第二章

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 天地がひっくり返るくらいの大事件がおきたその日、私はこれから起こるコトなど知る由もなく、ただ漠然とした時間の波の中に飲み込まれていたような気がする。
 ・・・だって、毎日生活苦しかったから!!
 お兄ちゃんが施療院を開業したはいいけど、王宮から少し前までは出ていた筈の補助金その他、ぜんっぜん出なくて、我が家はついに借金地獄に陥ったから。
 お兄ちゃんが施療院を開いたのは、お母さんがいなくなってからも、うちの家系の施療の腕をいつも頼ってくる人が沢山いたから。
 お兄ちゃんは確かに、この世界ではまだ若年と言われる歳だけど、腕は凄くいい。
 だから、必要とされるならと、意を決して借金背負うのもわかっていて施療院を開いたお兄ちゃんを私は誇りに思っている。
 それに、怪我をした人や病気になった人を癒すのに、なんであんなに沢山税金吸い上げている王宮から補助金が出ないんだか、ほんっとムカつくんだけど、そんな悪政の許にありながら、お兄ちゃんは患者さん達からお金を取ることを良しとはしなかった。
 それも、確かにそれで良いと思うの。
 だって怪我したり病気になっているのに、お金まで取られたらめちゃくちゃ切ないと思うから。
 でもね・・・
 でも、ね・・・!!
 それだと、流石に、うちの家計は常に火の車・・・!!!
 だって薬も技術書も、全部やっぱりうちの負担。
 それで殆ど無償で施療してたら、当然お金が貯まるわけもなく、逆にどんどんうちは貧しくなっていった。
 こ、これではいけない!!
 でも、お兄ちゃんに今の体制を変えろとは言えないし、固定の患者さんもとても頼りにしてくれるし、今ではクチコミでうちの施療院は大変繁盛だけはしているから、今更私が口を出すのはどうかと思う。
 だから私は、身を切るような思いで、一か八か、色々な事に手を出した。
 まず、違法の『異界への逃亡者』を連れ戻す職業『ハンター』の資格を取った。
 お金になるから。
 ・・・という、噂だけを頼りにしてたのに、これ、寧ろ逆に借金増えるシステムな事が判明。
 相当の腕と信頼と経験がないと、そんな簡単にお金は稼げないようになっているみたい。
 ・・・良く考えたら、それは、何の仕事に於いても言えることなのだけど、その時の私は何とか一攫千金取らなくてはと思って必死だった。
 後で知ったんだけど、異例の最年少資格取得、おまけに短期資格修得だったんだって・・・
 ヒトって、必死な時には結構な力が出るのよ、きっと。
 ・・・それは置いておき、結局、ハンターでは稼げないのがわかって、それならば、腕と信頼と経験を得なくては、ということで、ここ最近は闘技場に行って、ファイトマネー貰ったりしている。
 闘技場は、平民娯楽の一つで、観戦者も多数いるし、挑戦者も沢山いる。
 つまり、結構な大金が動く場所なのだ。
 レジス地区という元は貧民区(私はこの差別的言い方が好きじゃないのだけど)で確立された、買われた闘技奴隷たちが上層階級の貴族などに雇われて命のやり取りをする野蛮な遊びだったようなんだけど、それが解体されて新たにこっちのインティナ地区に同じものが作られたのが、今ある闘技場。
 レジス地区にあった闘技場はルール無視の一本勝負で、参ったと言うか命を落とすか戦闘不能になるかで勝敗が決していたのだけど、インティナ地区のは平民娯楽としての目的が高かったから、命を危うくするような攻撃は即失格の上に資格剥奪、勝つには30分の制限時間内に10カウント取るか、リングアウトさせればいいだけになっている。それ以外はレフェリーの判定。武器、防具の持込は登録制で3個までOK。
 それなら!! 『ハンター』資格がある私は挑戦資格を持っているので、挑戦してお金を得なくては!!と、思ったのだ。
 闘技場で挑戦するには50リルを支払い、勝てば1000リルのファイトマネーと、登録してあるデータに★を貰える。負ければ50リルは戻らず、★は逆に奪われるんだけど。ちなみに観戦のみは100リル。
 登録データはランク付けされてあって、初挑戦では最低のE、順にD・C・B・A・S・SSと上がって行って、SSSが最高。
 ・・・普通、ハンター資格取るのに、Aくらいは取っておいた方が良い、って、後でハンターのギルド長に言われたのもありまして、迷いなく挑戦している。私ったら色々順番が逆だったみたいで・・・
 だって、能力測定でのランク付けでは有難くSランク貰えちゃったもんだから、多分何とかなるでしょ、とか、甘く見てはいたのかもしれない。
 EからDに上がるには★1000個必要で、DからCに上がるにはそれから2000個、CからBには更に4000個・・・という風にレベルが上がるごとに倍の数貯めなきゃいけなくて、現在10385個貯まった。つまりまだB・・・Aまであと・・・4615個・・・遠いなあ。
 ちなみにこの★、相手のレベルに合わせて貰える数が違ってくる。
 自分のレベルと相手のレベルを比べたものが数値化されて判定されて、例えば私が格上のSSなんかとやるときは私が勝った時に貰える★は凄く多くて、1000以上なんだけど、逆にSSが格下の私を負かせたところで得られる★は100もない。
 ただし、それでは闘技場が面白く運営されないし、格下からの格上の挑戦を、格上が受けてくれない可能性もあるから格上は挑戦を受けた時点で一度勝ち負け関係なく報奨金500リル貰える。そうやってバランスを保っているらしい。
 このシステムは前のレジス地区の闘技場でも用いられていて、やはりSSSクラスのファイターは相当凄かったとか。
 今はそういうファイターは少なくて、精々がSクラス。
 なので、短期間で私がBまで駆け上がれたのは格上のファイターと戦って勝つ事が出来ていたからなんだけど、格上の数が少なくなってきたから、勝てても負けても★が貯まりにくくなってきているのは最近思う。ああ、もう少しでAなのにっ。
 レジス地区に一人だけSSSクラスの物凄いファイターがいたらしくて、それが少年だって聞いて、いるかな・・・と思ったんだけど、彼はレジス地区の闘技場解体と共に行方知れずだそうで。あん、残念。実はちょっと会ってみたかったのに。
 そういう確立されたシステムの上にある闘技場は、腕に覚えのある者達にはいい鍛錬の場所にもなるし、技や術の勉強にもなるし、観戦者も沢山いるし、違法だけどギャンブルなんかも横行していて、お金が沢山動く場所だったから、ファイトマネーは確かにオイシイ収入源だった。
 あああ、私も堕ちたものだなぁ・・・
 喧嘩してお金貰って帰ってくるなんて・・・ううう。
 ある意味、立派なカツアゲです・・・
 実は『ハンター』の資格を取る為の研修や実習や学費も全部借金だから、すぐに職にありつければお金を稼げるだろうという私の安易な計算は全く意味を持たず、結局は利息を払わなくてはいけなくなっている・・・
 ファイトマネーのお陰で一応学費の7割くらいは返せたんだけどね・・・
 闘技場の事はお兄ちゃんには内緒だ。
 知ったら多分、卒倒する・・・
 そう思って、日中家を空けているときは口裏合わせに防具職人のチムさんの所へ行って、バイトさせてもらっている事にしている。
 でも、口裏合わせだけではどうしても私の気が済まないから、一応ちゃんと午前中は防具職人のチムさんのところで本当にバイトもしている。
 ・・・と言うと聞こえがいいんだけど、チムさんと一緒にいると昼ごはんにありつけるから、という、卑しい理由も手伝っていたりします・・・
 だだ、だって、戦う前に空腹ではどうにも!!
 腹が減っては戦はできぬのですよ!!
 そんな私の卑しい魂胆を、多分チムさんは気付いているんだろうけど、チムさんはお父さんがいなくなってからも親身に私達兄妹を気にかけてくれたとても優しい人だから、私はチムさんが言わないのをいいことにそれに甘えてしまっていた。
 そしてチムさんは、とても腕の良い防具職人さんなので、ただ防具の売り子をするだけでは嫌だったので、志願してチムさんに防具の練成を習っていたりもした。
 チムさんにはお弟子さんはいないし、跡取りもいない。でも、出来ればチムさんの芸術的職人能力を絶やしたくない! という、私のエゴでもあったのだけど。
 チムさんは私の秘密を知る数少ない人のうちの一人。
 だから、私は自分の作り出すその防具に自分の秘密を込めて作っていた。
 それが物凄くお金になることを実は知っていたんだけど、お兄ちゃんにもチムさんにも絶対にそれをお金にする事は駄目だと言われていたから、売るつもりではなく、純粋に、何ていうのかな・・・職人気質、という奴で。渡したい相手もちゃんと考えていたし。
 これが今回の私の過ちの始まり。
 でも・・・でも、これがなかったら私は、自分の無知を恥じ、悔いる事もなくきっと、知ることもなく終わっていたのではないかと思う・・・

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 毎日、当たり前の事なのだけど、商店街の人たちと普通に挨拶が出来るようになってきたのに。
 今日、この日。
 私はバイトをくびになった。

「おはようございます!!」
 その日のチムさんは様子が変だった。
 私が訪れると、明らかに動揺した様子でおろおろと私の元に駆け寄ってくる。
 チムさんは大柄で、頭二つ分は私より背も大きくて、筋肉質の体は私の体の幅の2.5倍くらいあって、初対面では強面の髭の怖い顔のオジサマだ。
 だけど、殆ど親代わりでいつも世話を焼いてくれるチムさんがとても優しい温かい人だということをわかっているから、私はその大きな体を近づけてくるチムさんがいつもと違っているのを何事かと見守っていた。
 チムさんは私の元に走り寄るなり、胸の前で手を合わせて頭を下げる。
 え? チムさん、急に何?
「ご、ごめんね、雨(レイン)ちゃん!!! 大事に君が作ってたアレ、売れちゃったんだ!!!」
「えっ」
 私は固まる。
 最近、練成糸を作ることにすっかり慣れたから、少しずつ教わって作ろうとしていた防具の事だとピンと来たから。
 あれは、売るつもりじゃなくて、いつも怪我ばっかりしてる明にあげようと思っていたのに。
 でも・・・ 売れたって。
 それ、凄いやばいじゃない!!
 だって、あれは・・・
 私が全神経を込めて作った・・・作りかけの・・・アレでしょ?
「ええええ!!!!」
 ヤバイ。
 身の危険。
 それが一気に近付いてきたことに私は動揺せずにはいられなかった。
 隠しきれているという自信があったから、全然こんな事で綻びてくるなんて、思っても見なかったのだ。
「何でですか? アレ、まだ、全然完成してないのに・・・」
「うん、そうだね、そうだよね・・・ そうなんだけど、凄く感知能力に長けていたのか、奥に仕舞ってあったアレの波動を感じちゃったみたいで・・・」
 チムさんは私の『秘密』を知っている。
 だから、私も安心してチムさんと二人だけで頑張ってアレを作ろうと思っていたのに。
「泥棒避けシールド、波動零れないようにかけていったつもりですけど!!!」
「ところがね、多分、あれは覚醒者だね。結界全然感じないタイプの・・・凄いやつだよ、多分ね・・・」
「えええ!!! そんな人いるんですかっ? 私のシールド、教官からSS評価貰ってたから自信あったのに・・・」
 私は嫌な予感がして、兎に角『ヤバイ』ということをなるべく頭で考えないことにした。
 そうしないと・・・だって、本当に困るから。
「世の中は広いという事だよ雨ちゃん・・・ あの覚醒者、見た目は穏やかそうな好青年だったんだけどね、凄くアレの製作者の事を根掘り葉掘り聞いてきて・・・ 厄介そうだったから、僕が作っておいたことにしておいたけど、多分嘘だと気付いているだろうね。多分・・・ しつこく通ってくる予感がするんだ。雨ちゃんが毎日ここに通っているのは・・・危ないかもしれない」
「え!! 私オーラのプロテクトも得意ですけど!!」
 やっぱり、嫌な予感は的中していて、どうやら、私が望まない方向にどんどん転がっていっている。
 そっちの方へ話を持っていきたくないけれど、チムさんの顔はとても真剣で、私の言葉は素通りしていく。
 チムさん、そうしたら私色々本当に困るんですってば!!
「だから、それを全く受け付けない輩も居るんだよ。君の・・・本来の『力』。それは、今の世では誰にも知られてはいけない力だ・・・ 危険が迫っているなら、僕はそれから君を遠ざけなきゃいけない。・・・ズグウの頼みでもあるし・・・」
「自分の身を守る術は心得ています!! ですからここに置いてください・・・!!」
「いやあのね、雨ちゃん。君が本気で身を守る時は全て・・・明るみになってしまうよ。今はレア様もお隠れになって久しい・・・ 僕はズグウとの約束を守らなくてはいけない。ここへは、もう、暫くの間来ないほうがいい・・・」
「そんな・・・!!」
 お父さんが信頼してチムさんに私の事を色々頼んでくれていたのは知っている。
 でもこんな些細な事で、何でチムさんのところに通うのをやめなきゃいけないの・・・
 バイトなくなったら、お兄ちゃんへの言い訳が立たなくなる。
 バイトなくなったら、近くの食堂の賄いのお裾分けも戴けなくなっちゃう。
 チムさんに教わって、防具作って、明に一着あげたかったのに。
 多分、明のことだから、めっちゃくちゃ嫌がるだろうけど、それはそれで面白そうだったのに。
 チムさんの立派な髭とか凄く好きだったのに・・・
 哀しい。
「じゃあ、暫くお休みします・・・ また、ほとぼりが冷めた頃に来てもいいですか?」
 意を決して言った。
 これはどうしようもない事。
 ばれなきゃ良いと思っていたけど、ばれたとあっちゃ、身を隠すしかない・・・
「それは勿論。それに、売れたアレのお金も渡しておかないとね。はい、これ」
 チムさんは金貨を10枚も私に渡した。
 え・・・これ、10万リル!!! た、大金!!!
「こんな大金戴けませんっ!!!」
「いやいや、僕も売るつもりは全くなかったから、吹っかけるつもりでこの額を言ったら即金だったものだから・・・ 引っ込みがつかなくて渡してしまったんだ。僕の落ち度でもある。貰ってくれ」
「いいえっ、私、ここに置いてもらってるだけでもとても助かっていたのですから、半分貰っておいて下さい!!」
「そういうわけにはいかないよ。これだけあれば色々助かるだろう? 零央君も」
「う。でも、私、このお金の説明お兄ちゃんに上手に話す自信ありません・・・」
「僕から暇を出されたとお言い」
「えええーーー!!! 粗相をしたみたいじゃないですかっ」
「このお金を見て粗相をしたとは思わないよ」
「でも・・・ でもチムさん、私・・・!! まだ色々教わりたかったし、今までの恩を全然お返しできていないのに・・・!!」
「君は若いのだし、僕も一応覚醒者の端くれだからね。今慌てて返してくれなくてもいいし、後でいつかまた教えてあげられるさ。兎に角今は、ここへ通う君に危険が迫っているんだよ。わかるね?」
 チムさんは聞き分けのない私を優しく諭すように言う。
 ・・・わかってる。
 私が何を言っても多分、チムさんは折れないこと。
 でも、それでも沢山のものを貰って、私はチムさんに何一つ返せなくて、しかも、その嗅ぎ回っている覚醒者のことまで、チムさんは一手に引き受けると言ってくれる。
 それに甘えてしまう自分がとても嫌なのだ。
 でも結局、今の私に何一つ出来る事はない。
「・・・わかりました・・・ その、覚醒者が諦めた頃、連絡くださいね!! またお手伝いに伺いますから!!」
「勿論。最近、とても評判良くなったんだよ、雨ちゃんの接客のお陰で。また売り子、是非頼むよ」
「はい!! では、お元気で!」
「うん」
 私は努めて明るく言った。
 あああー、どうしようこれから、昼ごはん。
 思いもよらない所から色々なものが綻びる事。
 私は世界を凄く甘く見ていたということを嫌というほどこれから思い知ることになるのをまだ全然自覚していなかった。

2008/04/13 up

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小声で編集後記のコーナー。
物凄く難産でした。
やはり初回は緊張しますよね、新キャラだし、どうやってキャラを立てるかということを考えたりすると・・・
つか、まだ全然キャラ立っているような気もしませんね、これでは(苦笑)。
雨サイドも何気に長いので、気長にお付き合いくださいませ。
余談ですが、雨は、前に書いていたこれの前身のような趣味でノートに書きなぐっていた小説では、『憐』という名前でした。
ただ、『憐』という響きは好きだったんですが、文字の意味は『憐れむ』という意味なので、どうなのかなあとずっと思っていたので、この際なので響きだけは手放さずに、それでも少し冷たいイメージのある『雨』という文字を当てて『レイン』と読ませることにしました。
まあ、綺麗にまとまったので名前はこれで良いかと。
出来る限り女の子は可愛くしたいんですが、この子も何気にツンデレの気配が漂っています・・・
ツンデレそんなに好きか、私(苦笑)。