第一章  

Z

 弾は、俺が此処に来る前から澄香の許にいた。
 その理由は、俺には明かされなかった。
 今・・・ わかった。
 つか、今聞いた。
 身寄りのない弾は、父親の死の際に、澄香に引き取られたのだという。
 父は、宮廷楽師だったそうだ。
 物静かな性格で、争いごとは苦手で、優しい性格だったと弾は言った。
 父は、一人で弾を十歳まで育てたのだという。
 元々体がそんなに強い人ではなかったらしく、宮殿を追われてからは、楽師業では生活に困る事もあり、痩せ細り、病に罹り、静かに死んでいったと言う。
 最後に一言、『母を恨むな、弟を探せ』と言い残して。
 弾は、それを看取っていたのだそうだ。
 そこで、何故、母の存在がいなかったのかが明かされる。
 何故父が宮殿を追われたのかも。
 母は、覚醒者で宮廷近衛隊士だったらしい。しかも隊長。何か、このあたりはひょっとしたら遺伝子強そうだな、とは漠然と思った。
 宮殿で、家族で優雅な生活を送っていたようなのだが、弾が三歳になった頃に俺は生まれた。
 俺が生まれてすぐ、母は俺を連れて、失踪したのだと言う。
 それと同時に、父は宮殿を追われたんだとか。
 きっと、母の失踪の後、居辛くなったか、何か濡れ衣着せられたとか、そういうことなんじゃないかとは思うんだけど。
 その後の母の行き先はわからない。が、俺が貧民区に捨てられてたのを思うと、もしかしたら生きてはいないのかも知れないし、どこかにいるのかも知れない。
 母の情報はとても少ない。弾も、記憶に殆ど残らない幼い頃の事だからだ。
 顔さえ思い出せないと言って、弾が俺にゴメンと言った時に、何で謝るんだろうと思った。
 弾が悪いんじゃない。どんな理由であれ、俺をこんな所に置いていった母になど、特に逢いたいとも思えない。
 今頃そんな話聞かされても、あ、そうなの、程度にしか思わなかった。
 特に何の感動もないし、何の感情も湧かない。
 確かに憧れている部分はあった。
 両親さえいれば、俺は今のようにはならなかっただろうとか。あの悔しさ、苦しみを負うこともなかっただろうとか。マイナス面ばかりで思うくらいなら、無感動のほうが幾分マシだと思う。
 大体、弾は両親の事を今まで話すことはなかった。俺も聞かなかったし。
 だから、きっと、もういないのだろうという覚悟だけはとっくに出来ていたから、いない事への言い訳を聞いても、なるほどそうかと思っただけだった。
 何より、俺にとって大事な弾がいれば、それだけで別に良かったから。
 この世に一人と思った絶望から、弾は俺を救い出してくれたのだから。
 重要なのは、その先。
 母が、シアド様の弟からずーーーーっと世代を追うと子孫に当たるらしい。
 てか、まあ、シアド様って言うのが三千年以上生きてる覚醒者だから、ほぼ、先祖のようなモンになるのか・・・
 そこから血を継いでいるんだそうだ。だから、俺や弾には、シアド様と同等の力を得る素質があるんだとか。
 いやー待て待て。
 何で、血筋だけでそんな事が。
 大体、俺が何で弾とちゃんと兄弟かってわかったことからまぁ凄いと言えば凄いんだけど、そのあたりは『オーラパターン』から逆算すると、ちゃんとわかる奴にはわかるらしい。
 オメガみたいな感度が鋭い能力者にはわかるらしい。でもそのオメガでさえ、弾が探していたという俺のオーラを掴むのに七年かかっている。俺と弾が兄弟だと、オーラが教えてくれるんだと。ま、遺伝子と同じようなモンと考えてもいいのかも知れない。それに医術に長けたオメガが、遺伝子もしっかり確認していたから、俺と弾が兄弟だっていうのはもう疑いようがないようだ。
 まあそれはさておき、血筋で凄かったら、弾だって同じだろ。てか、多分そんな長い間に継がれている血なら、もっと他にもいるだろうと俺は突っ込んだ。
 すると、澄香は違うという。
 俺の・・・ 額にある弓月の白い痣。刺青なのかも知れないし、焼印なのかも知れない。
 俺が物心ついた時には既に刻まれていた印。
 これが、重要なのだという。
 俺は、正直この額の印、嫌いだった。
 これは、確かにシアド様にもあると聞く。
 でも、これは・・・ 古から奴隷の証とも言われている。
 だから、この印の話をされたときに俺はそれについて深く語った事はない。
 どうせ、幼い頃に誰かが刻んだものに違いないからだ。深く追求するまでもない、そんなこと。
 でも、術に長けたオメガや澄香がこれにはこの世で一番強い呪がかかっていると言う。
 それが・・・契約。
 何だよ、契約って。知らねーよそんなモン。
 話が難しくなってきて、頭に情報があんまり入りきらない。
 俺が脳味噌ユルイの、お前ら忘れてんだろ。
 そう思っているところへ、澄香の放った一言は、俺の不機嫌を増長させただけだった。

+++☆★☆★☆+++


「どうしても、伸太郎が本当に真の『勇者』かどうかを見極めるのに、あの食人鬼の毒を受けてもらう必要があった」
 ・・・。
 ・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・な、何と、言った??!!
 俺が、あの食人鬼の女に噛まれるのまで、お前の計算のうちだったってのかよ!!
 もしかしたら、ずっとそうだったのかもしれない。
 俺を使って食人鬼を誘き寄せようとしたのも、俺に食人鬼退治をさせていたのも・・・
 全部、俺が、食人鬼の毒を受けるために仕向けたことだった・・・って。
 き、気付きたくない。
 俺、澄香は嫌いだけどそういうことはしないと思ってた。
 澄香は、多分、曲がった事は嫌いな奴なんだと信じていたんだ。
 それなのに、俺は、これでも色々文句を言いつつも、澄香の役に、少しは立っていたんだって自負があったのに。
 それを逆手に利用して俺を餌として使ってたどころか、俺の体に、あんな忌まわしい毒を受けさせる為の作戦だったとぬかすとは・・・っ。
 ・・・こ、こいつ・・・人を何だと・・・!!!
「まぁ、落ち着いて。だって伸太郎、毒は受けたけど、平気だったでしょ。お腹空いたって、ヒト食べたいって思わないでしょ、全然」
 頭に来て腰を浮かせかかっていた俺を、弾が落ち着かせようと腕を掴んだ。
「もし、本当にヒト食べたいって思うなら僕から食べて」
 弾の言葉に、俺は固まった。
 思うわけない。そんなの、絶対・・・
 ・・・っ。
 色々、ヤな事思い出した・・・ ちょい吐きそうです。
 その誘導、やめろよ、弾・・・っ。
「本当に、いいよ。僕、今回の事もちゃんと最初から全部澄香から聞いてたんだ。僕も同罪。本当に伸太郎が今、食欲に負けそうなんだったら、罪深い僕から食べて」
 至近距離の弾の氷雫珠色の目は曇りがない。
 もー、キミは、俺より三歳も年上なのに、何故そんな清らかな目をしているんですか。
 俺なんか穢れて人の顔色ばっかり伺っているというのに。
 俺は大きく溜息を吐いた。
 で、常備のポケットの飴を二個ほど口に放り込む。
 ん。ちゃんと甘いし、ちゃんと美味い。
 ヒトなんか・・・ 絶対喰いたいと思わない。
 そう、俺は、そんなこと思ったりしないんだ・・・絶対に。
 色々、ちゃんと腹を据えて聞かなきゃいけないって事。
 漸くわかった。
 全部聞いてから怒ることにする。
 よし、冷静でいるように、とりあえず努力しよう。
 話を咀嚼して熟考して答えを出すように。
 深呼吸してからもう一度弾を見た。
 う。
 だ、だから、そんな縋るような目で見んなっての。
「気色悪いこと言うなよ。食べたくないし、味覚は普通。相変わらずの超甘党だっつーの」
 一応、弾の言葉に曖昧に相槌を打って見せてから、澄香を睨みつける。
 俺の答えに緊張していた弾がやっと緊張を解き、澄香も安堵したように息を吐いた。
「よかった・・・っ・・・」
 弾は、背もたれに背を預けた。
 自分の額に手を当てる。涙を拭うような仕種にも似て見えた。
「僕は信じていたんだけど・・・ 証拠がなくて。僕も聞いただけだったし、まさか、って言うのもどうしてもあったから・・・ でも、伸太郎・・・ 本当に、『勇者』なんだね・・・」
 弾は、少し寂しそうに見えた。
 まるで、そうでなければ良かったのに、と言わんばかりの表情だ。
「いや、俺未だ良くわからんのだけど。何で俺が食人鬼の毒を受けて平気だと、『勇者』確定なのかとかさ。そのあたり説明する気ないわけ? 澄香」
 澄香から情報を吸い上げるのには、毎度の事ながら相当苦労する。
 だけど、今はそんなことも言っていられないと思う。
 さっきの女も三日もすれば元通りだって言うし・・・
 ああーもう、色々起こり過ぎて頭痛ぇ。
「うむ。そうだな・・・ 先ずそこから話すか・・・」
 澄香は、少し考えてから前屈みになり、自分の膝に肘をつき、顔の前で手を組んだ。
 だからさ、そういう仕種が女っぽくねえっての。その足の開き具合、まんま男らしすぎるっつーの。
「食人鬼には何種類か種類があるのは、もう知っているな」
「おう。下級は・・・ほぼ、死体みたいなモンで、ただ食欲に溺れて人を求めて彷徨い歩くだけの奴。オーラが全然見えない。
 中級が、食欲もあるんだけど、自我・・・良心が残っていて苦しみが強くて、能力もそこそこの奴が多い。食人鬼に変わっている時はオーラは見えないけど、元に戻るとオーラが戻ったりしてた。ぶっちゃけ、こいつらの相手が俺的に一番キツイ。でも、中級は出会う頻度が少なくて俺は助かってるんだけど。
 ・・・で。上級。さっきの三人とか。意思が折れちゃった奴・・・か、自ら楽しんで食人鬼でいることを選んだ奴。迷いがないから能力も一切失われてなくてオーラが濃い。これで三種。全部」
「いや。もう一種」
「・・・ん。まだあったっけ?」
「お前を噛んだ女だ」
「ああ・・・ でも、何か違うわけ? 上級とそんなに違って見えなかったけど。確かにオーラとか物凄く禍々しかったけどさ」
「いや。上級を従えていただろう」
「・・・」
 確かに。
 ノヴェもチンクエも、あのダリアって女の命令に逆らえない感じだった。
 確か、ドゥエも様付けで呼んでたっけな。
「あの女が、食人鬼の大元。食人鬼を生み出している者。そして、全ての食人鬼の支配者・・・」
「・・・!!・・・」
「だから、お前が植え付けられた毒を元に、あの女はお前の体を支配する。だが、お前はあの女の言うとおり、『重い』・・・」
「それって、俺は既に『中級』位なのでは・・・」
 うわぁ自分で言ってこれはへこむなぁ・・・
 中級は、意思が半分残っているだけに苦しみが増すという。
 だから、俺は、今中級のようなモンなんじゃなかろうか・・・
「違う。中級は、完全に食人鬼へ変わる瞬間と、己に戻る瞬間の差が激しいから苦しむんだ。その両方の記憶が残るから、己に戻った時に良心の呵責に苦しみ、結局は・・・ 己のした事に耐え切れずに自殺してしまう。それで数が極端に少ないんだ。伸太郎は食人鬼に変わってないのに体の支配を完全にあの女に握られただろう」
「う。ま・・・そうだ、ケド」
「でも、伸太郎自身の意思で、人を食いたいという欲求も、あの女に従おうという気も全く起きないだろう。そこが重要なんだよ」
「よくわかんねぇ」
「・・・普通は食人鬼に噛まれたら、そのまま食人鬼になってしまうのだ。抗うことも全て放棄して、魂の死を受け入れ、ただ徘徊する『下級』に変ずるか、抗いきれず自我を掴みながら永劫の苦しみを受ける『中級』に変ずるか、自らの悪を自覚し、それに溺れて望むままに生きる『上級』に転ずるかは、受けた毒の濃さによるが・・・ 例え私でも、あの毒を受けたら食人鬼に変わる。それほどの猛毒なのだ。その支配を受けながら、伸太郎の思考は何も変わらない。それは、『勇者』でなければ出来ぬことなのだ」
「だから、それは何でなんだよ」
 同じ話はいい。
 俺だけが無事な(正直、全然無事じゃないとは思うんだけどさ)理由が聞きたい。

「あの女よりも強い支配が、伸太郎の魂には先に刻まれていたからだ」

 ・・・。な。何だ、それ・・・
「その、額の印だ。弓月の白い痣。これは特殊な契約の証。伸太郎には、伸太郎を魂で支配する上位契約者がいる。あの女の支配よりも遙かに強い契約を先にしていたから、伸太郎はあの女の支配に屈することはない。それが『勇者』であることの証。我等が欲しかった、『伸太郎が勇者である証拠』だ」
 俺は無意識に自分の額の印を確認していた。
 触っても、別に浮き出ているわけじゃない。
 でも、小さい頃からあった痣。
 月は、決して自らの力で光を放てない。
 常に地球につきまとい、太陽の光を浴びなくては自分で輝くことすらできない。
 それを揶揄して、弓月の印を隷属の証とする風習は、未だに貧民区には残っている。
 この痣のせいでどんな思いをしてきたと思ってんだよ・・・
 それが、シアド様と同じだからって、何だってんだよ!!
 誰が、こんな印を刻んだ奴に、従うってんだよ!!
「シアドにも、支配者がいるんだ」
「は? あの『大勇者』様に、支配者? そりゃ、現女王・・・」
「違う。大天使レアだ」
 ・・・天使。
 あ。
 そう言えばあの女も・・・
 俺に「貴方の天使はどうしたのです」って、聞いたな・・・
 神の御使い。
 この世で最も清き魂を持ち、シアド様と並んで最高位の能力者とされ、背には、大きな白い翼を具現化させることが出来る女の天使。
 ・・・ってことは、あの女も、俺が『勇者』だっていうのをわかっていることになる。
 うわぁもう、複雑過ぎんだろそれ・・・
「レアの契約を受けて、シアドはレアに絶対服従を誓う。伸太郎には、伸太郎の魂を握る主の天使がいるということ」
「いや、待て待て。シアド様は、女王の下で神官将やってなかったっけ? レア様だって、同じように・・・」
「違う。レアは天の御使いなのだぞ。そんな下界の王の下についているのは、この世を見定める為の口実に過ぎん。何代にも渡る王の代替わりを全て見ているのは、世界の王の後見人として立っているからだ。実際にこの世を統べているのはレアだと言ってもいいくらいなんだ」
「・・・っ」
 や・・・
 やばい。
 は、話がデカイ。デカイなんてもんじゃない。
 しゃ、洒落になんねぇ・・・
 色々、なんていうか・・・ 予測が立ってしまったんですけど・・・
 か・・・
 考えたくない・・・
「伸太郎は勘がいいな・・・ふっふっふ」
 澄香は口許を見せずに組んだ手で隠していたが、細めた紫暗色の瞳が愉しみを浮かべているのは殆ど隠していない。
「まぁ、そう慌てることもない。順を追って話すからな。弾、しっかり伸太郎を掴んでいてくれよ」
 俺は知らずまた腰を浮かせていた。
 正直逃げ出したかった。
 話がどんどんでかくなってる。
 もう、俺を支配する何とかの話もどうでもいい。とりあえず聞きたくない。
 なのに、全然気付かなかったけど、弾は俺の服の裾をしっかりと掴んでいた。
「伸太郎は、ちゃんと聞かなくちゃいけないんだ。これからのこと全部、ちゃんと飲み込んでもらわなきゃいけないから。僕の・・・復讐でもあるこの戦いに、絶対に伸太郎の力が必要なんだ。お願いだよ・・・!!」
「弾・・・ 何だよ、復讐って・・・ 戦いって、何だよ・・・」
「・・・」
 弾は、自分の言った言葉を反芻して、しまった、という表情をした。
「それもちゃんと順を追って話すとしよう。弾の理由を話すところまでは伸太郎の情報では足りないだろうからな。いいか?」
「うん・・・」
 弾は、言わなきゃ良かったと後悔しているようで項垂れた。
 でも、俺を逃がす気はないらしく、服の裾はぎっちり掴んだままだった。
 ま、弾だったら、振りほどいて振り切って逃げ切るのは簡単なんだけど。でも、弾だし・・・
 弾を裏切るような真似は俺には出来ないし、弾が俺に望むことがあるんだったら叶えてやりたいと思う。それは本心だ。
 ・・・あっ、さっき、色々覚悟して全部咀嚼して考えようと思ったのに、すぐ揺らいじまった・・・
 修行が足りないな、俺も・・・
 溜息をついて、俺もまたソファに深く腰を落ち着けた。
 何となく予想がついたんだが、それを覚悟したら兎に角全部聞くしかない。
 それに、毒を受けてしまった以上、俺に逃げ場は存在しない。
 前に聞いた。食人鬼になったものに救いの道はないということ。
 俺には今、逃げ道さえ与えられないという現実。
 兎に角澄香の案を引き出すまでは、此処から離れられないということだ。
「で、俺が『勇者』だってのを確認するのに、支配力を伴う毒を盛ってみて、それにどの程度抵抗できるか試したら、どんぴしゃだったと、そういうことで良いんだな?」
「そうだ。それと、これは本当に止むを得ない方法だったということは理解しておいて貰いたい。それに、伸太郎は強いから、下級や中級から毒を貰うことはないだろうと私達も高を括っていた。まさか本当にボスが出てくるとはな・・・ 本当は、リスクを伴う事になると最初からわかっていたから絶対にとりたくなかった方法だった。それは・・・素直に詫びる」
「ンなのいいよ。どうせその先考えてんだろ。それで? 俺が食人鬼なんだったら、感染力もあるって話になるな。今こんなに顔近づけて話してて平気なのかよ」
「普通の食人鬼でも空気感染飛沫感染はしない。するようだったらもっと爆発的に増える筈だしな。オメガが言うには、他の食人鬼なら一発だが、経口感染も伸太郎からはないだろうということだ。接吻程度なら伝染らないとも。これでとりあえず生活に困るほどの感染力はお前にはないということだから大丈夫だとは思うが」
「・・・それはまたオメガにしては不確かな・・・」
「まあ、時間が足りないのと、リスクを負って色々なケースを実験できる事でもないからな。あの毒が厄介なのは、人体の組織に酷似し、その全てを支配するように爆発的に量を増やし寄生するという特性があってこそ。だから粘膜に関わるような事は避けた方がいい筈なんだが、唾液は大丈夫だそうだ。もしかするとお前自身のその勇者としての免疫力のお陰かもしれないが・・・ まあ、油断できない状態ではあるが、セックスしなきゃ大丈夫だろ、多分」
 澄香は流石に年経ただけあり、顔色一つ変えずにそう言い放つ。
 はあそうですか、と力なく答えた俺は、逆に目の端に映る弾が、澄香の言葉に真っ赤になっているのを見て多少噴き出したくなったが、不謹慎なので我慢した。
 そして、触れたいような、触れたくないような、話の核心に、ついに踏み込む。
 出来る事なら、一生知りたくなかった事実。向き合わなくてはいけない現実。
「で、その、俺の天使ちゃんはどこに居るってんだよ」
「・・・ほう。興味を持ったか」
「一発ぶん殴ってやりてぇ」
「・・・そう来たか・・・」
「何だよ」
「まあ・・・最初から絶望的だとは思っていたが、一応聞こう。伸太郎は、その天使の居場所を知らないんだな?」
「知らねーよ。知ってたら文句の一つも言ってやりてぇ」
「それに関しては私も同感なんだが・・・ 残念ながら、今、伸太郎の主の天使の居所はわからない。本当は、伸太郎がこうなってしまう前に、天使を抑えておきたかったんだが・・・」
「何で」
「色々、どうやら天使の施す『契約』には制約があるようでな・・・ その詳細は公にはされていないから、どうすれば伸太郎が本当に勇者としての機能を果たすようになるのかを、調べておきたかったのと・・・ 純粋に、仲間になって欲しかったんだ」
「俺としては会わずに済むなら一生会いたくないんですが」
「・・・まあ、そうだろう。お前の自由を奪う存在が既にいるという事に、心を穏やかにする事が難しいのはわかってはいる。それでも、こちらもそうとは言っていられない状況でな・・・」
 澄香は、そこまで話すと溜息を吐いた。
 そして口を噤む。
 おい、そこまで言って、また考えるのかよ。
 いつも俺に平気な顔で色々無理難題言ってくるくせに、何で今日、この場で出し惜しむかな。
「いつも、俺が嫌だって言っても聞く耳なんか持ってくれないくせに、何だよ今更」
「・・・情報を整理していたんだ。規模が大きくて私だって浮き足立っているのだから」
「らしくねえ。澄香はもっと、でーんと構えていると思ってたぜ」
「・・・ふふ。そうだな・・・ でも伸太郎、お前、あの食人鬼・・・『ダリア』が、現女王と同じ名前だという事に、動揺せずにいられるか?」
「!」
 まさか・・・!!
 ・・・いや、確かに奴等が話している時、その聞き覚えのある名前に一瞬気を取られたのを覚えてる。
 でも、まさかこんな貧民区に現れるわけないと、俺の一般常識で完全に『同名の別の人間』っていう理解をして、戦いに集中してた。
 そんな筈ない。
 何で、女王が・・・ 人食いに・・・!!
 ・・・いや、澄香がこう言うんだ・・・
 抜け目のない澄香の事だ、恐らくその情報は確かなのだろう。きっと・・・本当に・・・ 女王が、あの、食人鬼なんだ。
 でもどうして、そんなものが女王になど・・・!?
「想像できないだろう? 王は、仮にも神代から受け継がれしこの地を平定する、気高い存在で在らねばならん。その王が、人食いなどという魂を穢す行為に溺れ、それでもまだ尚支配者面で玉座に居座っているのだ・・・ 恐らくは・・・ あの女王の治世で生み出された格差で出来たこの貧民区は・・・ 彼女の、猟場だ。平民、貴族を欺く為の・・・」
「何で・・・ そんな・・・」
「あの女、なかなかの策士でな・・・ 一応、この貧民区以外の場所では偉大な王として崇められているんだ。まあ、どうやら違和感を感じる者も多数いるようだが・・・ 平民街や貴族の居住区などでは流石に食事は出来んだろうから、その為の布石と考えるのが妥当か・・・」
「・・・で、それ・・・その、後ろ盾のレア様とかシアド様はどうして放っておいているんだよ!?」
「そう。それだ。レアやシアドが放っておく筈がない。なのにこの数年、二人は表に姿を現さなくなった。これがどういうことか・・・わかるか?」
「そ、想像したく、ねえ・・・」
「これは私の想像だが・・・ レアとシアドのどちらか・・・恐らくはシアドが、女王の手に堕ちたのではないだろうか・・・ 二人ともが堕ちていたのだとしたら、女王は本性を隠すことなくこの世を食人鬼の世界に変えてしまおうとすると思われるのに、その勢いは未だ緩慢だ。仲間を増やす力があるのは上級以上だというのもあるだろうがな。しかし緩慢な勢いでもこの世界は・・・ ゆっくりと破滅に向かおうとしている。どうにかしなくては、我々の生きる場所すらなくなってしまうのだ」
 ・・・っ。
 想像していたよりずっと重いじゃねーか・・・
 何かもう、色々、澄香が俺にどうあって欲しいのかということが、わかってきた。
 つまり。
 恐らく・・・
 ああ、でも無理だろう、そんなことは。
 俺のような卑しい身で、そんなこと。
 神が御赦しにならないだろ、そんな大罪。
 謀反。
 まさか、そんな大罪まで背負う事になるとは思ったことなかった・・・
「その、レア様かシアド様の無事なもう片方に縋るってわけにはいかんのか?」
 何とか、別の道がないかと探りを入れてみる。
 澄香の事だから、最良の手段を全部シミュレートした上での選択肢が、今ある状況なのだろうから、それは多分無意味なんだろうケド。
 でも言わずにはいられない。
「難しい。私の情報網を以ってしても、未だにどちらの居場所もわからない。多分・・・ 堕ちたのは、シアドと予想するがな」
「な、何で!!??」
 シアド様は世界の剣でもあり盾でもある。
 その力はとても凄くて、古の時代、異界から攻めて来た一軍を、たった一人で退けたという伝説すら持っているような人だ。
 戦闘能力の高さは、この世で並ぶ者はないという程の者だっていうのに、そっちがあの女王の手に堕ちたってのは、想像出来ない。
 実際さっき闘ってるのを見ていた限りだと、確かに凄かったけどアレじゃ・・・
 いくらリミッター装備していたからって、俺でも何とかなりそうだったし、本当にシアド様に打ち勝つ強さがあったとは正直思えない。
 それに、さっきの澄香の話を聞くと、シアド様には俺と同じように、あの毒が完全には効かない筈だ。
 だからそれがどうしても納得出来ない。
「主たるレアが堕ちれば、シアドも堕ちたも同然だ。シアドはレアに逆らう事はないのだから。単なる消去法。どうやって、シアドをどうにかしたのか、というところまではまだわからんがな・・・ 恐らくは・・・『十の牙』」
「何だそれ。確か・・・カイがノヴェって奴にそんな単語言ってたよーな・・・」
 まー次から次へと、何でそんなに色んなこと詰め込まなきゃいかんのですか。
 言わねーけど、多分、俺、それ全部覚えてねーぞ。後でテストしたりすんなよ、おい。
 ・・・うん、考えなきゃいけないときは糖分摂らんとな・・・
 さっき口に放り込んだ飴は、もうなくなっている。
 なくなってしまったことにも気付かなかった。
 一息つきたくて、少し身動ぎしてポケットを探ろうとして、気付いた。
 弾が俺の服の裾を握る手が、白くなってる。
 そんなに力いっぱい握らなくても・・・
 弾の表情を見たら、硬い表情で固まっていた。
「ノヴェっていうとナンバー2だね、第九格・・・」
 弾は、何も宿さない表情のまま、唇だけを動かした。
「知ってんのか? 弾。」
「知ってるよ。僕は・・・ 彼らを倒す為に・・・ ここにいるんだからね」
「倒すって・・・」
「仇なんだよ・・・ 父さんの」
「な・・・ ちょ、待てよ!! さっき、病気っていったよな、まさか・・・ 奴らに噛まれたってのか!!??」
「・・・っ。ゴメン、嘘吐いて・・・ 僕・・・ 父さんがあんな・・・ それをどうしても認めたくなかったし・・・ 伸太郎には知らせるつもりはなかったんだけど・・・ 僕の力では戦いにさえならないから・・・」
「弾、早くそう言ってくれりゃ、さっき、もっとぶちのめしてやったのに!!」
「言えなかったんだよ、そんなこと・・・」
 弾は、硬い表情を幾分和らげて、無理矢理の笑顔を作っている。
 俺には、その表情は泣きそうにしか見えなくて、言葉を失っていた。
 弾は性格がおとなしいし、きっと俺に心配かけまいとするから色んな事を飲み込んでいたんだろう。
 俺も全然自分の話をするのが好きではないから、弾が話さないことに関して興味を持つことさえなかった。
 ああ、無関心って、それなりに人を傷つけることになるんだな・・・
 弾に、物凄く悪い事をしていたのかもしれない、俺は。
 俺が、もっと早くに両親の話を聞こうとしていたら、弾はもっと楽にこの話をする事ができたのだろう。
 俺が一切興味を持たなかったから、弾は自分の気持ちの共有を俺に求める事が出来なかった。だから、ずっと言わずに・・・ さっきも『病気で』なんて、言ったんだな。
 俺が言わせた・・・ 悪い事、したな・・・
「ち、違うよ、伸太郎が悪かったんじゃないんだ!」
 俺は何も口には出していないのに、弾が俺の頭ン中を読んだかのように急に叫ぶ。
 沈黙の間に、俺が何を考えていたのか察したのかも。
 妙に俺の考え方の先回りが巧いんだよな、弾は。
「え、いや、何が?」
 先回りされて面食らって、普通に返事を返してしまう。
 幼い頃から鈍感でいようとする事を処世術として身につけてしまったから、余計、普通に返してしまって、俺の聞き方が結局は弾の闇を引き出す切欠になり得る事を察したのは、言葉を吐いてすぐだった。
 うわ、多分俺、地雷踏んだ。
「僕が、血の繋がった君を探したいと思ったのはね、ただ利用したかったからなんだよ・・・」
 っ・・・言わせた・・・。
「軽蔑するでしょ?」
 自嘲気味に言った弾の言葉に、俺は首を横に振って答えることしか出来なかった。
「僕には戦う力はないからね・・・ でも・・・ 今は・・・ 僕は憎しみだけで君と共に在りたいわけじゃない」
「それは、良くわかってるよ。俺も、もし弾が俺を利用していたって、全然構わないと思うし」
「僕は、伸太郎がそう言ってくれるのもわかっていたんだ。きっと、伸太郎は僕を許してくれるだろうって事もわかっているから僕はずるいんだよ・・・」
「なあ、別に俺が怒ってない事に対して、弾が別に自分を責めなくたって良いんじゃね? もし例え、理由が何であれ、弾が俺を探してくれた事に感謝しない日はない。それで良いじゃん」
 弾は俺の言葉に、顔を上げた。
 ああーなんでそんなにうるうるしてっ。
「泣くなって!!」
 強引に弾のうるうるした目に自分の袖を当てた。
 弾は驚いて俺の手を振り解く。
「泣いてないよ!!」
「こういう重い話はな、さらっと、澄香みたいに言っちまったほうが楽になるんだよ。言っちゃえよ、弾」
「人を話の引き合いに出すな」
 俺たちの様子を見守っていた澄香が、即座に食いついた。
 良くわかってるよな、大概、澄香も。
 場の空気が変わる。弾が、その澄香のツッコミに少しだけ笑った。
「そういう優しさ、凄いよね。僕は・・・ だから、伸太郎に頼ろうと思っちゃうんだよ。伸太郎なら、道を間違わないと思うから・・・ 僕の話、聞いてくれるの?」
「何つーか、正直、世直しとかそういう目的より、ずっと、弾の話の方が俺には入りやすいよ・・・ 勇者とか天使とか、ンなの関係なく、親父のことなら俺にも関わってくる事じゃん。聞かせてくれよ、弾の話」
「悪かったな、私の話は入りにくくて」
「いちいち絡むなっつの。例えだよ例え。で・・・何だっけ。とおのきば?って、何だ?」
「さっきの三人の属する部隊の名だ」
「あーっと・・・ノヴェ、ドゥエに・・・ちん、くえ・・・ あだっ!!」
「妙な所で切るな。」
 澄香の強烈なデコピンをクリーンヒットでいただいてしまって、涙目になった。
 いいじゃねーか、場の空気が重いんだよ。多少のシモネタくらい・・・
「『十の牙』はね、公には女王直属の親衛隊。だけど・・・先代まではなかった部隊名でね、黒い噂が多いんだ。女王の命令で・・・暗殺をしているとか」
「うわぁ弾の口から不穏なお言葉・・・」
「真面目に聞いて。さっき、伸太郎が会ったのはドゥエ・チンクエ・ノヴェなんだね?」
「記憶に誤りがなければ」
「『十の牙』は10人編成で、多分全員、上級食人鬼。名前は全部数字に因んでいて、数が大きいほど格が上。一から十まで、ウノ・ドゥエ・トレ・クアットロ・チンクエ・セイ・セッテ・オット・ノヴェ・ディエテで10人。ドゥエは第二格ナンバー9。チンクエは第五格ナンバー6。ノヴェが第九格ナンバー2。・・・父さんの仇が、この十人の中にいる」
「え、ノヴェじゃないのか? さっきのあの弾の反応・・・」
「違うよ。あの十人の中にいると思ったからの反応。まだ絞り込めないんだよ。何人か、まだ全然正体掴めないし・・・」
「・・・って、弾、どこまで踏み込んで調べてんの、お前・・・」
「勿論、あの宮殿に乗り込んで調べてるんだよ。僕の唯一の武器は『隠形』。それを活かさないでどうするのさ」
「あ、危ないだろ!!」
「危なくないよ。僕の『隠形』は澄香にもオメガにも見破られない。言っとくけど、一回細胞サンプル奪うのに、女王から髪の毛1本盗んで来たことだってあるんだからね」
「・・・!!・・・」
「それは本当だ。ちなみにこれは私が頼んだことではなく、私やカイ達三人との作戦会議中に我々に気付かれずに盗み聞きしていた弾の単独行動。以後、こういう危険を冒されては堪らないから、私も弾には隠し事が出来なくなってな」
「澄香からも折り紙つきの僕の『隠形』は信用して。危険なことをするつもりはないし、僕が一番の足手纏いなのは僕も良くわかってるから。でも・・・僕は僕の気持ちを抑えられない、あんな奴らがまだのさばっているのを、どうしても放っておけないんだ!!」
 弾・・・
 女の子みたいで弱いなんて思ってたの、やっぱり間違いだったんだな・・・
 俺、三年も弾の何を見ていたんだろう。
 きっと、同じ気持ちにさえならなかっただろう俺に、やきもきしただろうに・・・
 やはり聞かなきゃいけないんだろう。
 静かに息を引き取った筈はない、父の最期。
 俺も、それを、受け止めなきゃいけない。
 その為に、また、弾に何度目かの辛い思いをさせる。
「親父は、本当は、弾をどう、したんだ・・・?」
 頭を過ぎる、以前に自殺した中級食人鬼の老爺の記憶。
 ひょっとしたら・・・ という、思いがあった。
 ひょっとしたら、弾を喰おうとしたのかもしれない。
 そして、それに苦しんで死んでいったのかも・・・しれない。
 弾の話も全て受け止めて、俺は・・・ 今ある澄香の指し示す道を歩む他ない。
 その覚悟に、弾の、本当の話が必要だった。
 弾は俺が、今まで踏み込んだことのない話に踏み込んだのを少し考えてから、最初に小さく「ゴメン」と言った。
 きっと、言わせるように仕向けたことに対しての、弾なりの侘びなのかもしれない。
 いいのに、そんな事。
 こんな、血腥い話には似つかわしくないような弾に、憎しみを植えつけた理由。
 ちゃんと、受け止めなきゃな。
「言った通り。僕を・・・七年間、十歳まで、一人で育ててくれた」
「いや、そうじゃ、なくて・・・」
「そうなんだよ。父さんは・・・ きっと、宮殿を出た時からずっと僕を・・・ 中級食人鬼になったまま、育ててくれた。誰一人、傷つけずに・・・ 最期は、本当に、病で衰弱したみたいに、静かに・・・」
 俺が想像していた以上に、弾は穏やかな表情をしていた。
 仇討ちなどを考えるとは思えないほどに穏やかなそれは、きっと、弾がとても親父を好きだったということの現われだろう。
 ・・・その表情だけで、充分かな。
「オッケー。わかったぜ。女王とその『十の牙』を何とかするんだな。澄香、乗ったぜ、この話」
「随分早い割り切り方だな・・・ 正直拍子抜けするよ」
「澄香の話は回りくどいだけだっつーの。結局は、俺に何とかしろって事なんだろ、女王と『十の牙』。やったろうじゃねえか」
 元々、この貧民区を生み出したような治世の王など知ったことじゃない。
 失脚させるような策を考え出すのは俺の仕事じゃない。
 どうせ俺に出来ることなど力仕事くらいのもの。
 結局今までと、やること変わってないんじゃん。
 そう思えばそう重いことでもないような気がしてきた。
「残念だが、やることはそれだけじゃない。先ず最優先は、伸太郎の身の安全の確保。これが最初の超!難関だ」
「ナンダ今の『超!』は・・・」
「伸太郎は女王の支配毒に冒されている。それはな、女王の体細胞に冒された伸太郎を使い魔として使役出来る事から察して、伸太郎の目、耳から、女王が情報を吸い上げてしまうということだ。伸太郎には、現時点でこの世界のどこにも逃げ場などは存在しない。伸太郎自身が、女王に情報を漏らしているのだから」
「・・・げぇ・・・」
 八方塞がりは良くわかっちゃいるんだが、状況を把握すればするほどげんなりする。
 そうか、目を塞いで耳栓をして幽閉、というのはこのことだったか・・・
 一度した決心もすぐに揺らぐほど、嫌な状況にあるらしい、俺は。
「ただ、さっきもあの女王が言うようにお前は『重い』。だから、女王も伸太郎に気付かれずに伸太郎の目や耳から情報の吸出しは出来ない。伸太郎にも明らかに、違和感が襲ってくると思う。しかも今は私が破壊した体組織再編中だから、まあそんなことに時間を費やしはしないだろうからな、この隙に、女王の支配の及ばぬ所まで逃げ去る必要がある」
「今、この世界のどこにも逃げ場はないって言ったじゃんかよ」
「忘れたのか? 午前の修行」
「ん・・・あ!!??」
「そう。人間界に逃げ込むのさ。木は森に隠せという。お前のような無能力者が潜むには充分の環境だよ、人間界は」
 ・・・何となく、澄香の魂胆が見え隠れしてきた。
 それにしても、それは・・・
 やっぱり俺には荷が重いような気もしてきた。
 そんな心配を他所に、澄香はすっと立ち上がった。
「さて、時間もあまりない。カイ達を待たせてもいるしな。作戦会議に移ろう」
 澄香の様子が、やや焦り気味に見えたような気がして下から澄香を見上げた俺は、澄香が額や顎にうっすらと汗を掻いていることに気が付いた。
 ・・・時間がない。
 澄香・・・ 今、能力展開中なのか、あの時から・・・今の今まで。
 何つったっけ、さっきデルタが言ってた・・・『魔属性に有効の結界敷いた』っての、多分、澄香の能力だ。澄香は結界能力が得意だからぴんと来た。
 ・・・ったく、言わずに結構な無理をしているのはお前の方か・・・
 素直じゃねぇ。俺が納得するまで待ったってのかよ。
 風呂に入っていたのは無駄な時間だったんじゃないのかと一瞬いらついた。
 が。
 澄香は自分の服の裾を一瞬掴んで皺を伸ばすようにびしっと自分に気合を入れる仕種をする。
 その後、すぐに涼しげな顔で、隣室に控えていた五人を呼んだ。
 夜も更け、未だ月が天高く煌々と部屋を照らす中、五人が部屋へ入ってくる。
 俺は、知らず、姿勢を正していた。

2008/01/21 up

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小声で編集後記のコーナー。
弾の性格が、実は初期設定と大きく違ったりします(苦笑)。
昔は伸太郎と同じような性格で、男っぽくて喧嘩っ早かったんですが、それだと個性にならないなーということで、大幅変更。
男の子だけど乙女設定になりました(苦笑)。
これだと別の名前にすればよかったんですが、兄弟の名残でキャラを別にしちゃうのは切ないしな、という事で名前だけが以前のままです。
それにしてもこの『第一章Y』色々詰め込みすぎました。
伸太郎じゃなくても大混乱です。
つか私がもう既に・・・(汗)
そしてまだここで書きたい事ありましたがやめたという設定もろもろ・・・
伏線掛け違えないようにしないとな・・・(遠い目)
ちなみに『十の牙』の数字に因む名前、イタリア数字です。
イタリアであることに特に意味はありませんが、この国の建築様式はヨーロッパぽいイメージで(ボンヤリ)。
本当はドイツのが好きでしたが、アインス・ツヴァイ・ドライ・フィア・・・は良く聞くのでイタリアに決めました(安易)。
何気に登場人物の多そうな予感がバリバリ匂って参りました。すみません・・・。
何か色々、伸太郎が納得するいい理由を試行錯誤していたらやはり難産になってしまいました・・・ しかも少し理由としては弱いような気も。そのあたりは後で補完するよう努力いたします(忘れそうだなあ・・・)