注:澄香視点



第一章  

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「問題山積のまま、結局ここまで来てしまったな・・・」
 結界維持の負荷から開放された体を休める為、人目も気にせずにソファに疲れた体を投げ出した。
 誰も座っていなかったソファの布は、ひんやりとしていて、少しだけ汗ばんでしまった体に心地よく感じられた。
 だが、汗ばんだ顎に、長く伸ばした髪がべたりと張り付く。
 それを鬱陶しく思いながら払いのけ、寝返りを打って体を仰向けに横たえた。
 私の様子を、カイ、デルタ、オメガ、プサイが注視しているのを感じる。
 信頼して連れて来た精鋭の自慢の部下たちだ。
 私の段取りの悪さにもしかしたら呆れているのかもしれない。
 想定していた事が、全てうまくいかなかったのは私の責任だ。
 その所為で、幼い伸太郎や弾、信頼する仲間を傷つける事態に明日は陥るかもしれない。
 戦の前の恐怖心は、何度経験しても慣れない。
 これでも全員が生き残る為の最良の方法を選んできたつもりだったが、一騎当千の猛者たちとはいえ、私の立てた明日の作戦は、狂気としか思えぬ杜撰さだった。
 自己嫌悪で仲間の顔を見ることが出来ない。
 しかし、本当に寝ているわけではないのをここにいる全員が見抜いているのもわかっている為、沈黙から逃れる為に、わざとに、軽く口を出してしまう。
「任されていた一軍を率いて来れば良かった・・・」
 いまさら実現できぬ事であると知りながら、誰かに何かを言って欲しくて呟いた。
「・・・そんな事、お優しい貴方に出来る筈がありませんよ」
 苦笑混じりに呟いたのはオメガだった。
「兵の一人も死なせたくない貴方に、数の多さでのぶつかり合いの戦争など、指揮は出来ても望むとは思えません。だから、我々4人だけを厳選してお連れになったのではないのですか?」
 痛いところを突いてくる。
 彼らでなくてはここまでは来れなかったと思う。
 大事な、腹心の部下であり、同志であり、仲間であり、もう、家族のようでもあり。
 主従関係の上で、そこまで部下と馴れ合うことはこの作戦に就くまでした事がなかった。
 その所為でか、情が湧いてしまって、彼らと共にあることに喜びさえ覚えるまでになっている。
 だからこそ、明日の作戦、誰一人失うことなく成功させなくては。
「そうだ・・・な。お前たちを信じているからこそ、私も作戦に集中することが出来る。明日、誰が倒れても、この家に残るファイは誰かの死を知ってしまうことになる。
 彼女をこれ以上傷つけないためにも、誰一人失えない。
 ・・・失敗は、許されない。
 もし、いざとなったら・・・ カイ、状況を見て、伸太郎だけでも転移で人間界に逃がしてやってくれ」
「『門の破壊』は、最優先任務じゃありませんでしたっけ?」
「ついでで良い。任務よりも部下の命の方がはるかに重い」
「またまた。そんなことを仰ってるのをあの方が知ったら、『お前はいつも甘いんだよ』とか言われちゃいますよ」
「・・・嫌なことを思い出させるな。奴と私は根本的に考え方が違うのだ」
「すみません」
 カイは、私の言葉に少し肩を竦めて見せた。
 大きくつい溜息が出た。
「大丈夫。作戦は全員無事に遂行しますよ。我々を見縊らないで下さいよ」
 デルタが私の憂鬱を払うように、わざとに声を張って言った。
 深夜なのに全くそういうことを気にしない奴だな。
 でも、デルタはデルタなりに、私の事を気遣って言ってくれているのだろう事もわかっていたから笑みが零れる。
 ・・・でも。
 心配は、作戦の事だけではない。
「・・・結局、伸太郎のことは本当に良くわからないままここまで来てしまったな・・・」
 一番の心配は、結局、伸太郎の事だった。
 ついさっき、伸太郎には自分の置かれた状況、勇者である事は告げた。
 この状況下で伝えたのは、考える時間を与えない為だ。
 だが、伸太郎は自分で思っている以上に思慮深く、あの年で異常なほどに老成している所がある。
 すんなりとは言い難いが、この事実を受け入れてしまう柔軟な思考を持ち、くじけない高潔な魂。
 しかし・・・
 気になることはあった。
「闇に葬られた過去のことですか?」
「ん・・・ 天使は兎も角、現存する『勇者』に関しては極端に情報が少ないうえ、機密情報だからな・・・ 私達が得た情報の真偽もわからない上、あれがもし本当だとしたら・・・ 伸太郎は、寧ろ、我々にとっても脅威ともなりかねん」
「暴走と・・・魔族、ですか・・・」
「オメガ、お前はどう思う・・・?」
「正直・・・ 伸太郎はどうかわかりませんが、古にシアドが暴走したというのは俄かには信じられません・・・ 破壊の限りを尽くしたなどと・・・」
「・・・だろうな」
「それに魔族というのも・・・ 天使の契約は、寧ろ神の祝福でしょう。それが作用する体で、魔族である性を発揮することは出来ないと思います。
 シアドは我々もよく知っています。神々しいまでに高潔な戦士。
 我々を一度、あの力で退けた神の兵ですよ」
「それがあるから、余計に伸太郎が同じ資質だと言うのが私の中で揺らぐのだ」
「そこはまだ年若いからかと・・・ 伸太郎は冷静ですし、暴走などという狂気を持つとはとても・・・ それに、さっきの澄香様の結界も魔属性を抑え込む為のものでしょう。それが全く効き目なしでは、伸太郎が魔族とも思えませんが・・・」
「そうなんだが・・・ 契約が済んで神族の祝福を得た者なら、魔族であってもそんなものは効かんだろう。それに、結界があいつに効かないのは、ただ単にあの鈍感さからのような気もするしな・・・」
「それは、確かに」
 オメガは苦笑した。
「しかし、結局はシアドの暴走を封じたのはやはりレアだと言うしな・・・ やはり伸太郎の主の『天使』の捜索は急務だな。引き続き頼む・・・」
「はい」
「あ!! 忘れてた!!」
 カイが不意に大声を出した。
 その声の大きさに、横たえていた体を思わず起き上げる。
「『天使』の手がかり、本当に今日見つけたんですが・・・ ちょっと問題アリでして・・・」
「そんな重大な事、何故早く言わないんだ!!」
「いえ、それが・・・ 伸太郎の前では言えないと思いまして、伸太郎に勘付かれても困るからと思ったので、機を伺っていたのですが、バタバタしていて・・・」
 カイは珍しくおろおろしている。
「何だ、その問題というのは?」
「はぁ、その、大問題でして・・・ 今この場で申し上げるのも多少はばかられると言うか・・・ 士気が落ちる位のショックな事なので・・・」
「何だ、早く言え!」
「これです」
 カイは、念動で何か物体を呼び寄せて自分の掌に握った。
 それを、大事に摘むように持ち替えて、私に手渡した。
 それは、白い布に見えた。
 何のことはない、タンクトップのような、下着である。
 手触りは綿と変わらない。少し柔らかくてふわふわしていて、所々に金色の糸が編み込まれている。
 それが何だと・・・ 言う前に、漸く気付く。
 オメガがそれを見て息を呑んだ。
「これは・・・ 天使の衣ではありませんか!!!」
「・・・ですよね。やっぱり。でもどう見てもこれ、下着にしか見えませんよね? パンツじゃなかっただけマシですけど」
「これをどこで!!???」
「王宮直営の防具商の百貨店ですよ。こんなものを売るなんて・・・ 僕はどう判断したものかわからなかったし、でも、間違いなくこの純度、天使の羽根で作られてるものに間違いないでしょう? こんなものが出回るなんて・・・ 本当に伸太郎の主は無事なんでしょうか・・・?」
「・・・」
「ほら、士気が落ちましたでしょ。ですから、澄香様を送り出してから、コッソリこっちで探ろうとも思っていたんですけど、それはそれでどうなのかと葛藤しているうちに、バタバタとさっきの女王襲撃でしょう。僕だって色々考えたんですよ」
 カイが、先ほどの私の恫喝に対する言い訳をしている。
 確かにカイの言う通り、私に限って言えば、物凄く気分は落ち込んだ。この場で一番偉そうな態度の私の表情が落ちると、確かに自然とこの場にいる者たちの士気も下がる。
 いや、こんなものが世に出るなどありえない事なのだ。
 この布は、感応能力のある者なら誰でもわかる。
 『天使』の背に具現化される羽根で出来ているのだ。
 『天使』が特殊な存在なのは、もとより有翼人である事なのだが、その背に生える羽根自体に強力な神力が宿っているからでもある。
 抜いた羽根は術の媒介に使っても作用するし、癒しを与える薬にもなり、能力増強剤にも加工でき、糸に練成して服を作ることもでき、それは常識破りの防御力を持つ。
 それゆえ、ただでさえレアしかいないと言う『天使』の羽根は、希少価値がとても高く、簡単に手に入れる事は出来ない物なのだ。
 それなのに、それが、こんな簡単な『タンクトップ』に練成されているという・・・ なんとも安上がりな様子に、どう反応してよいのかわからなくなっているのだ。
 嫌な想像ならいくらでも出来る。
 太古、魔族も神族もなかった頃、有翼人たちは、その力を望まれ、羽根を毟り取られて大量に虐殺されたという。
 もしかしたら、誰か心無い者に囚われ、羽根を生み出す為だけに生かされているとも思えるのだ。
 だがもしそうであったとしても、何故、何故タンクトップなのか。
 いくらでも強い防具になるはずなのに、何でタンクトップなのかと!!
 ・・・いや。
 悪い想像はすまい。
 そう思い、手渡された柔らかな布を見下ろした。
 レアのものは何度か見たことがある。
 だが溢れ出る波動の質が違う。何より・・・ 若く、幼さが感じられる。
 製作者は熟練した者だろう。波動の乱れはなく、恐らくこれを着た者には相当の防御力で護ってくれる事だろう。
 金色の糸が丁寧に縫いこまれている。
 この金の糸だけが少しだけ質が違っている・・・
 眼を凝らしてみると・・・
「髪の毛!!??」
「「「「ええっ!!!」」」」
 全員が一斉に驚いた声を出した。
 ・・・髪の毛まで編み込まれているとは・・・
 髪は、羽根と質も似る。だから使われたのだろうが、そこまでしてこのようなタンクトップを作ってどうしたかったんだ、作り主は。
「カイ、防具商に探りは入れたのか」
「はい、いや、うん・・・何というか、のらりくらりとかわされてしまいまして・・・ 防具職人として名高いチム・リアーデスが自ら売っているものでしたし、本人曰くは『特別練成術を使って作った』と・・・ チムが言うならそうかもしれないと思ったんですが、澄香様やオメガが見てこの反応なら、やっぱり『天使の羽根』ですよね。失敗したなあ・・・ しつこく聞いちゃったんで、僕だともう真実は語って貰えなさそうなんですよね・・・」
 カイは少し肩を落とした。
「チム・リアーデスが天使を飼っているとかそういう事はないのか?」
「ですからそれはこれから探ってみます。あの温厚そうなチムがそういうことをしているとは思えませんが、腹の探りあいは得意じゃないのでオメガに頼もうと思っていたんですよ」
「受け持とう。一度練成糸のサンプル採らせていただいてよろしいですか? 羽根から出る波動で探れるかもしれません」
「サンプル? オメガが預かればいいだろう」
「いえ。伸太郎に・・・持たせてみるのも手かと」
「それは・・・」
「危険はないと思います。寧ろ良い方に働くかと。明日、渡してみてはどうです。我々の士気は兎も角、伸太郎の士気は上がるかもしれません」
 ・・・主と僕の関係。
 契約を果たした『天使』と『勇者』はそういう関係だ。
 だから、僕である『勇者』は『天使』と共にあることを誇りにし、喜びを得、『天使』を守る為にある存在。
 そうであることを信じれば、きっとそうなるのだろうと思うのだが、如何せん伸太郎は何に関しても異端過ぎるのだ。
 先ほど話した時も、まあ、普通の感性ならばそうだろうが、自分を支配するという天使に対していいイメージは持たなかったようだが・・・
 それでも、それは、伸太郎を繋ぐ鎖だ。
「毒を喰らわば皿までか・・・ わかった。明日、渡してみよう・・・」
 諦めて、再びソファに体を横たえる。
 襲ってくる倦怠感はさっきとは比べ物にならない。
「カイ・・・ 恨むぞ」
「ええっ。僕ですか。手柄かもとも思ったんですけど」
「タイミングが最悪だ」
「はは・・・ スミマセン」
 杞憂が増えた。
 一刻も早く、女王を討たなくては。
 これまで、わざわざこの雑然とした貧民区に拠点を置いて行動していたのは、偏に女王への不満を持つ者の反女王感情を煽動する事にあった。
 勿論それは、今では殆ど浸透してきている。
 伸太郎の・・・仮面の戦士の働きも手伝い、秩序までが保てるようになりつつあったこの貧民区。
 しかし、女王の猟場であったこの場所に拠点を置いたと言う事は、使い魔と化した下級食人鬼などから女王にもこちらの様子を知られているかもしれない不安もある。
 プサイ、デルタ、カイ、オメガには引き続きレジスタンス活動を続けてもらう。
 私は結局、伸太郎の保護観察に人間界に落ち延びる事になってしまった。
 ・・・自らの目や耳で経験しないと気がすまない性格なのは、自分でも厄介だと思う。
 上から眺めて傍観できるような神経は持ってはいない。
 時は残酷に過ぎる。
 明日は必ず来る。
 立ち向かう為に全ての努力は惜しまない。
 私が静かに一人で決意をしていた時だった。
「少し、澄香様が心配です」
 そう言ったのは、私の姿かたちをとったままのプサイだった。
「・・・何がだ」
「人間界では弾と伸太郎と澄香様の三人暮らしになりますよね。炊事洗濯お掃除どうするのかなぁと。澄香様、生活面大丈夫ですか?」
 自分と同じ顔を擬態で取るプサイの笑顔が意地悪い。
 なるほど、これは相当酷い・・・ 伸太郎が嫌がるわけだ。
「・・・欝になるようなことを言うなよ・・・ 『こんびに』で済ませるよ・・・」
「まあ、ふふ、人間界の最近の女性はそういう方も多いんですって。
 ・・・ご武運、お祈りいたします。ギル将軍」
「その名は久々だな。・・・ああ・・・ 頑張ろう、皆。陛下に、玉座へ戻っていただく為に」
「「「「はい」」」」
 四つに重なる声を聞いて、私の意識は急速に眠りに落ちていった。
 部下に恵まれている私が、いかに幸せなのか、それを今更ながらに思い知っていた。

2008/03/06 up

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小声で編集後記のコーナー。
すっっっっっっっっっっっごい、台詞劇となってしまいました(凹)。
会話の中で説明しないと何だか不自然かなぁーと思いながら書いているのですが、逆に不自然すぎる感じに。あああ。
で、今回だけ澄香視点。
もうお察しの事とは思いますが、女王打倒(←ネタバレ)まで、ものすーーーーーーーーーーーっごく長いです。
なので、数々思惑が錯綜したりさせたかったりするので、視点はよく変わるかもしれませんが、一応主人公っぽいのは三人です(多いよ)。その内二人はまだ未登場と言う!!(爆)
で、主人公じゃない人の視点でも書きます。今回の澄香とか、敵サイドとか。
何かもうグチャドロなので、一人の視点で書ききるのは無理なんですが、途中で急に三人称を挿入するのもなぁみたいな。
創作には迷いがつきものですねぇ・・・(遠い目)