注:18禁。性描写あり。



幕間T



 その二つの陰は、狭く暗い部屋の中で重なり合っていた。
 外はまだ明るい。
 だが二人は、その日光すら感じない、暗い部屋の中でお互いを確認しあっていた。
 乱れているのは女一人。
 男は一切衣類の乱れはなく、女一人が服をはだけさせ、上気した頬で男の首に縋りつき、深く男の唇を貪っていた。
 男は漠然と思う。
 意外だった。清楚な外見とは違い、女は純潔ではないのだな、と。
 女は未だに幼さを残す十代後半のようだが、情欲を深く覗かせるその姿は既に妖艶でもあった。
 一瞬、かちゃりと音が鳴る。
「ねえ、眼鏡、外して・・・」
 女は、重ねた唇を離し、自分の邪魔をした眼鏡を男から取り上げた。
 男は、仕方ないなというように小さく笑って、短く一度だけ自分から女の唇に触れた。
 女は息を呑む。
 ただ、彼は黙って立っているだけでも充分彼女の魂を揺さぶるほどに美しく、彼もまた、自分のその容姿を熟知しているかのようで。
 彼が『その気』になったとき、どれほど自分は狂ってしまうのか、想像するだけでも彼女は己を見失いそうになるのだ。
 容姿も然る事ながら、男からは得体の知れない色気を感じる。
 女は、今、何故こうしてこの男と二人でこういう状況にあるのか、そんなことにはもう興味を失ってしまっていた。
 ただ、彼が欲しかった。
 彼のことは知っている。
 淡い恋心を抱きながら、遠くから見つめるばかりだったのに。
 今こうして、彼が目の前にいて、こういう状況にある今、彼女が望むことは唯一つ、彼の体を全て受け入れたいという、欲しかなかった。
 首に縋りついて離れようとはせず、自分の眼鏡を取り上げて直で自分の瞳を覗き込む女の情に根負けしたように、男はふっと笑みを零した。
 男が女にキスを落とす。
 それは短く、女の欲を満たすどころか、余計に女の情を煽る。
「もっと欲しい」
 潤む瞳で強請られて、男は再び苦笑した。
「ここで・・・?」
 周りは薬品棚と、粗末なオフィスデスクしかない味気ない狭い部屋。
 薬品というデリケートなものを扱う為か、日光を遮る為にブラインドは下まで下ろされていて、日中だというのに部屋の中は暗い。
 女はオフィスデスクに腰掛けて男の首にぶら下がる格好になっている。
「だって、ここでしか貴方と二人きりにはなれないんだもん・・・」
「誰かに見られたら俺はクビだな・・・」
「大丈夫・・・ さっき、鍵閉めてきたの・・・」
 女は、ちらと自分が入ってきた引き戸の方を見た。
 本当は、鍵などかかってはいない。
 だけどそう言わないと、この男は自分から離れて行ってしまうという気がして、女は嘘を吐いていた。
 廊下には雑多な音が行き交っている。
 流石にそれを無視することは出来ないが、彼が自分を抱けない理由が『誰かに見られたら困る』という程度のものなら、見られないようにお膳立てをすれば、彼は抱いてくれるのだと女は思っていた。
 このスリルの中で、彼とこうして抱き合う事だけでも、彼女の気持ちは高揚して止まらない。
「時間がないから、お願い・・・ はやく、ちょうだい・・・」
 もう待てなかった。
 男は女に何もしなくても、女は勝手に高まっていく。
 その様子を心の中で冷ややかに見下ろしながら、男は再び笑顔を宿し、女の乱れた服の上から女の乳房に軽く触れた。
「あ・・・っ・・・」
 女は少しだけ体を男から離した。
 そこへ、今度は男が女と体を密着させる為に女に近付き、耳元で囁く。
「声を出すな。欲しければな・・・」
 女は、熱い吐息と共に吐かれたその言葉を理解しようと男の顔を見た。
 それすら許されないように、男は女の唇を塞ぐ。
「んんっ・・・」
 体が痺れる。
 違う。
 待ち望んでいたから、体の力が全て抜けてしまうのだと、女は意識の奥の方で客観的にそう思った。
 初めてじゃないのに、初めてだった。
 こんなに体を自分から求めて、接吻で感じて、触れられただけでも体が痺れてしまうような感覚を、女は初めて味わっていた。
 好き、って、こういうことなんだ・・・
 女にはちゃんとカレシというのがいた。
 そのカレシの事を好きでいるつもりだったし、行為の時にだってカレシは愛してくれたし愛していた。
 あれは何だったのだろう。
 ・・・子供のお遊び?
 今目の前にいる男は、自分より一回りも年上で、女の扱いなんか熟知しているに違いない。
 だからこんなに感じるのかな?
 そう思ったら少しだけ嫉妬心が沸き起こる。
 目を奪われる美しい容姿の為か、男の良くない噂も女は知っていた。
 今こうしているこの瞬間だけは、この人を独占できるのは私だけ。
 そういう意識が、女を積極的にさせた。
 重ねあう唇を少しだけ開けて、男の舌を探り当てる。
 少しだけ触れて、引っ込めてみても男は誘いに簡単に乗ってはこない。
 その代わりに、男は服の上から探っていた手を服の中に忍ばせて、女の固くなった頂に、指先だけで軽く触れた。
「あ、あんっ」
 触れられて背筋に疼きが走って、女は堪らず男から唇を離して仰け反る。
 彼は今私だけのもの。
 これからも、彼のことが欲しい。
 だから、誰か気付けばいい。彼が、私の虜になっていることを。
 後先の事など何も考えず、女は浅はかにそう思った。
 勿論、男にはその魂胆も読めていた。
 残念ながら、この部屋に今誰か踏み込んでくることはないよ。
 例えどんなに大声を出しても、悲鳴を出してもね・・・
 男のそれは確信だった。
 鍵などかけなくても、自分を隠す方法などいくらでもある。
 気配を消す事など訳もないし、今、廊下に行きかう人々が、万が一にでもこの部屋に気付く事はない。
 だが、女の情の激しさも無視は出来なかった。
 いつもは澄ました顔の優等生の彼女が、これほど乱れるとは思わなかった。
 ほんの少しの誘いに、こうも食いついてくるほど俺に気があったとはね・・・
 仕方ない、こちらも望むものを得ようとしている立場、彼女の欲求を満たすのに手助けするしかないか・・・
 男は観念した。
 男が望んでいたのは彼女との行為ではない。
 女の体が熱くなっているにも拘らず、男は未だに体の反応はない。
 遠くで雷の音が地響きのように唸りを上げた。
 晴天だったはずの空が、ほんの短い間で曇っているのか、ブラインドを下ろした部屋は一層暗くなっている。
 頃合か・・・
 彼が来る。
 その時だけ、男の心は狂おしいほどの喜びに満ちた。
 さて、時間もない。さっさと済ませるか・・・
 自分の体を支える事も既にままならないのか、女はデスクの上に完全に座る形になっていた。
 男は女の膝を持ち上げた。
 プリーツスカートが捲れ上がって、女の薄い布が露になる。
「や・・・っ」
 女は男の胸に縋り、羞恥に頬を染める。
 望んではいても、こんなに自分の感情が露になるのは恥ずかしい。
 自分でもよくわかっている。
 渇望するあまり、薄い布は濡れてしまっているのだ。
 その敏感な所を布の上から指で探られ、女は息を止める。
「ごめん、本番まで俺のテンション上げる時間がないから・・・」
「え・・・?」
 男の手は薄い布の中へ滑り込んだ。
「あ、ああっ」
 直に敏感な部分を触れられ、女は体を戦慄かせる。
「指で許して」
 言って、男は女の体深くに指を埋めた。
「んぁ、あああっ、いやぁ、貴方の・・・っ」
 女はその手を制して、男の体の中心を求めているのだと強く訴えた。
 体は弛緩しきっているのに、女の体の中心は彼の指を離したくないのか強く締め上げる。
 男は深く沈めた指を引き抜く。
 女は小さく安堵の溜息を零したが、次の瞬間には再び息を忘れて仰け反っていた。
 男の長い指が1本増え、的確に一番弱い所を探られたからだ。
 女は、不本意にも自分がこれで満足しつつある事に気付く。
 嫌だ、これで満足なんて出来ない、私はこの人を受け入れたい・・・
 そう思って、男の顔を見ようとした。
 金の光が二つ、自分を捉えているのが見えた。
 それが、男の瞳だと気付くのに女は数瞬を要した。
 男の瞳は、いつもは漆黒だったから。
 その瞳が近付いてくるのを、他人事のように見つめながら、女は官能の淵に堕ちる。
 夢を見ているような気さえしていた。
 男の瞳は金に輝いているのに、女にはそれさえ美しく、自分が彼に酔いすぎている為変な幻想を見ているのだと思う。
 男は指を出し入れさせ、彼女の思考力を完全に奪ってから、仰け反り露になった女の首筋に舌を這わせた。
 女は自分から腰を振る。
 もう、彼の体の中心が欲しいという欲求すらどうでも良くなっていた。
 男が自分を満たしてくれるという喜びを、既に体で感じられたから。
 頭の奥まで痺れるような感覚に、これが本当の頂なのだと思いながら、どんどんそれにのめり込んで行った。
 淫らな女だと思われてもいい。
 こんなにも感じてしまうなんて・・・
 男の指の動きと共に水音がする。
 その音を遠くで聞きながら、女はすぐ耳元でざくっという生々しい音を聞いた。
「あ、なに・・・?」
 聞きなれない音に女は少しだけ我に返った。
 ちくりと首が痛む。
 どくん、どくんと心臓が早鐘を打つ。
 それが自分のものなのか、男のものなのか判らない程に近く感じた時、女はまた電撃でも浴びたような鋭い感覚に襲われた。
 こくん、こくんという、心音に似た音が男の喉から発せられている。
 ひくひくと痙攣する彼女の中心は、既に限界値に達しつつあり、男の指を離すまいと締め付けを強くした。
 ぬるりとした液体が、男の吸い付く首筋から流れ落ち、その熱い液体が滑り落ちた箇所が燃えるように熱い事さえ、彼女を高みへ押し上げた。
 零れ落ちるその液体は・・・赤い。
 彼女の頭の中も赤い霧で埋め尽くされた。
 その時女は、自分は彼の体の一部になるのだという喜びを感じたのだった。
「んっ、あああ・・・っ!!!」
 絶頂と共に、女は弛緩して後ろに倒れ掛かる。
「おっと・・・」
 男は女から唇を離して指を引き抜き、女の体を支えた。
 小さく開いた女の首筋の穴から、紅い筋が流れ落ちる。
 女は既に生気を失った瞳で、男を見ていた。
 男は首筋から胸にかかる紅い軌跡を舌でなぞる。
 名残惜しそうにもう一度首筋の穴に接吻けると、穴は跡形もなく消えていった。
 薬品棚のガラスに映る自分を見た男は、自分の口が紅く染まっているのを確認して舌なめずりをして、もう一度唾液と共に飲み下す。
 先ほど取り上げられた眼鏡をかけなおし、デスクの引き出しからティッシュを取り出し、女の蜜で濡れた手と、溢れた蜜で輝くデスクを無造作に拭い、近くにあった屑籠に放り込む。
 力なくただ座り込む女の下着を元通りにし、乱れた衣服も元に戻し、男は女の腕を取って自力で床に立たせたとき、『時間切れ』の音が鳴り響く。
「ご馳走様」
 男はそう言って女の腕から手を離し、パンと一つ大きく手を打った。
 瞬間、女はびくりと体を震わせ、瞳に生気を戻す。
「あ、あれっ、私・・・」
 女は、俄かに混乱した。
 私、どうしてここにいるんだろう・・・?
「有難う、準備室の掃除を手伝ってもらって」
「え・・・あ、はい・・・」
 何を言われたのかよくわからない。
 でも、今この時間、私は・・・何をしていたのだろう。
 ・・・そう、この人に、手伝って欲しいといわれて・・・
 棚の整理をしたり、床拭きをしたり・・・ したんだよ、ね・・・?
 何か頭の奥の方で違和感があったのだが、女にはそこまで突き詰めて考えられるほど時間が残されていなかった。
 時計を見たら五分前の合図が終わった所だった。
 急いで戻らなくては、次の準備に間に合わない。
「あ、あの、私、失礼します!!」
「うん、ご苦労様」
 男の見送る声を聞いて、女は慌てて部屋を飛び出す。
 見送る男の顔が、いつものように壇上で美しく微笑む姿と全く同じで、女は頬を赤らめる。
 昼休みはもう終わる。
 廊下にはもう人もまばらで、早く戻らないと遅刻扱いにされてしまう。
 それにしても・・・ 私ったら、何で・・・
 何だか体の奥が熱い・・・
 あの人の事、ずっと気にはなってたけど・・・
 掃除中、二人きりだからって、何を一人で私は盛り上がっていたんだろう・・・?
 恥ずかしくて自分が嫌になった。
 準備室、・・・私の女の匂いが残ってたりしないよね・・・
 こんな事、カレシに知られたらただじゃ済まない・・・
 カレシ以外の男の事を強く思って、しかも妄想でこんなに私は・・・
 女は、すっかり先ほどの秘密の逢瀬の記憶をすっぽり別の記憶で塗り替えられていたのだった。
 男との間に何があったのかは、もう、女の記憶には残っていなかった。
 それでも、頭の芯の方にある甘い疼きは消えず、体の火照りも未だに名残として残っている事から意識を逸らす事も出来ず、自分が何を想像して一人盛り上がっていたのかと思うと恥ずかしくて二度と男の顔をまともには見れないと思った。
 一方、男の方は、ブラインドを開け、曇天の空を見上げる。
 待っていたよ。
 どんなに待ち焦がれたか・・・
 これで何度目の逢瀬になるのか・・・
 男は思いを馳せる。
 天から転げ落ちる、嵐を伴う勇者を思い、ただ、男は声も出さずに笑った。

2008/03/24 up

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小声で編集後記のコーナー。
誰? と思われたかもしれませんが、まあそれは追々後でわかってくるかと思います。重要なのは『男』であって、女の方はほぼ行きずり相手状態。酷い奴だねー。ま、彼の正体に関しましては気長に待ってやって下さい。そのうち、あ、これかな?ってのが出ます。そ、そのうちね・・・(遠い目)
終わり間際どう切っていいのかわからなかったからテキトーになりました(オイコラ)。
この『男』は、多分鬼畜なのだと思うのですが、思ったほど今回は鬼畜じゃありませんでした。残念(何が)。
出来ればもっと頑張って欲しかったんですがホレ、なんせ彼ら、時間なかったからさー。
で、これがどういう状況下だったのかも後でわかるかと思われます。
次からは新章。また新キャラな上、総入れ替えであります(苦笑)。
そして何故か幕間だけ三人称。
作者が如何に迷走しているかという・・・