第一章  

XI

 何つーか、疲れているというのは恐ろしいもので、何と、俺はこの日、寝坊したのだった。
 とりあえず起きたら既に午前7時半、いつもは午前6時には起きているので実質一時間半の寝坊。
 あ、在り得ねーだろ!!!
 つーか、俺が起きなかったら誰か起こしに来いよ、今日なんだろ、決行日!!!
 大慌てで起き出そうとしたらファイを踏ん付けてしまい、こちらも爆睡だった為、全く手加減なしでもう一度寝惚けたファイから念動波を叩きつけられる羽目になった。
 ・・・昨日のより、俺の心の準備がなかった分、割と痛かったのはファイには内緒だ・・・
 ファイはそのことで機嫌を損ねたのではなく、恐らく、自分が寝ている間に行ってしまえと思っていたらしく、昨日散々別れを惜しんだ後にまだグダグダと準備をしていた俺の様子に苛立ったようだった。
 ・・・そうだなぁ、まあ、そうだろうなあ・・・
 少し自己嫌悪。
 ああ、俺、昨日やっぱりパニクっていたんだなぁ、と、その時初めて実感した。
 俺ときたら、何を持っていくかとかそういう事も何も考えてなかったのだ。
 身一つで生きてきたから全然気付かなかったと言うのはあるんだが、兎に角何が優先だったのかというと、これからの人間界での生活面のことよりも、マスターとしてファイの傍にはいられないことの方が重要だったのだ。
 で、顔を洗ったり歯を磨いたり飯食ったり着替えたり・・・ とか、しているうちに、はたと思い出す。
 午前の勉強でしっかり知識だけは叩き込まれたけど、人間界って、ある程度の分別のついたこっちの天聖人が身一つで転がり込んで、そんなに簡単に過ごせる場所じゃないよな?
 いやいや、天聖界がユルイ世界だなんて言ってない。
 秩序もあるようでないようなもんだし(貧民区はな)、でもそれでも俺はここで生きてはいけていたのだけれども、こっちとは根本的な概念すら違い、俺は多分人間界では『学生』でなくてはならない年齢。
 と言うか、先ず衣食住!!
 食も住もとりあえず当面澄香の金に頼って『ほてる』任せにせよ、服!!!
 と思って、身支度済ませた後、大慌てで自室に戻り、ずた袋に入るだけ着替えを入れて、玄関に袋を背負って行ったら全員が待っていた。
 同時に起きた筈のファイまで見送りに来たのかちょこんと弾の横で弾と手を繋いで待っていた。
 女の子なのに俺より身支度早いのね。
 まあ、出かけるわけじゃないからファイは毎日の支度と同じなわけだけど。
 ほんの少し皆機嫌が悪かった。
 そりゃそうだ・・・ 多分、俺が寝坊さえしなければ、一時間は早く出立できていたわけだし・・・
 本当に申し訳ない、と思いつつも、面倒だからここは笑顔でやり過ごす。
「やあ!! 今日は晴天で、絶好の『門攻略』日和だね★」
 わざとだったんだが俺の笑顔の大安売りは通じなかった。
「えーと、あえて言わせて貰うけど」
 弾が朗らかに笑顔で返す。
「最低」
 言った瞬間の弾の目の冷たさったらなかった。
 ・・・ぐふっ。一番効くっての、弾に言われると・・・
「いや、本当にすまん・・・
 何だか色々起き過ぎて、少ない脳味噌のキャパを超えて物凄く精神的に疲れたらしく、現実逃避で夢も見ずに大爆睡していました・・・」
 と、俺が素直に言うと、カイが噴き出す。
「凄いよね。精神的に興奮もあっただろうに、ここでこう、大爆睡、出来ちゃう所が伸太郎は大物だなあ。普通は眠れなくなったりするけどね」
「そうかな?」
 ・・・ファイは俺より先に寝て、俺より後に起きたけど。
 ちらとファイを見たら、ファイはつんと横を向いた。
 何お前まで一緒にこのことで怒ってんの。
「少なくとも、ここに居る者の中で、爆睡出来てんのはお前とファイとあと一人だけだぜ」
 デルタが笑いを噛み殺して言った。
 言われて、俺は即座に澄香を見た。
「・・・何故」
 澄香は俺の不躾な視線を受けて不愉快さを露にする。
 あ、やっぱ当たってた。
 いや、図太い神経と言うよりは逆に、昨日術を使って一番休息が必要なのは澄香なんだろうと思っただけなんだが、話の流れで『図太い=爆睡』の図式が出来上がっていた為澄香は心外に思ったようだ。
 まあ、図太そうだけどな、確かに。
 ファイに至っては幼いからだと思っているし。
「それは兎も角、お前、その袋は何だ?」
 澄香が俺が背負っている袋を訝しそうに見ている。
「これ? 一週間分の着替え。下着7セットとぱじゃまと普段着7セット。コーディネイトで着まわし出来ます!!」
 ・・・あれ?
 結構力を入れて言ったんだが、全員ノーリアクション。
 つか、今気付いた。
 何故に、俺と一緒に行動する筈の澄香や弾が手ぶらなんだろうか。
 俺が、沈黙に逆に混乱しているとぷぷっとオメガが急に噴いた。
 何だよオメガ、その珍しい反応はっ。
「いやあ、混乱するんですねえ、伸太郎も・・・ 面白いものを見ました」
 以前のように肩を震わせて、爆笑こそしないものの、笑いで涙が出たのか眼鏡を外して目を拭う。
 え、なにそれ。俺何か面白い事してるのか?
「混乱と言うのとは違うな・・・ 必要ないかと思って私もカイも伸太郎に言っていなかっただけだ。結局は伸太郎には実現不可能なわけだから、良く考えればこれは冷静な行動ともいえるが」
 澄香が冷ややかな視線を俺に送りつつ、やはり何か面白いのか口許だけに笑みが宿る。
 その意地の悪い顔、やめろっての。
 プサイ姐さんは、澄香に化けた同じ顔で優しい笑みを宿して、言った。
「意地の悪い事を仰らないで下さい。その所為で伸太郎は無駄な行動を起こしてしまったわけなのですから」
 ・・・姐さん、何、その、『無駄な行動』って。
 何気に笑顔で酷い事言うね。
 今更だけど、どうやら姐さんの変身能力は一度使うとそのまま維持されるらしい。
 それで、三カ月の期限なのか。
 多分溜めに溜めた力の放出が一度途切れると、それで全部リセットされるから変身後は暫くあの姿のままなのかと、妙に納得して見ていた。
「皆酷いよ。ちゃんと説明しておかないから、伸太郎だってこういう変な行動に出ちゃうんじゃないか」
 見かねて弾が抗議した。
 そういう弾も、『変な行動』とか、失礼なことを口走ってますけど。
 大体俺は荷物を持って出てきただけなのに、何でここまで言われなきゃならんのだ。
「あのさ、不憫だからはっきり教えてやりゃあいんじゃね? 大体あんなモン背負って行ったって、方々から攻撃加えられりゃ無意味だろ」
 デルタまでが人を『不憫』とか言い出した。
 お前らホントムカツク。
 何なんだよ、その奥歯に物の挟まったような言い方はっ。
 俺を『可哀想な子』を見るような目で生暖かく見るんじゃねえよっ。
「伸太郎、ごめん、説明してなかった」
 カイが顔の前で手を合わせて言う。
「伸太郎がもし『門破壊』に成功すればね、異界間の結界に『歪(ひずみ)』を作ることに成功するんだ。例え小さな穴でも、そこを通れば結界のすり抜けが誰でも可能になる。だから、僕のように『結界無効』の転移能力を使わなくても、瞬間移動さえ出来れば、座標を絞れるから簡単にこっちに戻って来る事が出来る。それを使って、澄香様や弾は後で荷物を取りに戻れる訳。だから荷物の心配はしなくて良いんだ」
「えええ!!」
 この為に10分ロスしたのに。
「ちなみに、僕はあらかじめ向こうの事がわかっているから、拠点も抑えてあるし、ある程度の荷物はそこにぶち込んであって、好みの問題は置いておいて、伸太郎の下着普段着パジャマ歯ブラシシャンプーリンスその他諸々、適当に用意しておいてあるから。衣食住の件に関しても、澄香様を一度現地に案内しているからそっちのフォローも万全なんだよ。僕達を甘く見てもらっては困るな」
「早く言えよ!!」
「言おうと思ってたってば。でも昨日、めんどくさそうにすぐ寝ちゃったじゃないか。てか、それに伸太郎は能力の関係上、こっちに戻るのに澄香様や弾の転移能力に頼らなきゃいけないし、まあ言わなくても成立するでしょ。文句ある?」
「・・・・・・」
 ひ、酷い。
 どうせ俺は瞬間移動さえ出来ねえ無能男ですよ・・・
 何か物凄い脱力した。
 どさ、と袋を力任せに二階の階段上まで放り投げた。
 ムカつく。ムカつくから、これは子供じみたただの八つ当たりだとは自覚しつつ。
 どうしても収まらなかった。
 一言起こしに来て、一言言ってくれりゃー俺だって無駄な行動しねーよ!!
 甘ったれている考えがどうしても頭にあるのは、悔しいけどこれが仲間だと思っているからでもあるのに、そういうこと一言も言ってもらえないのは辛い。
「後で片しといて」
 俺が言うと、ファイが弾と繋いでいた手を離してとたとたと階段を駆け上がる。
 縛り口が甘かったのか、放り投げた袋の中から色々なものが飛び散っていて、ファイはそれを一つ一つ拾い上げていた。
 ・・・俺はその様子を黙って見ていたのだが、全員の視線がちくちくと背中に突き刺さって痛すぎて、振り返ることも出来なくなり、結局ファイのところまで行き、とっ散らかった自分の服を、放り投げてひしゃげた袋にもう一度詰める。
 雑に入れたから、放り投げた時に下着まで散らかっていた。
 ファイは恥ずかしいからなのか、普段着だけを拾い上げていて、俺が傍に行くと上目遣いで俺を見た後、くすっとまるで澄香のような意地の悪い顔を宿した後に、ばさっと持っていたものを放り投げて再び階段下まで降りて行った。
 ・・・確信犯。
 お前ら・・・!!
 わざと、俺には聞こえない『念話』でファイにこれをやらせたな・・・!! 俺が放っておけないと知っていて・・・!!!
 嵌められたとわかって、ぎろと階下の全員を見た。
 瞬間、大爆笑が起きる。
 ・・・。
 もう、いいです・・・ どうせ俺はお前らのおもちゃですよ畜生。
 とりあえず自分で散らかした服を袋に戻して、そのままそこに袋を置いてとぼとぼと階下に下りる。
「いやいや、暫く見れんからな。お前の変な子ちゃんなトコ。堪能したわ」
 デルタが笑いながら俺の背中をバシバシ叩く。
 ・・・なにその『変な子ちゃん』って・・・ 痛い人みたいに言わんで下さい。
 俺としてはかなり正常な思考回路なのに、何でここまで虚仮にされなきゃいけないのか。
 オメガはもう笑いの淵から浮上したのか、外していた眼鏡を戻して、右から零れ落ちた髪を耳にかけながら口を開く。
「まあこのくらいで許してあげましょう。面白かったですから。これで寝坊の事は忘れてあげましょう」
 ・・・あ、そうだっけ・・・
 最初に皆の士気を下げたの俺だった・・・
 これは皆のささやかな仕返しだったのだ。
 そういうことならいちいち目くじらを立てるよりも吹っ切った方が俺もすっきりする。
 こういうことは引っ張っても仕方がないし、第一大事なことの前の俺のミスを笑って許してくれると言うのだから、俺の方がそれに乗ってしまう方が楽だという事に漸く気付いた。
「えええ、そんな事言うんだったら起こしてくれたら良かったじゃん」
 それでも、少しの不平不満は零さずにはいられなかったが、それはあっさり返された。
「あのね、それは自己責任だし、いつも誰より先に起きてこっそり筋トレしている伸太郎が寝坊するなんて誰も思ってなかったし、それに・・・」
 言って、あ、と小さく息を吐いて、カイが沈黙する。
 ? なんだ? この間。
 誰もあとを引き継いで口に出さないので、カイが仕方なくもう一度口を開く。
「一応伸太郎の部屋にも顔出したけど、いないんだもん。散々探して、残ったのはファイの部屋のみ。・・・ねえ、踏み込めないでしょこれは」
「何で」
「別れを惜しんで何かやってたら邪魔になるということで。まさか本気で爆睡とは思っていなかったんだけど」
「・・・極端な思考回路をお持ちですねぇ、皆様・・・」
 つまり、俺がファイに何かをしていたらという想像が働いたようだ。
 どんだけ飢えてるイメージなんだ俺は。
 確かに覚醒者の長寿の皆様と違って、現在年齢だけは『思春期』ですけどもね。
 例え飢えてたとしても、こう言っちゃ何だが、ファイではない相手を選ぶ。ファイはまだ、幼い、って言うのがどうしても俺の頭を堅くする。
 ・・・てか、大体、飢えていません。はっきり言いたい・・・
 言いたいけどその手のシモネタをファイの前で言う気にもならないし、ファイは昨日の様子を見る限り、俺がそれを望んだら受け入れてしまうだろうという気もするから強く否定も出来なかった。
「それは伸太郎には言われたくないぜ。大体何で服ばっかり持っていこうと思ったんだよ」
「え? だってこっちの服装であっち行ったら『異界人』と思われるより先に『こすぷれ』って思われるのを回避しようかと。面白そうだけど最初の印象から浮くのは嫌だし」
「・・・何の話だ・・・」
 デルタが呆れて溜息をついており、その会話を聞いて澄香がまたふっと口許に笑みを灯す。
「そんなに服が欲しいなら一着、用意してあるんだが」
 そう言って空間より呼び寄せた服を俺に渡そうとする。
 それは薄っぺらい白い布だった。
 ・・・澄香が何かを渡す時は大概いつも怪しい物体が多いので、俺はそれを素直に手に取るのを躊躇った。
「・・・どうした、要らないのか?」
「澄香が見返りなしでモノを渡す時は俺的に警戒信号なわけ」
「これはそういう類のものではない。恐らく伸太郎を守ってくれる防具になってくれる」
「何その推量な言い方。ますます怪しいっての。そんな薄っぺらい布に一体どんな防御力があるってんだよ」
「まあ、騙されたと思って」
 澄香は有無を言わさず俺の手にその布を押し込んだ。
 !!!!!!
 な、なんだ、これ・・・っ。
 熱い、電撃のような・・・
 それでいて、暖かいような・・・
 何か得体の知れないものが、体を駆け巡ったような気がした。
 それは、女王の毒が回ったのと逆の感じだった。
 癒しの術を浴びたような感覚と、体中を優しく暖かいものが包むような感覚と、攻撃的な電撃を同時に受けたような、表現しがたい感覚。
 ・・・き、気持ち、悪っ。
「い、いいい、いい、い、いら、ない、コレ」
 腕を直で伸ばして体から離そうとして澄香に突っ返すが、澄香は意外にあっさりとそれを受けた。
 俺が伸ばす手に握られたその布を掴む。
「どうした、離せ」
「は?」
「要らぬならやらん。カイに使わせる」
「・・・」
 手が、その布を離してくれない。
 なんだ、この、得体の知れない布はっ。
「要るのか要らぬのかはっきりしろ。これは、超貴重品でカイが自腹で10万で買ってきたんだぞ」
「10万!!??」
「自腹じゃないですけどね!! 領収書後で上に回しますけど!!」
 こんなぺらい布が10万もするってのが・・・解せない。
 解せないんだけどこの魔力・・・っ、俺の意思と関係なく、俺はこれを体で手放したくないと訴えているようだ。
 俺はそれを振り払うように腕を振ってみるんだが、力を込めて握っているのも自分の頭でわかっているので手から滑り落ちはしない。
 その様子を全員が失笑しながら見ている。
「・・・コントか?」
「ちげーよ、マジだ!! 何なんだよこの呪いの服はっ!!」
「呪いはかかってない。いや、呪い・・・なのかもしれんな、伸太郎に対してのみだが」
 澄香が思わせぶりな口調で笑う。
 オメガだけが笑っておらず、俺の傍につかつかと寄ってきて、急に昨日女王に噛まれてガーゼを当てられているところのテープを勢い良く引っぺがした。
「あたっ」
「・・・傷が塞がってる・・・」
「何だと?」
 澄香が驚いた声を出した。
「あの傷は頚動脈のすぐ手前までかかる傷・・・ 例え傷の治りが常人より早い伸太郎でも完治に三日はかかります。それが・・・」
「・・・誰にでもそうなのか?」
「いえ・・・今、伸太郎が触れていた間にどうやら何か発動したようで・・・その後、波動が少し弱くなりました。ああ、でも、穴は残ってしまうようですね・・・『徴』か」
 オメガがそう言ったのを聞いて、俺はやはりそんな不気味な物体は要らないと思って、右手にあるその布を引っぺがすのに左手で指を1本1本剥がしにかかっていた。
 何故こんなにも俺の体は昨日から自由にならないんだ、皆あのクソババア(女王)の所為だ。くそう。
 やっと剥がれた指の隙間から、薄い布は床にふぁさっと力なく落ちる。
 あああ・・・ お、お、落とした・・・
 何だか良くわからないんだが、物凄い罪悪感で満たされる。
 でも誰かに俺の表情の変化を見られるのが嫌で、しれっとして平静を装って見せる。
「予想外の威力ですね・・・ しかも伸太郎には効果が顕著に現れますね」
 オメガは落ち着いた様子で床に落ちたそれを拾う。
 そして床の汚れを少し気にして軽くほろった後、俺にもう一度手渡した。
 ああああっ、無意識に受け取ってしまったあっ。
「わかっているのでしょう、伸太郎。時間もありませんから駄々をこねずに聞いて下さい。これは貴方の防御力だけでなく自己治癒能力も格段に上げてくれるようです。それに・・・伸太郎、今これを手にした後で、もう一度これを手放せと言われても離したくない筈。伸太郎の意識下の事は兎も角、本能の中でこれは危険なものではないとわかっている筈。すぐに着用を勧めます」
「・・・」
 正直凄く色々頭で思うことはある・・・つーか純粋に不気味なんだが、そういうものじゃないことは確かに・・・頭より本能でわかるってのは、納得が行く。
 優しい手触りに何故だか心を擽られるような気がするし、何か、欠けていたものが少し満ちるような・・・ そんな感覚があったのだ。
 それは素直に認めたいのだが、俺の超鈍感感知能力が、何故このタンクトップにだけ過敏に反応するのか自分でも説明できないから、どうにも『不気味』が勝ってしまう。
 逡巡の末、『時間がない』のを理由に、これ以上押し問答をしたとしても多数決で俺が負けるに決まっているし、仕方ないから諦めた。
 ああ、俺って、何故ここまで卑屈・・・
「・・・わかった。着てくる。少し待って」
「ここで着りゃあ良いだろ」
「・・・」
 デルタが隠すもんでもなかろうとそう言ったが、気持ちの問題で無理なので、ここは計算でファイを見た。
「・・・!!!」
 ファイは真っ赤になって後ろを向いた。
 凄い勢いで後ろを見たもんだから、また長い髪が風を孕んで後からファイの体に纏いつく。
 ここで裸になられるのはやはり嫌だったようで、その様子が俺の予想通りだったのでつい笑ってしまったのだけど、
「やっぱあっちで着てくるからちょっと待って」
 と断って、皆から見えないところでその怪しい布を身につけた。
 何のことはないタンクトップなんだがなあ・・・
 肌触りだって綿と変わらないし・・・
 それにしてもあの澄香達の何か含みのある感じが気になるなあ・・・
 そんなことを思いつつ、もう一度新たな気持ちで皆と合流する。
 時計はもう既に午前9時を指していた。
「さてっ、行くか!!」
「お前が仕切ンな」
「時間ねえし」
「誰の所為かな〜」
「いや、でも体力だけは大分いいぜ。昨日よりは何とかな」
「それは良かった。だがこちらも新しく欝になる情報を掴んでな。余計難しい状況となったのだ」
「? 何それ」
「昨夜、『門破壊』作戦を伝えた後、弾が単身で徹夜で偵察に行ったところ、一人『十の牙』が『門』の警護に来たようだ。多少これが厄介かも知れん・・・」
「ほほーう。早速。で、それは誰が?」
「・・・伸太郎に任せる」
「あらっ。仕事一個増えたわけね」
「出来ればこれを相手にするには時間が足りん。適当にあしらう程度に頼みたいんだが」
「結局は倒さなきゃいけない敵なんじゃねーのかよ、『十の牙』ってのは」
「今のお前ではレベルが足りん。昨日の力は私の結界と、奴らのリミッターのお陰で抑えられていると思った方がいい。今日はリミッターをつけているとは限らんし、私も結界での援護は出来ん」
「あそ・・・」
 厄介ごとが増えてんじゃねぇかよ・・・
 ・・・てーか、寧ろそっちを叩いた方が良いんじゃねーのかと思うんだが・・・
 そんなにレベル足りてねーのか俺・・・くそう。
「では、発とうか」
 澄香はそんな俺の気も知らず(多分、察しているんだろうが敢えて無視かも)、さっさと出かけようと玄関の扉を開ける。
「おう」
 俺もつられて一歩、玄関に近付く。
 気配を感じて振り返るより先に、背中にどんっと衝撃があった。
 この位置。ファイだな。
 振り返ろうとしたら、
「振り返らずに行って。と、言っていますよ」
 と、プサイ姐さんが教えてくれた。
 ・・・そんな訳にも行かないだろ・・・
 俺はもう一歩前へ出、結局振り返る。
 またぼろぼろ涙を零すファイと目が会った。
 ファイは、振り返るなと言ったのに、と機嫌を損ねたのか頬を膨らませる。
 もう一歩戻って、目線を合わせるように少し屈む。
 ファイは、俺と目線を合わせることも避け、ふいと横を向いた。
 その、膨らんだ頬を人差し指で突いたら口から「ぷう」と空気が漏れ、
「ははは!!」
 と、つい笑ったらまた怒って小さい拳でぽかぽか殴ってきた。
 一通り気の済むまでしたいようにさせると、また涙を流す。
「ファイ、行ってきます」
 言っても反応は返さず横を向いただけだった。
「笑って送り出して。帰ってくるから」
 そう言うと、ファイは一度鼻を啜ると、弱く、小さく不器用に笑顔を作って、すぐまた後ろを向いてしまった。
 そんなファイの様子を見かねてプサイ姐さんが傍に行き、優しく頭を撫でている。
 それに甘えるように、ファイは頭を姐さんの胸に押し付けた。
 ああお前・・・それ役得。
「姐さんも・・・ 元気で」
「はい。応援しておりますよ。頑張って下さい。そして、無事に・・・いつか、必ずお戻りくださいませ」
「うん」
 大人の女性ってのは凄いなあ。
 こういう時の余裕が凄い。
 澄香の格好を維持しているのに姐さんの顔が今見えた気がしたし、澄香の強い結界を引き継いで今それを維持して尚、涼しい顔で俺を送り出すのだから。
「行くぞ」
 後ろから澄香が促す。
 俺は外へ出た。
 そして、3年を過ごした家をもう一度振り返る。
 閉じる扉の隙間から、姐さんとファイが見え、ファイが一瞬だけ躊躇いがちに俺に手を振ったのが見え、そのまま無常に扉は閉じた。
 大きく息を吸う。
「行ってきます!!」
 建物に一礼して、皆の許へ行った。
 待っている人がいることが勇気になること。
 それを知ったのは、もしかしたら・・・初めてかもしれない。
 沢山後ろ髪を引かれることはあるけれども、それと決別して、俺は前へ進む。
 諦めない。へこたれない。
 明日を諦めない奴には、必ず明日はやってくる。
 そう俺に説いてくれたザイテの言葉を思い返して、胸のペンダントに触れる。
 きっと・・・大丈夫。
 全て巧くいく。
 そう、自己暗示をかけるように強く念じて、俺は全部を胸にしまって顔を上げた。
「よし、行こう!」
 良く晴れた空は青く、ただ何事もなく俺たちを見下ろす。
 清々しい光を浴びて、沈みかけた気持ちが少し浮上したのが自分でも可笑しい。
 毎日は、ただ無常に過ぎる。昨日も同じ晴天だった。
 それならきっと明日も晴れるさ。
 その明日も、またその明日も。
 そう思うことが力になり、俺を突き動かしているのを確認して、もう後ろは振り返らなかった。

2008/03/21 up

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小声で編集後記のコーナー。
お別れした後なのにもたもたしているのってまぁ、良くある話で。
しかしまぁ台詞劇で続かないなあ・・・
次回予告は幕間。
誰だかわからない人が出てきます。
主人公多いんですよ・・・(汗)
結局、門破壊シーンは後で書きますねー。
私も大概段取り悪いな(苦笑)。一応計算で順番は決まっているんだけどね、自分ほどあてにならないものはありませんね。