉強中に読んだ本にそんな記述があったような気がする。
 何か起きた。
 世界に、ヒビが入るような、何かが。
 ・・・空まで急に、北東だけが暗くなってる。
 良くない事が起きた・・・
 直感でそう思った。
「私、ちょっと野次馬してきます。ご馳走様でした!」
 一礼してすぐにそっちへ飛ぼうとしたら、おばちゃんがぐっと私の腕を掴んだ。
 突然の事で私は吃驚して、おばちゃんの顔を見たら、おばちゃんはいつになく真剣な表情をしている。
「お止し! 行ってもろくなことにならないよ! 知らせを待ってから・・・」
 何だ、おばちゃん、嵐だなんて言ってたのに、やっぱり違うのわかってたんだ。
 凄い音がしたから、商店街は俄かにざわつき始めていた。
 建物の中にいた人たちが通りへ出てきて、何事かと皆北東の方を見やる。
 その後に、さわさわと広がる不安や恐怖心みたいなのが、私の心を余計騒がせていた。
 行かなくちゃ・・・
 どうしてかはわからないけれど、そんな焦りが私を駆り立てる。
「いいえ。良くない事が起きたんなら余計、見ておきたいんです。怪我人が出たかもしれないし・・・」
「危なくないかい?」
「危ないようでしたらすぐ逃げます。様子見っていうか、本当に野次馬ですから」
「そうかい・・・? 気をつけるんだよ」
「はい。今日は本当にありがとうございました!」
 逸る気持ちから、挨拶も少しおざなりになってしまって、駆け出したときに少し後悔した。
 おじちゃんからいただいた大事なレシピ、とりあえず転移で自分の部屋の机の上に座標を絞って送り届けておく。
 うっ、おなか重たい・・・
 普段あんなに食べないのに無理したから・・・
 急に走ったからすぐ気持ちが悪くなって、体を動かすから気持ちが悪いんだと思って、おじちゃんおばちゃんから見えなくなるくらいまで走ってから、今度は転移に切り替えた。
 一気に『門』まで近付きすぎるのは危ない。
 巧く座標絞り込んで、様子見えるところに移動しないと・・・
 気持ちを落ち着かせて、何度か通った事のある『門』の地形を思い出してみる。
 確か、インティナ地区の市街壁を出て2kmくらいから平原で、その先に門が高く聳えていたはず。
 平原に生える草はどれも皆膝くらいまでしかないから、匍匐前進しても丸見えなんだよね・・・
 えーっと・・・ 西の一角の岩場くらいしか、身を隠す場所、ないなあ・・・
 あそこ、ちょっと門の中心から外れていて良く見えないような気がしたけど・・・
 でも今はそこしか思い出せなかったから、とりあえずそこへ意識を集中させて飛んでみた。

 頭上で物凄い雷光と雷鳴がして、心の準備をしてきたのに凄く吃驚しちゃって体が弾んだ。
「・・・っ」
 一瞬でずぶ濡れ。
 門の近くは本当に嵐の真っ只中で、バケツをひっくり返したようなという表現がいかにも正しいような、空気よりも寧ろ水の方が多いんじゃないかというくらいの雨が降っている。
 比率でいうと、7割水で3割くらいが空気という感じ。・・・まあこれはどうでもいいのだけど。
 口をあけて上を向いていたら水がぶ飲みしそう・・・
 降っているのは雨だけじゃなく、雷も、雲も、冷たい雹も一緒に降ってきているみたいで、体のあちこちに拳大の雹がぶつかってきてとても痛い。
 風も凄くて、一方向に強く吹き付けていて、体をその場に留める事さえ難しいほど。
 目さえ開けていられないような雨に、堪らず条件付け結界で膜を作って、水気だけ自分に近付かないようにしてから、門の方を見てみた。
 ・・・と、思ったんだけど、あれ?
 座標間違えたのかな・・・
 岩が、ない。
 ・・・ヤバ! ここに姿を隠すために座標絞り込んで転移したのに、何の意味もないじゃないの!!
 西の岩場のすぐ近くには、衛兵の詰め所がある。
 自分の転移ミスなのかと思って門の方を見て、私は目が点になった。
 私の座標ミスじゃ、ない・・・
 私の足元の地面が大きくえぐれていて、多分、ここにあったと思われる岩が、詰め所に深くめり込んでいた。
 記憶が確かなら、ここにあったはずの岩は、私の体をすっぽり隠して余りあるほど・・・ 直径5mはあったはずなのに。
 ・・・なんで? 襲撃?
 どうやって・・・素手? 念動?
 ちょっ・・・こんなもん詰め所にぶち込まれたら、衛兵さんたち怪我・・・ どころじゃすまないじゃないのっ!!??
 身を隠すとか言っている場合じゃないのに気付いて、詰め所に人の『気配』がないか探ってみる。
 オーラを感知する力に頼ってやってみたんだけど、何処にも気配は見つからない。
 あ、慌てて損した。
 やっぱり、門を守るくらいの衛兵さん達がこれで怪我とか、ないよねぇ・・・
 そう思って、改めて門の方を見た。
 少し外れの方に来たから、並び立つ門の支柱が邪魔で、ちょうど門がどうなっているのか見えない。
 でも、思ったとおり・・・ この雨も雷も風も、全てが門の出口(入口かも)に吸い込まれるようになって見えた。
 あの様子だと、次元の繋がった異界にも大きな嵐が発生しているんじゃないかな・・・
 それにしても、やっぱりこの場所からは、破られたと思われる門の様子は遠くて見えない。
 この雨、視界は30mもないくらい強い。
 ・・・巧く雨に紛れれば、もう少し近付けるかな・・・
 好奇心から、そんな事を考え始めていて、ヤバイ、良くない事に頭を突っ込もうとしているかも、と思ったのだけどどうしても気になって、近くの様子を探ってみた。
 人の気配・・・ 思ったより少ないな・・・
 沢山衛兵いるんじゃなかったっけ・・・?
 もう一度、感知能力に頼って人の気配を探る。
 ・・・っ。
 いる。
 沢山、人は・・・いる。
 いるけど・・・ 倒れている。
 眠ってる・・・?
 怪我をしている人特有の、悲鳴に似た痛みを訴えるような波長は感じない。
 なんだろう、よくわからないな、眠っているというよりも少し深い・・・ 昏睡してる・・・?
 その中で、三つだけ、意識がはっきりしている個体がいる。
 この、意識のない沢山の人の中で、意識をはっきりと持っている人が三人。
 アヤシ・・・過ぎる。
 近づけるかな。危ないか・・・
 いや!!
 ここで引き下がっても気になってどうせ戻ってきちゃうし、なんかの手がかりになるかもしれないし、見てきちゃおう!!
 私は念入りに自分の姿かたちを見えないように『隠形』の術を使って、そろそろと気配のするほうへ近付いてみた。
 そこは、ちょうど門から少し離れた場所で、3人は隠すこともなくオーラ全開。
 一人一人のオーラが交じり合って誰がどんなんだかよくわからないけれども、大きい、という事だけはわかる。
 かなり離れているから、私からも向こうからも視認することはできないはず。
 でも、オーラは見つかる可能性があるから、出来る限り最低限まで抑え込んでプロテクトをかける。
 ・・・凄く大きくて力強い。私じゃ・・・相手にもならないような大きさ。
 ひえぇ・・・これは危ない、見つからないように用心しなくちゃ!!
 う、甘く見てた・・・ 正直、周りに凄い人が何人かいると、それに慣れてきちゃって自分が弱いって事忘れちゃうんだよね・・・
 三人は、どうやら仲間のようだった。
 声が直に感じるまで近くに寄るのは流石に自信がなかったから、遠く離れて音だけ拾う。雨音のノイズだけを何とか避けて、声を拾ってみる。
 あああ、私、ただのデバガメ。
「いやー、派手にやったなぁ。守人ぶっ倒して更に全員昏睡。お前らスゲー」
 一人の声はとても太い。多分、幅が広いかガタイがでかいかのどっちかかな。
 ・・・て言うか、この台詞で、この有様の犯人が誰だか結局私にわかってしまったんですが、大丈夫なんでしょうか、貴方がた。もう少し警戒したらどうですか?
「何を言ってるかなぁ、西の詰め所に大岩ぶち込んだ人に言われたくないね。あれで衛兵の気をそいでくれたお陰でこういう結果でしょ」
 もう一人がそれに反論している。
 口調が少し軽い。太い声の人の言葉に納得行かないようだけど、声には少し楽しんでいるような風もある。
 ・・・犯人確定。
 わあぁ・・・ どうしよう。どうしようどうしようどうしよう。
 それにしても、もう少し私のほかにも野次馬集まっていそうなのに、何で他に一人もいないのかな?
 王宮の増援も遅い。
 これ、普通に物凄いことなのに、対策が凄く遅いような気がする。何でだろう。
「俺は殆ど何もしてねぇぜ。頑張ったのはお二人さん。まぁ千切っては投げ、千切っては投げ・・・ 更にその上に精神波で意識を押さえ込んじまって。真似できねー」
「精神波はそっち。僕は千切って投げただけだからねー。お陰でこうして誰の目にも触れずにいられるし、ここまで誰も来ないように結界敷いてるのもそっち。でも、そろそろヤバイかな?」
 太い声と軽い声が交互に聞こえた。
 精神波・・・ 結界? しまった、結界無意識に飛び越えて私はここへ踏み込んでしまっていたんだ。
 ううっ、あんなに凄いオーラの持ち主の張った結界すり抜けちゃうなんて、何でこういうときだけ無駄に力を発揮しすぎるの、私はっ。
 兎に角ヤバイ。間違いなくこの騒動の犯人達がすぐ近くにいるなんて。
「そうですね。そろそろ潮時でしょう。彼らももう安全圏まで行けたと思います」
 また別の声がした。
 今度は少し神経質そうな声。
 この人が、ここに倒れる衛兵さんの意識を抑え込んでる人・・・
 ・・・察するに、彼らは門を破壊して、誰かをここから逃がす為にここで大暴れして、逃がした者達への追っ手も食い止める為にわざとここへ残って守っている、という事・・・なのかな?
 難攻不落。ここ数百年は『門』のお陰で異界からの進攻はなかった筈なのに、これだけの人数で『門』を破壊するだなんて、それだけでも凄いのに・・・
 こんな力は、この世ではレア様かシアド様くらいにしか、出来っこない様な強さなのに。
 ・・・いや。
 私は、この世にもう一人だけ、それが出来る可能性を秘める人を知っている。
 シアド様には、一人だけ弟子がいる。
 それは、私の・・・
 そう思い始めたら、あそこにいる三人が一体何者なのか知りたくなってどうしようもなくなって、私はそろりそろりと、門の方へ足を向けていた。
 無意識。
 好奇心が警戒心を凌駕するって、もう、本当どうしようもないと後で私は後悔するのだけど、全然その時はそのことにさえ注意を払えないほど私の好奇心は膨れ上がってしまっていたのだ。
 姿を見て、オーラパターンさえ把握できれば、犯人探しに後で他の人が役に立つかもしれないから・・・
 そんな無謀な好奇心から、声だけを盗み聞きするだけでは気が済まず、近くで姿を見てしまおうと腹を決める。
 大丈夫。向こうは全然、結界以上の感知能力は広げてない。
 ・・・落ち着いて。
 自分を空気に・・・
 精霊と共に同化する。
 ここに私はいない。
 意識を集中して、自分の気配を最低限まで抑え込み、なるべくものを考えないようにしながら私は三つの気配に近付いていった。
 もう少し・・・
 雨の雫に紛れてしまえば、きっと・・・
 見えた。
 いやん、残念・・・ 皆仮面をつけてて顔がわからない・・・
 一人は、赤髪の巨漢。この人が、西の詰め所に大岩をぶち込んだのかな? 予想通り・・・ 縦にデカイ・・・ 2mくらい? 横にも大きい。凄く筋肉質で長身というよりは、巨人。
 一人は、黒髪の・・・長身の人。巨漢よりは小さいけど、でも大きい。んで、結構線が細い。きっとこの人が結界とか精神波とかを出しているんだ。凄い精神力・・・ 何となくやっぱり、神経質な感じがする、かな。まあ、顔わかんないから先入観だけどね。
 一人は・・・ 身長はそんなに高くない。普通位・・・かな? 茶髪くりくり巻き毛・・・の・・・ あれ?
 この特徴、どっかで聞いたな・・・
 あああ!! わ、わ、私の・・・防具、買っていった人!!???
 でも、茶色くりくり巻き毛ショートは珍しい髪じゃないんだけど・・・ この妙な符号が私の中で何か心に漣を立たせるような・・・ 胸騒ぎが起きた。
 三人の特徴を掴みとって、うっかり私はその事実に動揺してしまって集中力を一瞬欠いてしまい、その一瞬の隙に、黒髪の人がこちらを鋭く振り返った。
 ・・・っ!! ヤバ・・・!!
 慌てて気配を消す。
 探るような力が私の鼻先を掠めていくのがわかる。
 ダメ、だめ、こっちこないで、気付かないで・・・!!!
 でも、でも、そう願う心は簡単には伝わらない。
 ぎゃあああああーーーーー!!!
 アラートアラートですよ、お兄ちゃん、明ぃっ!!!
 み、みみみ、見つかったぁあああーーーー!!!
 黒髪の人が私の気配を掴み取る寸前、私の体を後ろから引っ張って動けなくした者がいた。
 いやぁーーー!!
 声を出そうとしたのに、後ろで私を捕らえた者は、私の口を手で塞ぐ。
 こんな所で捕まって、お兄ちゃんや明に迷惑がかかるくらいなら、フルパワーで振り切って逃げるしかない!!
「落ち着け。俺だ」
 後ろから降ってきた声はやけに冷静で冷たく、私の過熱しかかっていた意識は急速に一気に冷めた。
 誰だかすぐにわかった。
 わかったけど・・・ 何だか複雑・・・
 何で、こんなに近付かれるまで気付けなかったのか、また、寧ろ逆に傷つけそうで・・・
「抑えろ。まだ気付かれてない」
 声に導かれて、我に返った。
 そうだ、あの黒髪の人がこちらの様子を探ろうとしていたんだ。
 大丈夫、静かに気配を完全に消せば・・・
 探る気配が目の前を掠めていく時、つい私は頭を引っ込めた。
 それを感じたのか、後ろにいる彼は私をぐっと引き寄せた。
 いつの間にこんなに大きくなったやら・・・
 幼馴染で、いつも弟分で私の後を追っかけていたのに、いつの間にやら私より体も大きくなってしまって、私の体は簡単に彼の懐に収まってしまっていた。
 多分、乾いていた筈の彼の服まで、ずぶ濡れの私の所為で濡れてしまったのがわかるほどに密着している。
 雨に打たれて冷えた私の体に比べて、彼の体は少し火照っているような気がした。
 ・・・もう、相変わらず・・・ また、大怪我して、無理に治して熱下がってないんだな・・・ 怪我したらうちに来いって強く言ってるのに強情な・・・
「意識を乱すな」
 余計な事を考えていたのを見透かされたように、抑揚のない声に諌められた。
 諌めたいのは私のほうなんだけど・・・
 結果的に助けられている形になっているから、不満もいえない。
 こちらを探る触手は、訝しく躊躇いがちに、けれど、何もないと思ったのか、ゆるゆると戻っていった。
 危ない・・・ ギリギリ、何とか、私のほうが感知能力が上だったのかな・・・ 相手の探る気配を避けられた・・・
「そろそろまずい。退こう」
 黒髪の人はこちらの気配を掴んだわけじゃなかったみたいだけど、違和感を感じたらしく、撤退を他の二人に言い渡し、二人も了承したのかすぐに気配は消えてしまった。
 途端、彼は私をすぐに離した。
 振り返る。
 そこにいるのは、やっぱり思った通り。
 幼馴染の・・・黒月明(くろづきあかり)だった。


+++☆★☆★☆+++


「野次馬か?」
「えう?」
「どうせそんなところだろう」
「ぐ」
 え、ちょっと、挨拶とかなく先ずそっからバッサリ斬り込んで来ますか君は・・・
 無表情でいつも何の感情も宿さず、ずばっと痛いところから斬り込んで来る。
 で、出鼻を挫かれて私はいつもイイワケが出来ないのだ。
「だ、だって、こんな事件・・・」
「そういうことは王宮軍がやるだろ。放っとけば良いんだ」
「えぇー! だって、結局遅いじゃない、王宮軍!!」
「だから俺が来たんだろうが」
「そうだけど・・・ 遅すぎない? 明だけ?」
「今のところ俺だけだ」
「だって、怪我人・・・」
「そういうのもちゃんと王宮軍がやる。余計な事をされるとこっちも動きにくくなるんだよ。わかるだろ、いい加減」
「・・・」
 怒ってる・・・?
 あ、怒ってはいないんだね・・・ それはわかりやすいんだけど・・・
 明の左右の目の色は違う。
 右目は髪の色と同じ、蒼く静かな色をしているのだけど、左目は、普段は金琥珀の色をしているのだけど、感情が昂ぶって怒ったりすると真っ赤に変わる『魔眼』なのだ。
 今のところその『魔眼』は金琥珀のままだったから、怒ってないのはすぐわかった。
 でもこの悪態・・・
 自分でも、猪過ぎて後悔する事は良くあるから、冷静にこう、指摘されると自分でも凹むのだ。
 ううう、絶対、立場逆だと思うんだけど・・・
 でも、素直じゃないだけで明が私を心配していないわけじゃないのは付き合いが長いから良くわかってはいる。
 だから、結局言い負かされて私は黙り込んでしまうのだ。
 迂闊だったのは私だ。それは言い逃れ出来ない・・・
「ごめん・・・」
「いや、無事ならいい」
「それに、折角シールドで雨防いでたみたいなのに、私の所為でヌレヌレだし・・・」
「・・・それはいい。・・・て言うか、その言い方やめろ」
「? だって濡れたし」
「・・・。それは兎も角痩せたのか?」
「え?」
「薄いな」
「セクハラ!!??」
「馬鹿だろ、お前」
 全く表情動かなかったのに、今、凄い馬鹿にした顔した。
 ・・・くそぉ。
 今日折角いっぱい食べたんだから、少しでも成長してください、私の体っ。
 それにしても、この私が、よりにもよって明の気配に気付かないとは・・・
 流石は王宮隠密、シアド様直伝の、SSS能力者だなぁ・・・ 差が大きいなあ、もう。
 いつも本当に何でもないことのように凄い事をさらっとやってのけてしまうから、若干、私は劣等感に見舞われてしまう。
 何で、明がそんなに強いのに、私はこんなに弱いんでしょう?
 世の中に理不尽を感じる。
「それに髪」
「ん?」
「随分短くしたな」
「あ・・・あは。うん、まあ・・・ イメチェン。どう?」
「・・・どうと言われてもな・・・」
 な、なんなのよ、間の取れない奴。
 いきなり人の髪型指摘したかと思えば、どうと聞けばぱっとしない返事を返してきてっ。
 ・・・勘付かれたかな。
 面倒な奴・・・
 練成に失敗して髪を服に縫い込めちゃったとか、恥ずかしくて絶対言えない・・・
 ってか、その、髪まで縫い込めた服を明にあげようとしてたと言ったら、やっぱりこれは最大級の嫌がらせになりそうだ。それはそれで、私としては面白いんだけど。
 あ、そうだ・・・そう言えば。
 気付いて、私は一瞬の隙に明の服の裾を引っ張って上に捲って見た。
「・・・あのな」
 虚を突かれたのか、明が一瞬びくっとなったけど、意外に拒まなかった。
 でも、私が思っていたようなことにはなってはいなかった。
 見慣れてはいたのだけど、筋肉質な胸板がある。
「あれ?」
「何の真似だ」
「怪我しているんじゃないのかなって。何か体、熱かったから」
「お前が冷えすぎなんだろ。冷え性か?」
「え、何それ、セクハラ?」
「どっちが!」
 珍しく声を荒げた。
 何怒ってんのよ・・・ 心配してるのに。
 仕事柄いつも怪我が絶えないし、放っておいたらいつも自分の回復能力に頼って放置しておくから、折角だから治しちゃえと思ったのに。
 いっつもツンツンしてこっちに頼ってもこないんだから・・・
 でも、元気ならよかった。ちょっとほっとする。
 明は私が捲って乱れた服を乱雑に直した。
 そのときに、一緒に腕輪とか指輪とかがちゃらちゃらと鳴った。
 全部、私が作った安物アクセのリミッターだ。
 それもチムさんのところでバイトしていたときの、材料の残りとかで作ったやつだ。
 この間会った時より数が減ってるような気がする。
 ・・・って、まあ、安物に念を込めても、容量が足りないから、ほんの少し明が本気になると弾け飛んで壊れてしまう。
 私が、明を抑えないといけない。
 それは私の絶対の責任。
 ・・・その内、お金入ったら念を込めやすそうなアクセサリーどっさり買って、嫌がらせにいっぱい念込めてプレゼントしたろ。
 あ。お金・・・ あったんだった。そうだ、あとで高額の神具アクセサリー買って行こう。これで、あの大金の言い訳をお兄ちゃんにせずに済むし・・・ 明のリミッターの事は、いつも私の頭の中で引っかかっていたから。
 私が一人で納得している間、明は周りの様子を注意深く見ていたみたいだった。
 で、
「で?」
 と、凄く短い言葉で私に問う。
「? 何が」
「オーラパターン抽出できたか? さっきの三人」
「・・・なんで?」
「そのつもりでいたんじゃないのか」
「そのつもりだったけど・・・」
 明が脅かすから、吃驚してそれどころじゃなかった、という台詞は飲み込んだ。
 言えば・・・ 明は傷付くかもしれないから。
 たった一人、明の理解者でなければならない私が、明の気配に全く気がつかなかった、というのは、明をきっと傷つける。
「ごめん・・・ 役に立てなくて」
「何故」
「え? だって、犯人わかった方が良いんじゃないの?」
「興味ない。仕事なら兎も角、そんな面倒、何で俺が」
「え、何で。パターン聞いてきたじゃない」
「お前の仕事かと思ったからだ。俺が邪魔しなきゃわかったんだろ」
「・・・え、いや、わかんないよ、そんなの・・・」
「そうか」
 明は、私の嘘を見抜いたのかもしれない。
 すぐに、会話の内容に興味を失ったようで周りの様子を再び気にしだした。
 うーん・・・ 難しい奴。どうして欲しいんだ君は・・・
「それにしても、明だけ凄く早かったね、ここに来るの」
「俺は『協力者』であって奴らに支配されているわけじゃないから、奴らの命令系統の乱れに影響されないだけだ」
「? どういう意味?」
「女王が昨晩からいないらしい。あの辺りの命令全て最近女王が牛耳っているらしく動くに動けずにいるのを眺めているのも馬鹿馬鹿しかったから、一応調査でこっちへ来てみただけだ」
「女王が、いない?」
「夜によくいなくなるんだ」
「・・・そう・・・」
 相変わらず、明の周りの状況はあまりよくないみたい・・・
 すっかり今は、女王が王宮を完全に掌握するようになってしまったようだけれど、以前は違っていた。
 元老院。レア様とシアド様。そして貴族。沢山の人が、女王一人に負担をかけさせまいと後ろ盾として支えてきていたのに。
 少しずつ、その体制はおかしくなっていった。
 15人で構成されていた貴族連中は少しずつ少しずつ女王の独裁政治を推すようになり、それを阻止しようと、穏やかに事を運ぼうとしていたシアド様やレア様のいう事を聞かなくなっていった。
 現在は、元老院でも保守派と女王派とで真っ二つに分かれてしまっている。
 そして・・・ 突然シアド様が消えた。
 そのうち、レア様までも消えた。
 一体・・・ 世界はどうなっちゃうんだろう。
 その皺寄せは・・・ 多分、明が一身に受けているんじゃないかと思う。
 明はシアド様の弟子。額の徴からも『勇者』候補なのではないかと言われているし、能力値も幼生と言われる私達の歳ではありえないくらいに高い。
 その代り、明が主を誰だとは明かしてないし、少し歴代の『勇者』とは違っているから異端視されているから、明は正規の『勇者』とは認められてはいないんだけど、それでも元老院では明の立場はかなり高いみたい。
 だから、今元老院側で奮戦している数少ない保守派の一人だ。辛くない筈はない。
 でも、明はシアド様の指示で女王の方にも顔が利く。だから余計大変な立場なんだろうと思う。
「私に出来る事・・・ ないかな?」
「ないな」
 ぐっ・・・ にべもないんですけど。
 私は本来なら明を支える立場でなくてはならないのに・・・
 シアド様の厚意と、明の中に強くある『巻き込みたくない』という思いに甘えて、今は私は好き勝手することができている・・・
 でも、そうも言って入られない状況下に、明が身を置いているのを放っておくのはずっと引っかかっている・・・
 どうしよう・・・
 明が、無感情、無表情、無気力を装うようになってしまったのは、全部私の所為だ。
 一度だけ・・・ 明が私の所為でおかしくなってしまった時に・・・ 私が怯えた・・・から。
 何かしようと、私が思えば思う程に明が頑なにそれを拒んでいるのも感じる。
 私は・・・
 私は、『天使』の資質があるらしい。
 生まれつき、背中からふわふわの白い羽根を具現化できる。肘から手先ぐらいまでしかない、小さなものだけど。
 その上、どうやったのかは全然覚えていないんだけど、明と『契約』も完全に交わしているらしく、明はこんなツンツンだけど、一応私の従者なのだ。
 明の行動優先順位の中で、常に一位にいるのは私。
 でも、こうして私が動く事を、明は極端に嫌がるのだ。
 それは、お父さんの言い残した言葉にもある。
 私が天使であることを、世に知られてはならない。
 特に、女王には・・・
 深い意識の底に落ち込みかけていた私は、一瞬で現実に戻ってきた。
 悲鳴。
 どこかから、悲鳴のような波長を感じ取ったから。
 すぐ・・・近くだ。
 怪我をしている何かがいる。
 昏睡に陥っている状態から、目覚めた者がいる。
 そして、痛みに苦しんでいる者がいる・・・!!
 これは『天使』の資質から来ているのかどうかわからないけれど、私はどうしても怪我人を放っておく事が出来ない。
 この、痛みを訴える悲鳴を感じ取ってしまうからだ。
 どうやって意識を閉じても致命傷に至るような傷を負った人の『悲鳴』だけは至近距離では防ぎきれない。
 致命傷を負った時に感じる強烈な悲鳴のような波長。
 頭を揺さぶられるほどの、耳鳴りに似たぴんと張り詰めた『声』。
 私が、その波長に驚いて首を廻らせたのと同時に、明が自分の首から下がる黒い半透明の石のついたペンダントを握り締めると、それはたちまち片刃の刀に変わった。
「ちょっと!!」
「何だ」
 振り返った明の左目が真っ赤になっていた。
 慣れているはずなのに、一瞬息を呑んでしまって、それを察した明がすぐに私から視線を外した。
 臨戦態勢。
 何か・・・ 明にとっては『良くないもの』を感じたんだ。
 でもそれが、『悲鳴』の元とは限らない・・・
 そう信じたかったけど。
 低い、唸り声がした。
 獣の唸り声・・・のように聞こえる。
 明が少し腰を落としたのが見えた。
 唸り声が近付いてくる。
 ・・・っ!! 眼前にあったのは。
 聳え立つ、と言ってもいいほどの大きな体の、銀色の狼だった。

2008/05/13 up

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小声で編集後記のコーナー。
あらま。随分時間がかかってしまいました・・・
女の子を可愛らしく描くというのが基本的に無理なので(苦笑)、四苦八苦してたらすごく長く、しかも何だか物凄く迷走している感じになりました・・・あああ。
そして、一応三人目主人公明が、ずっと名前だけでしたが初登場です。
本当はもっと後に強烈に出そうと思いましたが、雨との絡みが弱い、ということで前倒しで出しておきました。
狼さんも出てきました。
さてはて、私、どうする気なんでしょうか(遠い目)。
一応、大昔に書いていたこれの前身のような話があるんですが、もう、全くの別物の様相を見せております。どうなるんだろうこれ・・・(苦笑)