第一章  

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 思い思いの格好で、それぞれ皆、澄香の執務室に集まった。
 カイもデルタも、さっきの妙な格好はしていない。
 普段通りのラフな格好でいる。
 カイが額に負った怪我は『治癒の法』で治されたのか、跡形もなくなっている。オメガ、流石。
 オメガは他に仕事があったからなのか、普段の白シャツと黒スラックスの上に白衣っぽいものを羽織っていた。
 プサイ姐さんは、いつもは食堂管理の仕事なので、大体が侍女っぽくエプロン姿なのだが、今回は違っていて、エプロンはなく、澄香と似たような男のような黒のかっちりしたスーツを着込んでいた。
 先程、俺が負傷して帰って来てから叩き起こされてしまったらしいファイに至っては、デルタの姫だっこですやすやとパジャマ姿のまま寝息を立てている。
 ・・・ファイは、呼ばなくても・・・
 まだ小さくて、今この場にわざわざファイを呼んだ意味がわからない俺は、澄香に怪訝な表情を向けた。
 澄香はそんな俺の態度に気付いたのか気付かなかったのか、全員の顔を見回す。
 さっきは少しだけ疲れた顔をして見せたのに、それを微塵も感じさせようとはしない。
 仕えている皆も敢えてそれを指摘はしない。
 上に立つ、ってのは、大変だな・・・
 漠然とそう思いながら澄香を眺めていたら、澄香はファイが眠っているのに気付き、俺に顎でしゃくってファイを起こすように促した。
 何だよ・・・ 自分で起こせばいいだろ。
 思いつつ、デルタの傍らに立った。
 デルタは苦笑する。
「まあ、この時間だから仕方ないわな」
 時計は午前二時を示す少し前だった。
 そりゃ、いつもは確かに夢の中かな。
 不憫に思いつつも、もしかしたら澄香が限界なのかもしれないという思いから、ファイの肩を少しだけ揺すってみた。
 全く反応しない。
 もう少し強めに肩を揺すってみたら、まるでデルタの腕の中はベッドなのかと思う程に小気味良く寝返りをうとうとする。
 デルタの胸に縋るように本当に気持ち良さそうに眠るファイを見て、一度澄香を恨めしく思いながら振り返ると、澄香は再び口に出さずに顎でファイを示した。
 早くしろ、と言っているようだ・・・
 前言撤回! 上に立つ、ってのは便利なもんだな! この野郎。
 一度大袈裟にあてつけに肩を使って溜息を吐いた。
 その様子にカイとプサイ姐さんが噴き出している。
 俺は、少しだけ見えているファイの頬を二回だけぷにぷにと押してみた。
 ああ、すげー。すげー指埋まる。柔らかいんだなー、肌。
 そう思っていたら手を弾かれた。ファイだ。
 念動か何か見えないもので手を弾かれる。
 むむ。やはり手強い・・・
 仕方ないので、悪戯心で耳に息を吹きかけてやった。
 後ろで失笑が起きたが気にしない。
 途端、もう一度、さっきのとは比べ物にならないくらいの強い勢いで顔を弾かれた。
「あだぁ!!」
 手加減ナシでの念動波。油断してたから結構効いた・・・ 痛って〜。
 見ていたギャラリーが笑いを堪えている空気。
 くそうお前ら。人事だと思って・・・ ん?
 額を摩りながら、不屈のチャレンジ精神を駆使してもう一度ファイを起こそうと試みていた俺は、デルタの腕でぱっちりと目を覚ましたファイと目が合った。
 ファイは俺の仕種を見て、またいつもの悪い癖が出たのを寝起きの頭ではっきりと把握したらしく、飛び起きた勢いでそのまま俺の頬に小さい両手を当てる。
「またやった、ゴメンってよ」
 ファイの『声』を聞くことが出来ない俺に、デルタが通訳してくれる。
 ファイは最近『念動波』を覚えたらしく、寝惚けて意識せずにそういう力を使ってしまうようで、そういう感知能力が皆無の俺は、クリーンヒットで戴いてしまう事が多かった。
 普通は皆使える能力。
 使えすぎて困るから、小さい頃は能力制御にリミッターを使うんだけど、ファイはリミッターをつけると全てに作用してしまい、『声』を送る事ができなくなる為つけていない。
 それで、ファイが無意識で使う『能力』に俺はいつも振り回されるんだけど、まあ、そういうことも含めて最近慣れてきてもいた俺は、いつも通りのファイの様子に癒される。
 よかった。いつも通りなんだ。ファイだけは、いつも・・・
 ああ、でも、でも俺は・・・
「いやいや。こっちこそ、こんな時間に起こしてゴメンな・・・」
 これから言わなきゃならないことに、少しだけ胸が締め付けられた。
 まだファイは・・・ わかってない。
 そう思うと、これからのことはやっぱり気が重かった。
 ファイはまだ自分のやったことを悔いているらしく俺の額を何度も撫でていた。
 あ、ちょっとそこ違う。そう、そこだそこ。結構、痛かったんだよな。ファイの手は、小さくて、少し暖かくて気持ちが良い。
 周りの大人たちの思惑など全く気にもせずにいるファイに便乗しながら、俺はなるべく話が進むのを遅らせようとしている。
 思っていると、ファイは少し首をかしげた。
 首の傷に気付いたようだ。
 今は手当てをされて、首にはガーゼが当てられテープでくっつけられている。
 それを見て「?」と俺に傷の理由を聞こうとした。
 ちっ、先にこれ処置しときゃよかった。余計な心配をかける。
 そう思って答えあぐねていると、澄香が、とても嫌な助け舟を出す。
「ファイ、すまないね。これからは暫く伸太郎とは離れ離れで暮らしてもらう事になるんだ。ファイにも話を把握しておいて欲しくてね・・・」
 ・・・正直、こんな助け舟なら、出さないでいてくれたほうが良いんですけどぉー。
 ・・・と、零しそうになったんだが、場の空気がファイの表情一つでがらりと変わったことは、俺でも感じられた。
「伸太郎は、この世界で一番性質の悪い『毒』に冒されたんだ。それを癒すのに暫くここから離れなくてはいけないんだよ」
 ファイは、俺以外の『声』の聞こえる人に訴えているらしかった。俺にはファイがなんと言っているのかは全く聞こえないが、表情を見れば、大体何と言っているのかは予想がつく。
 でもそれを、きっと、澄香は許さない。
「駄目だ。ファイはまだ幼い。『能力』を隠すということが難しいのだということを全く理解していないし、ファイを連れて行ける余裕はない」
 澄香は最初からファイを諭す事を頭に置いていたのだろう。
 ファイが何か必死に訴えているらしい事に対して、全く譲歩を見せようとはしなかった。
 ファイの目に、みるみる涙が溢れるのがわかった。
 それでも、ファイは泣くのが悔しいのか、瞬きをせずに真っ向から澄香を見ている。
「心配しないで、ファイ。私達はここに残るのですよ」
 言って、プサイ姐さんが澄香に助け舟を出した。
 姐さんは、小さいファイを自分の妹か娘のように良く可愛がってくれていたから、俺はそれなら安心だと思って一人で安堵していたのに、ファイは強く首を横に振った。
「こらっ、それ、姐さんに失礼だぞファイ」
 あまりに強い否定の態度を見て、つい口を出してしまってから後悔する。
 ファイは、俺の言葉に我に返ったように目を見開いてから、ぐっと、強く唇を噛む。
 強く、涙を堪える時、いつもこういう態度を取る。
「いえ、良いんですよ。それだけ、ファイが伸太郎を慕っているということ。私などでは代え難い者なのですから」
 姐さんが少し寂しそうに言うと、ファイはやっと自分の態度が人を傷つけたんだという事実に気付いたのか、姐さんの方を見て首を横に振った。
 多分だけど、ファイは「そういうつもりじゃないの」と言ったんだろうか、姐さんは「わかってますよ」とだけ言って微笑む。
 それに便乗するように、カイが
「僕も残りますから」
 と、屈託のない笑顔で付け加える。
 あれ。カイは残るのか・・・
 ん? カイは寧ろ、向こうに行くのかと・・・ 一番、この中ではあっちに詳しいんじゃなかったっけ。
 俺の思考を遮るように、オメガも「私も」と、小声でファイに言う。
 その後を継いで、デルタが声を張って
「俺もこっちで居残り組だ。ナイトが三人もお前の傍にいるって言ってんだぜ、この贅沢者」
 と続ける。
 ファイは、デルタが喋った時に始めて自分がデルタの腕の中で抱っこされていたという事に気付いたのか、一瞬振り返ってデルタの顔を見上げぎょっとしたようだった。
 そんな様子につい俺は笑ってしまったら、ファイは俺を強く睨みつける。
 しかし、そんな様子もすぐに消え、見る見るうちに瞳の険は薄れ、ぽたぽたと涙が零れ落ちた。
 見られたくないのか、下を向く。
 握った拳を見ながら、拳に雨を降らせている。
 握った拳も、小さく震えていた。
 自分で何か消化できずに、必死に堪えているのかな・・・ と、俺は簡単に思っていたんだけど・・・
 俺以外の皆の様子がおかしいことに気付いた。
 弾なんかは、耳を塞ぐような、頭を抱えるような仕種。
 あ!!
「こら!!」
 俺は大慌てでファイを揺さぶった。
 ファイはびくっと肩を揺らして驚き、それと同時に周りから安堵の溜息が漏れた。
 『叫び』だ。
 ファイは口が利けない為、他人との意思の疎通を『思念波』で行うのだが、まだ幼く制御があまり上手ではない。
 普段会話する分には問題ないのだが、自分の感情を抑えきれなくなると、自分の言葉を言おうとしても全てが大音声の『叫び』となって感応能力の在る者全てに訴えられる。まあ、伝わる範囲は半径10m程らしいのだが。
 それは、頭に直接響くらしいので、結構キツイ・・・のだそうだ。
 俺は感応できないので、そんなファイの必死の訴えすら、聞くことはできない。
 聞いてやれないこと。傍にいてやることも出来なくなったこと。
 罪悪感が頭を擡げる。
「ゴメン。俺のせいだよな・・・ 帰って来ないつもりでここから離れるわけじゃないんだ・・・よ、な?」
 言いかけて、そうだという確信がなくて澄香に同意を求めたら、澄香は頷いた。
「時間はかかるかもしれないがな・・・」
 その言葉にまたファイの表情がくしゃくしゃになった。
「ファイ、初めて会った時の事覚えてるか?」
 俺の質問に、ファイは顔を上げる。
「俺さ、お前を連れてた男みたいになっちゃうかもしれない毒を貰っちまったんだ。俺、ああはなりたくないから治療しないといけない。わかるよな?」
 ファイはまた、小さく頷いた。
 何とか、理由は兎も角納得しないといけないと思っているのが見て取れる。
 何だか離れ難い。置いていくのも忍びない。
 そう思っていたら、ファイが俺の首に手を回して縋り付く。
 デルタは手を離し、俺がファイを抱き上げる格好になる。
「重たくなったな・・・」
 言うと、ファイは小さく俺の頭を小突いた。
 ファイは顔を上げない。
 震える肩は、全然泣いていることを隠してはいないのに、顔を俺に見せないことで隠しきっていると思っているところが可愛かった。
 だから、俺もそれには気付かないように指摘はせず。
 澄香に、
「で、作戦ってどーすんの?」
 と促した。
 眠いだろうに、急にこんな話をされて、納得なんか出来るわけがない。
 それでも現実は酷いもので、それを許す状況にはない。
 俺もファイも現実に抗う力さえない。それが少しだけ辛かった。
 きっと、ファイと一緒に居られる時間ももう限られている。
 だから、さっさと作戦聞き出して、もう少しファイと一緒にいる時間を持ちたかった。
 俺は作戦を安易に考えていた。
 人間界に行く、って時点で、カイの転移能力を使うんだろうと勝手に思っていたからそんなに苦労しないだろうと思っていたのだ。
 ・・・が、甘かった。
 澄香はとんでもないことを言い出した。
「『門』を破壊して突破して逃げ込む。お前が、破壊するんだ」
 一瞬、何を言われたのかわからなかった。
 『門』・・・って。
 その名の通り、世界の玄関だ。
 それは概念的なものらしいのだが、沢山在る世界を遮っているのは薄っぺらい結界で、何かの拍子でそれは良く綻びる。
 だから、その結界を安定させる媒介が必要だとかで建立されたのが『界境の門』と言われた難攻不落の門なのだ。
 門には強い結界封をかけられているため、こちらから異界へ行くことも、異界からこちらへ来ることも結界に阻まれて容易ではない。
 それを超える転移能力を持つと言うことは、カイは何気に凄いという事なのだが。
 カイには頼らずに、よりによって門を破壊するときた。
 そうか、これが『超!難関』なのかと溜息が出た。
 一軍が配備されていてとても攻め込める隙があるような場所じゃない・・・という話は色々教え込まされてる。つか、俺、そこまで近付いたこともないんだけど。
 ああ、俺、ひょっとして『死ね』って言われてんのかな。
「突破・・・って、何人兵隊配備されてんだよ。それ全部蹴散らしてか?」
「まあ、カイ、デルタ、オメガにも見送りはしてもらうわけだから手伝っては貰うが」
「だから、たった四人であの門に攻撃しかけろってか」
「私もだ」
「・・・あのなあ。たった五人で、一軍相手にどーせいっつーんだよ、一体・・・」
「何も全員を相手にしなくても良い。巧く陣を組んで陽動、軍の陣形を崩して一点突破、お前は門だけを目指してその類稀な怪力であの門をぶち破って欲しい」
「簡単に言うけどよ・・・」
「簡単だよ。『お前には』な・・・」
「簡単じゃねーよ!!」
「簡単にこなしてもらわなくては困る。これは、宣戦布告なのだからな」
「宣戦布告って・・・」
「我々は・・・ あの女にとっては侵略者と変わらない。だが、女王の治世に疑問を持つものは少なくはない。そこへ一石投じるのだ。しかも、勇者の後継としてお前が先頭に立った、という証を見せ付けておきたい。そうすれば、もしかしたら民も少しずつ気付くかもしれない・・・ それが狙いだ」
「・・・あっそ。やっぱ・・・それが狙いだったか・・・」
「気付いていたのか?」
「俺に何かしらさせようとしている時点で何となくな・・・」
 そう。嫌な予感。これが澄香の狙いだろうという憶測が出来てしまった事だ。
 俺を旗印に立つ、というのが澄香の狙いだとしたら、多分・・・ それは効果的なんだろう。
 俺は仮面の戦士である前に、ちょっとした事でこのあたりでは有名になってしまっていたから。
 でも、それだけならまだしも・・・
 いや、それがあって尚、更に、なんだが・・・
「後悔するぞ、後で・・・」
「どういう意味だ?」
「・・・まあ、いいや・・・」
 説明が面倒だからしなかった。
 ・・・面倒、じゃない。
 言いたくなかっただけだ。
 どうせここにいる皆は澄香に引き取られる少し前までの俺のことしか知らない。
 それ以前のことを知っている奴が、もしいたら・・・
 想像するのも嫌で、俺は結局ただ流されるままに澄香のその案を受け入れた。
 きっと・・・ いない。
 俺を心に留めている奴なんて・・・ きっと、一人も、居ない。
 ・・・いや、そうで、あってほしい・・・
「・・・?・・・」
 ファイが突然俺の顔を覗き込んだ。
「わ! な、何だよ!!??」
 ファイは、俺に何かを語りかけていたようだったのだが、通じていないのを思い出して、近くにいたデルタの方をじっと見た。
 ファイはデルタにだけ言ったようで、デルタは聞いた後に苦笑いする。
「全く、女の子ってのは侮れない」
 呟いて、頭を二三回掻いた後、俺に耳打ちした。
「お前、一瞬、物凄く哀しい顔をしたんだとよ」
「・・・!」
 顔に、出たのか、俺。
 全て閉じ込めておきたいほどの闇の部分。
 それを、少しでも掘り下げて思い出してしまったことを激しく後悔する。
 この数年、そんなことからも目を逸らして、能天気に生きるように努力しているってのに、俺も、甘いな・・・
 どこから綻びるかもしれないそれを、どうにか捻じ伏せているのに、それを、こんな幼いファイに気付かれるとは。
 いや、ファイだから、気付いたの、かもな・・・
 同じ道を通ってきた者だから、尚更・・・
 でも子供のそれは、あまりにも直情過ぎて、俺には眩しすぎて目を向けることすら出来ない。
「ファイと、離れるのが辛い、からさ」
 嘘を吐いているので、まっすぐ見ることは出来なくて、ファイの首許を見ながらファイの額に額を軽く当てると、少し吃驚したような顔の後、やはり思い出したのかまた大きな目から涙が噴き出した。
「嘘吐き、ってさ」
 デルタが耳打ちする。
 嘘じゃ・・・ないよ、半分は本当。
 でも、半分は嘘だから、俺はそれを取り繕って言う事は出来なかった。
 俺が何も言えずにいたら、今度は本当にありがたいことに澄香が助け舟を出す。
「・・・作戦を言っておこう。『門』に配備された兵はほぼ総勢200名。『門』の詰め所4箇所に休憩所があり、3交代制で、実務についているのは70名弱。実際に『門』を守っているのはほんの少人数・・・ その少人数を集めて目晦ましをするのがオメガの役目だ。混乱の最中、恐らく詰め所から兵が溢れ出る。それを散らしつつ集めて陽動するのがデルタの役目。そして伸太郎とカイはその混乱に乗じて一点、『門』だけを目指せ。カイは全面的に伸太郎の身を護衛。私は・・・伸太郎の『門』への攻撃に合わせて『門』の結界に綻びを作ることに専念する為、弾には私への『隠形』を頼む。プサイは待機。以上だ」
 ・・・早すぎて良くわからなかった。
「え、俺はどうすんの?」
「『門』を素手でぶち破るだけだ。お前が一番楽なように布陣したつもりだが?」
 まだ何か文句があるのか、とでも言いたげな・・・澄香の表情。
 俺はとりあえず突っ走って、門をぶん殴ればいい、と、そういうことなんだとは思うんだけどよ、素手パンチで鋼鉄の扉をぶち抜けと言う。
 ・・・正直、滅茶苦茶を言っていると俺は思うんだが、反論しても無意味そうなので、やめておいた。
 ・・・フルパワーなら、いけるかも知れんが・・・
 リミッター外すのはなぁ・・・ 多少躊躇うなぁ・・・
 まあでも、そうしないと拳が逆に潰れるしなぁ・・・
 めんどくせえ・・・ どうせすぐ治るだろうし、まあ右腕だけなら良いか・・・
「・・・わかった。やる」
 何というか・・・ 諦めにも似た感情。
 他人に転がされるのには慣れた。仕方がない、他に方法がないのなら・・・
「頑張ろうね!! 作戦の肝は、全て伸太郎にあるんだから!!」
 弾が、ぐっと拳を握って俺に言った。
 プレッシャーです、それ。
 でも・・・ 俺が失敗すれば、皆倒れる事にもなりかねない・・・
 皆、俺を逃がす為にやってくれていることだ。
 そうだ。何を俺は卑屈になっているんだ。
 俺は、俺の為に今生きる為に逃げるんだろ。
 最初からそれを諦めていて成功なんてできっこない。
 ・・・弾は、そういう俺の暗い思考を読んだかのように俺に光をあててくれる。
 こういう救いが、いつも有り難い。
「うん・・・ 弾、澄香を頼むぜ」
「勿論。それと・・・澄香。伸太郎を短時間でも休ませてあげられないかな? ファイも、少しでも長く伸太郎と一緒に居たいだろうし・・・ 駄目?」
「ああ・・・ そうか、そうだな・・・ 私もどうやら気が急いていて気が回らなくなっているようだ・・・ 闇が支配する夜よりは、リスクは多いが決行は朝の方が良いか・・・」
 澄香は、少しだけ考える素振りをする。
「澄香様、お辛いなら・・・ 私が引き継ぎますよ?」
 そこへ、姐さんが澄香に歩み寄った。
 気を張ってはいるようだが、澄香は結界を維持する事に少し疲れているようだった。
 それはそうだろう。
 多分、術者に直接圧力をかけなくても、結界は内側から圧力をかけられれば歪む。
 それを澄香はこの辺り一帯全てにかけているのだ。
 維持するだけでも相当の集中力が要るのだろうし、しかも強い魔属性の者を四人も抑え込んでいるのだ。消耗しないわけがない。
 それでも、澄香は汗をいつもより若干多めにかいているだけで、消耗しているようには見えないところが底知れなくて、少し怖い気もする。
 でも、プサイ姐さんのことは俺はよく知らないけど、『引継ぎ』って、多分、結界術の引継ぎの事だよな。
 確か、それって、寸分違わぬシンクロの上で継がないと、結局結界破れちゃうんじゃなかったっけ・・・? 物凄い高等術式だ。
「・・・プサイ・・・ お前の能力にも限界値があるだろう。それを短縮させるのは作戦的に不本意でな・・・」
「何を仰います。見縊らないで下さいませ。三ヵ月は頑張って見せますよ」
「ふふ・・・ 頑張るなぁ」
「違いますよ、『結界の維持』を明日の正午まで、に設定していただければの話です。そんなに長い間の維持は出来ません。
 ですが、澄香様は明日の門への攻撃には、ベストコンディションで臨まれた方がいい筈。二種の結界を展開するよりは私に一つをお任せくださった方が、皆の安全を守ることにも繋がると思います」
「・・・そうだな・・・ では、術の引継ぎを頼む」
「はい」
 プサイ姐さんは澄香を言い負かし、にこと微笑んだ。
「では」
 姐さんは目を閉じた。
 そして素早く指で術式を空気に描く。
 最後に、空を斬るように一閃、天に向かって術を展開すると、姐さんの姿に変化がおきた。
 プサイ姐さんは深い緑のウェーブした髪なのに。同じ色の瞳で、いつもとても優しい、ご飯を作るのがとても上手な、大人の理想像のような女性なのに。
 その姿は、殆ど寸分違わず、澄香と同じになってしまったのだ。
「伸太郎に見せるのは初めてだな。これが私の特技なのさ」
 声まで一緒だよ姐さん!!
 つーか口調まで一緒!!! あ、そりゃ、真似すりゃ出来るか?
 いやでも、真似するって、全然楽な作業じゃない。
 真似たってそう簡単に似せる事など出来ないのに、姿かたち、完全に澄香と同じになってしまっている。
「うわぁーもう、何というか非常に残念な感じ!!」
「何故?」
「俺、姐さんに色々ドリーム抱いていたのにー!!! わざわざこんな性悪の真似なんかしなくても」
「・・・お前な」
 本物からツッコミが入った。
「こうしないと、術の引継ぎが出来ないのですよ。極限まで全てに澄香様に同調しないとね・・・」
 そう言った偽の澄香・・・プサイ姐さんは、いつもの口調に戻して微笑む。
 うわぁ。澄香の顔でその笑顔ははまらないぞ姐さん!! 優しそうに見えません!! 元々が澄香の顔なのに、毒気のないいつものプサイ姐さんのする優しい笑顔は、何か企んでいそうなのに、何か物凄く面白い。
 本物の澄香からは見たことのないような表情。
 違和感につい、笑いが込み上げる。
 それはどうやら俺だけじゃないらしく、オメガもカイもデルタも笑っていた。
「嫌ね、私、何か面白い事をしたかしら」
「口調直しとけプサイ。わざとだろ。その口調その顔でされるとウケル」
「デルタ貴様」
「やべ。本物からお怒りが」
「仕方ないだろう、プサイには私の影武者を頼んでいるのだから。それに、能力値、オーラまで一時的に私に似せる事が出来るこんな特異な力がなくては、結界の維持を引き継ぐなどという術は出来ない。頼るしかないのだ。プサイには申し訳ないが、上へのバイパスも私の代わりにしてもらわねばならんしな・・・ 泣く泣くだ」
 澄香が不本意そうな声を出した。
 澄香は、同じ姿でニコニコしている様子を、姐さんを通じて客観的に見るのは恥ずかしいらしい。
 まあ・・・ そうだろうなぁ・・・
 思って、何となくそれでもそれが可笑しくて、俺は少しニヤついた。
 なるほど、いつもの侍女服じゃなくて澄香と同じ黒スーツなのはそういうことだったのかと納得したんだけど、若干、フリフリヒラヒラのメイド澄香はどんなもんだったのかと想像したらつい笑ってしまったのだ。
 お、オカズにもならない。
 澄香は俺の思考回路を何故か察したのか、ぎろりと睨みつけ、その後姐さんに歩み寄る。
「負荷が半端じゃない。内であの『十の牙』が結界に干渉し始めた。思ったよりも女王の肉体編成が早い。6割がた編成が済んだようだ・・・ 明日の昼まで・・・ 食い止められるか?」
「無論。今は私は、花村澄香なのだから。貴方に出来ぬ事なら出来ぬが、そんなヤワではあるまい」
 今度は偽の澄香は、それっぽく悪巧みの笑顔だ。
 ははぁ、流石に女性はキャラクターを沢山使い分けるのだなぁ。
 本物の澄香は、それを見て少し困ったような顔をした後、表情を引き締めた。
 軽く澄香は握っていた手を開くと、姐さんはそこから何かが出てきたのを確認し、素早く空中にまた別の術式を描きこんで意識を集中する。
 何が起きたのかは俺には結局見えなかったんだけど、デルタが一言
「お見事」
 と言ったので、全て順調に済んだ様だった。
 ファイは目の前で起きた事に少し感動したらしく、小さくぱちぱちと拍手したりしていた。
 本当にスミマセンね。俺が無能力の所為で、澄香と姐さんの術の受け渡しのスペクタクルが全然見えませんでした。実況出来ませんでした・・・
 澄香は、自分にかかっていた負荷から解放された為にふっと息を吐いた。
「・・・どうだ?」
「き・・・つい、ですねこれは。でも、二言はありません。昼まで保たせて見せます。こんな負荷を負って、入浴なさったり、悠長に話し込んだり、本当に澄香様は人間離れしていらっしゃいますね」
「褒めるな。照れる」
「褒めてません! でも、先ほどまでの負荷の疲れも溜まっている筈です。もう、お疲れでしょうから皆様も早くお休みください。明日の朝食の下拵えでもしながら私は結界の維持に集中しますので」
「怒るなプサイ。感謝している」
「知っています。明日、全員が無事に作戦を遂行できるように今必要なのは休養です。皆の癒しになるのでしたら、このようなこと、安いものです」
 もう一度、姐さんは微笑んだ。
 不思議と、澄香の姿を維持したままなのに、ちゃんと姐さんが微笑んでいてくれるんだという気持ちになった。
「姐さん、明日の朝食、期待する」
「勿論ですよ」
「うん。じゃ、俺・・・ 少し休む。お休み」
 言って、執務室を出た。
 ファイはまだ抱き上げたままだ。
「ファイ、眠い?」
 聞くと、ファイは困ったような顔で散々考えたあと、首を横に振った。
「そっか。じゃ、朝までファイの部屋で何か喋ってようか」
 ファイは、また表情がくしゃくしゃになる。
「え、嫌だった?」
 強く首を横に振る。
「じゃ、お邪魔になろうかな」
 広い城内の廊下には、所々にしか蝋燭の灯りは灯っていない。
 まるで深い闇に堕ち込むように、廊下の先には何も見えない暗黒が口を開けている。
 俺はそんなことに気にもかけず、ファイの部屋の方へ歩き出した。
 暗い城内の様子を初めて目にするらしいファイは、少し怯えたようで小さな力で俺の首に縋るように手を回した。
 そうか、温もりを感じると人は強くもなるし・・・弱くなるのかもしれないな。
 以前、俺と初めて会った頃のファイは、闇夜の恐怖にまで麻痺していたのに、今はこうして甘えてくる。
 俺が巻き込んだのに、結局、俺はファイの許を離れる結果になったこと、本当に悪かったと思ってる。
 だから、体を休めることよりも、俺の中にあったのは、少しでもこれからのファイの心の虚ろを埋めることだと、ただ、それだけを感じていた。

2008/02/29 up

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いやあ何ですかこの間。一ヶ月かかっています(涙)。
スランプ突入かしら? いいえ、別で色々私生活・・・ではなく、漫画読んでたりウダウダしてました(汗)。
知的好奇心を刺激して逆に創作に生かそうとしてたんですが、どっぷり浸かりすぎて戻れなくなっちゃって(てへ★)。
まあコレもスランプと言うのでしょう。イカンイカン・・・