第一章  

V

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・悪い」
 先に、謝っておく。
 ネチネチと説教食らうのは正直ゴメンだった。
 本音では悪い事をしたとは思っちゃいない。
 だけど、兎に角面倒だった。お説教を戴くのが。
 そう言えば、俺は今日は、一睡もしていないんだったという事に気付く。
 ま・・・疲れちゃいないんだけど、疲れたとか甘ったれても、澄香にコンディションまでどうせ筒抜けなんだろうから、言い訳にもなりゃしないのもわかっている。
 だから、卑屈と言われようが何だろうが、先ず、とりあえずは謝っておく。
「全く・・・ 本当に、想像していた以上に短絡的だよ、伸太郎は」
 澄香が、溜息まじりに呟いた。
「だから、悪いって、言ってんだよ」
 俺は反省する気あるのかコレ。
 半分不貞腐れ・・・全部不貞腐れているだろ、俺。
 ガキ臭いと自分でも思うが、もう態度に出しちまった。どうしようもない。
 こういう俺の悪い態度が、澄香を煽ってるんだとわかっちゃいるんだが、どうにも澄香を前にすると態度を改める事が出来ない。
「うわべだけの謝罪には何の意味もない」
 うお、バッサリだ。
 バッサリキタ。
 総攻撃が来る・・・ああ・・・避けられなかった。
「彼女を連れ去って、その後どうするつもりだった」
「親元に帰してやりたかった」
 本音だ。
 弾がいてくれるお陰で、親兄弟の温かみを、少しは理解しているつもりでいた。
 きっと、帰りたいと思っていると思う。
「・・・それが、短絡的だと言っている」
 澄香は大きく溜息を吐く。
 俺と二人、澄香の執務室で立ったまま話しているが、澄香は、俺よりも3センチほど目線が高い。
 長寿の覚醒者の澄香は、古代人なので背が高い。
 これもまた、俺が澄香に『見下されている』と思う原因でもあった。
 そもそも、容姿の成長を止める『覚醒』に至る者は、高濃度のオーラを持ち、高度の術式の知識を持ち、博識で、桁外れの能力に目覚めた者。容姿の成長が止まるから、老いすらも忘れてしまう体さえ持つ。
 元々、この天聖界は、神が産み落とした子供が形作ったと言われている。
 だから、神々の末裔である世界の住人達は、元々異能力を持っている。
 手を使わずに物を持ち上げたり、灯りを灯したり、足を使わずに空間を移動したり、頭の中で他人と会話したり、スプーン曲げたり・・・は、何の代価もなく、生まれつき出来たりする。あ、力任せにだったら俺でもスプーンは・・・あ、どうでも良いかこれは。
 まぁ、生まれてすぐそんな暴走されると困るから、生まれたらすぐリミッターつけられたりはするんだけど。
 しかし、それでも神ほどの能力を有しているわけではなく、多くの者が、人間界の人間と同じように成長し、老いていく。
 その成長過程で、能力を限界まで開放し、それがある一定レベルを超えてしまうと『覚醒者』になるんだそうだ。
 『覚醒者』は肉体の成長をその時点で止めてしまうので、そのままの姿で何年も生き続けることになる。
 その覚醒にいたるレベルも人それぞれで、大した事ない覚醒者もいれば、千年以上を生きる大覚醒者もいて、様々なんだと。
 その辺の違いは、俺も今のところ良くわからんのだが、とりあえず、今この屋敷にいる澄香、カイ、デルタ、オメガ、プサイの五人とも、間違いなく覚醒者だって言うのはもうわかっている。
 とりあえず色々凄いし、な・・・
 しかも澄香は、それでなくても三眼の者。
 突然変異で何百年に一人しか生まれないといわれる三眼の者は、生まれつき才能に恵まれた、高濃度のオーラを持つと言う。
 普段はぴたりと閉じられている額の目は、一度開かれると能力の上昇を誘い、それは並の覚醒者とは違っているんだとか何とか・・・
 さっきの様子を見ても、ちっとも本気も出していない澄香がどれほどの者かを憶測するのは俺には無理なのだが。
 それでも、戦闘訓練で極稀に澄香から手ほどきされたりするんだが、その時は俺は次の日使いものにならないほど甚振られるのだ。
 兎に角、俺は、色々あって澄香が苦手だ。
 口でも力でも何でも、兎に角勝てる気がする相手じゃないのもあるし、その澄香が、何故俺を戯れにでも傍に置くのかがわからないからでもある。
 秘密の多い奴には気をつけた方が良いという事は、小さい頃から俺の中にこびりついていて離れない。
 それを取り去れない以上、どうしても、心の底から澄香を簡単に信じられない自分がいる。
「親元に・・・ 帰してどうする」
「・・・」
 諭すような口調に、俺は言葉を継げなかった。
 わかっちゃいる。
 そうだ、わかっちゃいるんだ。
 親元に帰れても・・・ ファイは、きっと、また、色を失う世界に戻る。
 親は・・・金がないから、子供を売る。
 それほどまでに困窮した事態に陥るほどに酷い様子なんだろう。
 ファイの纏う服を見ても、その様子は容易に想像できる。
 それに、元々、今回の売主が親だとは限らない。
 もしかしたら、俺のように、何度も転売を繰り返されているのかも知れ・・・ 多分、あの絶望の仕方は、そっちだと、俺には確信できた。
 俺が、そうしたい、と、本音で思っても、どうにもならない事実。
 親は・・・ 暖かいだけの者でもない、と思うと、胸が少しだけ痛むような気もした。
「・・・ふう。まあ、良い。聡いお前の事だ、どうせ解っているのだろう。お前が、しっかり面倒を見てくれるのなら、私はファイをここに置く事に異存はない」
「な・・・」
「さっきもうその話はしただろう。それは、責めてはいない」
 ・・・唖然。
 意味が、良く、わからない。
 でも、何か確実に腹に持っているその言い草・・・気になる。
「あれは結構な拾い物だぞ、伸太郎。美しく育つ。保障するぞ?」
「・・・馬鹿野郎!!!」
 その、冷やかした態度が物凄く癇に障った。
 そういう・・・事なのか・・・
 結局は転売のタネに。
 納得できる、わけがない。
「そんな・・・そんなつもりで、やったんじゃ、ねぇよ!!!」
「だからそう、私の下らない冷やかしにいちいち激昂するな。当たり前だろ」
「だったら何なんだよ!! 回りくどい言い方で勿体付けやがって、気に、いらねえんだよ!!」
「それも解っている。私に飼われている事が気に食わない事もな。・・・でも、もっと、気に入らないものがあるのだろう?」
「あ? なんのこったそれは」
「指摘しないと、いけないか?」
 澄香は探るように俺を見た。
 深い紫の瞳に見られると、心の奥底まで見抜かれる気がして、俺は、知らず、息を呑んでいた。

「この世」

 澄香の言葉に、目を瞠る。
 俺が、澄香の事よりも、この世を、疎んじているって?
 ・・・指摘されて気付く。
 それは、確かにその通りだった。
 ここにいる以上逃げる事の出来ない格差と貧困。
 それは、確かに、気に入らない。
 でも、それを俺が気に入らないと叫んだって、変える事は出来ない大きな力。
 いつも、俺が、屈服してきた大きな力だ。

「変える気は、ないか?」

 何だそりゃ・・・
 できるわけ、ねーだろそんなもん。
「出来なくはない」
 俺の、言葉に出来ない否定の空気を感じ取ったのか、澄香はそれから打ち消しにかかる。
 こういう、先読みされると俺が喋れねーだろが。
「少なくとも、ファイという小さな少女の未来を、既に救えているのだぞ、伸太郎は」
「・・・!・・・」
「あのまま放っておいたら、ファイは恐らくそう長くは生きられなかっただろう。
 あの男は自我すらも崩壊しかけていたから、恐らくファイは喰われてしまっていただろう。
 その呪縛から解き放っただけでも、お前は、彼女の未来を変えたことになるんだよ」
「・・・そう、なのか・・・?」
「まぁな、そういう事を言っておいた方が、伸太郎が事の重大さを理解しやすかろう」
「でも、それは俺じゃねーし。手を降したのはお前だろ・・・ それは」
「きっかけを作ったのは伸太郎だ。私は、本当に手を降したに過ぎず、お前がここにいなければ通り過ぎる程度の現実だ・・・ ここでは、な」
 口では勝てない。
 このままでは、言いくるめられる気がする。
 ・・・ああ、でも、澄香は・・・ 俺を、責めているんじゃない。
 そうだ、そうだよな・・・ 怒られ慣れるというのは、怖いもんだな。
 いい感じに俺、実は調教されちまってんじゃねーかよ。
「卑屈に考える事はない。今すぐに、全てをひっくり返す事は出来なくても、一つ一つ救える何かがあるのなら、それをやる事に無意味な事など何一つない。お前にそのつもりがあるのなら、バックアップは惜しまないが?」
 ああーでも、何故俺はこいつの良い所を見ているのにこの腹黒さを感じてしまうのだ・・・
 どうにもその笑顔の裏に、黒いもんが見えて仕方ないんだよ。
「何が狙いなんだ、それは」
 答えるわけがないと知っていながら、一応聞く。
「趣味だ」
 一見腹黒さは微塵も感じさせない優雅な笑みで、嘘ばっかり吐きやがる。
 でも、澄香を気に入らないってのは、少し薄れた。
「乗った」
「よし。いい答えだ。それを待っていたんだ」
「何ぃ??」
 今、何つった、こいつ。
「伸太郎は自分では知らないだろうが、物凄い聖属性のオーラを放っているんだよ。それはそれだけで下衆どもの標的になりやすい。自覚はないのか? それを利用して、この捻じ曲がった貧民区を少しでも変える。それが私の、『趣味』なんだよ」
 ふふ、と、綺麗な顔に笑顔を見せているが、この顔・・・ 間違いなく、自分の策略に堕ちた俺のことを面白がっている。
 あ・・・ああああこいつうううううう・・・
 は、嵌められた・・・
「私は無意識の正義漢のお前をとても気に入っているよ、伸太郎。お陰で色々捗って助かるんだ」
 ああ・・・ そうか・・・
 だから、俺が外に出て好き勝手やっている時も何も言わず傍観し続けたんだ。
 俺が、こういう行動に出る機会を、ずっと、待って、居やがったんだ。
 多分、自分でも色々やっていたんだろう、澄香は。
 澄香が悪人じゃない事くらいはわかっている。
 でも俺は、本当に、こういう仕組まれた方法で嵌められるのが大ッ嫌いなんだよ、畜生!!
 ・・・まあでも、負けちまったし仕方ない。
 それに、提示された事に関しては、やってみる価値はあると思った。
 俺の自己満足にしかならなくても。
 少しでも、この歪んだ貧民区に変わる何かがあるのなら、それに怖気づく前に、行動を早く起こすべきだったんだという事も、今、わかった。
 俺がぶらぶらしていた時間にも、確かに失われて行ったものはあったはずだ。
 それを責めない澄香は、やはり、それなりの年を経た奴なんだろう。
 俺がそこまで考えて落ち込んでいることもきっとお見通しで、だからそれをわざとに口にはしない。
 こういうところ、優しいんだか、冷たいんだか、俺には伝わりにくいんだよ、澄香。
「お前ホント、やな奴だな・・・」
「不器用なだけだよ、私は」
 よく言う。
「その、な、ファイの事・・・ ホント、悪い」
「違うだろ」
「へ?」
「こういう時はな、『ありがとう』と言うべきだ」
 く、こいつ・・・ 涼しい顔で、よくも。
「ぐ、むむ・・・あ、アリガトウゴザイマシタ」
「何だそれは。心にもない・・・」
「言わせたんだろがお前がー!! うう、口が裂けるかと思ったのに・・・」
「心からの言葉が聞きたいんだが?」
「感謝してる。俺にはどうにも出来ない事だった。本当に・・・俺が、一番、良かったと思ってる」
「何だ言えるじゃないか。素直じゃない奴」
「ウルセエよ。何かとりあえず腹減ったんだよ・・・ 早く開放してくれよ」
「ああ・・・ そんな時間か。仕方ないな・・・育ち盛りは」
「その甘酸っぱい言い方はやめろー!! ホント、俺を転がして面白がってるよな」
「そんな事はないよ」
 突然真面目な声になる。
 その様子に驚いて、俺は澄香を見返す。
 相変わらず目線が高い。
 少し、瞳の色が曇ったように見えた。
「お前を転がすのは・・・ 私ではない」
 何だそりゃ。
 そりゃ、別に、俺を転がす奴が居るって言ってるようなもんだぞ。
 ・・・また、転売にかけられるんだろうか。
「あ、いやスマン、そういうことじゃない、転売じゃない。ただ、少し考えて欲しい・・・
 私もお前を金で引き取っている身だが、ファイもまた、お前に救われて引き取られた身だという事を、な・・・ ファイにとっては、私ではなくお前がマスターなのだ。そして、マスターとしての立場にも、色々あるという事を、お前は知っておいた方が良い」
 相変わらず謎かけのような澄香の言葉の真意を、俺は結局は汲み取れない。
 困って固まる俺に、「今は、わからなくてもいいから」とだけ言い、俺を促して食堂まで足を運ぶ。
 広い屋敷だから食堂は遠く、普通に歩いても結構かかる。
 城と言ってもいいこの屋敷からは、広い窓から見下ろすと、朝の喧騒の始まる貧民区が伺えた。
 毎日と同じ朝。
 毎日と同じように高く昇る太陽は、石の壁の陰影を深く刻んでいる。
 大きな並び立つ窓から注ぐ太陽光は、既に暖かい。
 瞬間移動を軽くこなすくせに、澄香は俺に付き合って、わざわざ歩いて食堂へ向かうのは、人間界での人間としての行動の仕方を実践しているのかもしれない。
 先行きゃいいのにこいつ・・・ と思いつつ、先程の事を思い出して、聞いた。
「あの、さっきの奴・・・ 処分って、どうするんだ?」
 凄く気になった。
 処分・・・という、言葉の意味を知りたかった。
 澄香は冷淡に話す。
「知りたいか?」
「う、まぁ・・・」
 澄香は溜息を吐いた。
「お前は本当に馬鹿だな」
「なんだよ・・・」
「あんな者にまで肩入れするな」
「・・・」
「彼は魂を汚され、最早救いようのないところまで堕ちた。何度も恐らく殺しているし、仲間を増やしているのだろう。浄化の法をカイに施術させるが、おそらくは・・・ 効果は得られず、術の負荷に耐えられず・・・ 助からないだろう」
「・・・!!・・・」
「今話題の食人鬼だよ、あれは・・・ 自我を失い、食うことしか知らぬ。もう自分が苦しんでいる事にすら気付けないほどに魂を堕としてしまった。あれを救う術は、今のところ・・・ 見つけられていない。死んだ方が彼らは寧ろ楽になるのかも知れん・・・」
「・・・」
「お前がそんなに傷つくな。だから、馬鹿だな、と言ったんだよ」
 馬鹿馬鹿言うなぼけっ。
 思ったけど、どうしようもない。
 本当、俺も、馬鹿だと思う。 
 救う術は殺すしかない・・・
 でも、あれは、元は俺たちと同じ、ヒトだったんじゃないのかよ?
 あれがどうしてああなったのかは、やはり、今は説明してくれないんだな、澄香・・・

+++☆★☆★☆+++


 食堂に入ると、プサイ姐さんが朝食を用意しており、長話していたにも拘らず、オメガもデルタもそこに静かに立っている。
 カイだけは居ない。
 ・・・きっと、今、施術中なんだろうと思った。
 弾は、いつもの午前中はここにいる筈なのに、今日はどうやら寝坊かな・・・?
 って、もう多分、結構な時間だけど。
 でも弾は、一緒に午前の勉強をしているけど、俺ほど毎日じゃない。
 今日は不参加なのかな・・・ てか、弾の午前の勉強は、自由参加らしい気もする。
 一人だけ食卓に座らされたファイは、身を清められて先程の様子とは全く違っていた。
 色を映さないように見えた銀の髪は、食堂のシャンデリアの光を浴びて様々な色を反射する。
 粗末な服は着替えられたのか、柔らかそうな生地のピンク色のワンピースを着せられていた。
 食事には全く手をつけていない。
 あの細い体で、腹が減っていないわけがないのに、食べられないのは・・・察しがついた。
「参っちゃうぞ、食べないと」
 本当は、主の澄香が先に食卓について、澄香の食事が終わるまで下僕は待っていなくてはいけないんだが、そういう作法だけはここに来る前にも教えられていたが、澄香は寧ろそれを気にはしないので、俺は澄香よりも先にファイの横に座る。
 ファイは少し身動ぎして、俺が横に座ったことに驚いて目を瞠る。
 俺は目の前にあるホットミルクをカップに注ぎ、どぼどぼと3個くらいの角砂糖を突っ込んだ。
 その様子を見ていたデルタが「多いって!」と、わざと聞こえるように笑って言ったのを無視し、ファイの前に置く。
「甘いものは、気分が落ち着くぜ」
 言っても、ファイはそれを見るだけで口にはしない。
 まあ、そうか。
 俺はファイの為に入れたホットミルクを全部一気に飲み干した。
 ああー、甘味って、人を癒す力があるよなぁ。
 ファイは、大きな目を更に大きく見開いて、唖然として俺を見ている。
 おおっ、顔半分が目みたいだぞお前。でっけー目だなぁ。
「ああー美味しいなぁー。飲んでみる?」
 聞くと、今度ははっきり頷いた。
 もう一度同じ要領でホットミルクを注ぎ、ファイの前に・・・置く前に、俺の手から、ファイはカップを受け取った。
 恐る恐る、一口だけ口に含んで、気に入ったらしく全部一気に流し込んでいる。
 こくこくと、小さく喉がなっている様子が見えて、少しだけ安心した。
 飲み終わって、再び俺のほうを見上げてきた。
「よしよし」
 頭を撫でる。
 ああ、さっきまでぼさぼさだった髪も、綺麗にしてもらったんだな、全然手触りが違う。細くて柔らかい髪。
「お腹に水分入って、お腹空いてるの思い出したろ。一緒に食おうぜ。こうやるんだ」
「戴きますはどうなさいました?」
 冷めたスープを温めに行っていたプサイ姐さんが指摘する。
「姐さん、腹、減ってんだよ。いいじゃん、んなの」
「よくありません! 毎日の、毎食の、事なのですから!」
「ああスマン、私は先に戴いてる」
「澄香様っ!! もう、仕方のない人たちですね・・・」
 プサイ姐さんは苦笑する。
 いつの間にか向かい側に座る澄香は、もう三分の一ほども食べてしまっていた。
 早いッつーの、お前。
 ファイは、俺が持ったのと同じスプーンを持ち上げて、その後どうして良いのか困っている。
「こうやるんだ、見てて」
 プサイが温めてくれたスープを掬って見せて、口に運ぶ。
 それを見てスプーンを握りなおし、不器用な手つきで同じように口に運んだ。
「上手上手」
 もう一度頭を撫でてやる。俺はこの柔らかい髪の感触が結構好きなのかも知れない。
 ファイは、今度はさっきよりもよくわかる笑顔を俺に返してきた。
 そうか、ちゃんと、笑う事思い出せるんだな。
「お前も、上手だよ」
 不意に澄香が言う。
「何が」
「いや。別に」
 無表情で言った後に、澄香はまたもくもくと食べ始めた。
 その様子を見ていたオメガが珍しく肩を震わせて笑う。
 オメガは、カイやデルタよりも表情が乏しい方だと思っていたのだが、珍しく隠しもせずに笑っている。
「何だ、オメガ」
 澄香は少し不機嫌そうに見えた。
「いえ、別に・・・」
 指摘されても、悪びれた様子も見せずにオメガは笑う。
「貴方はとても不器用だなと、再確認しただけです」
 ?
 不器用? 澄香が?
 そう言えば、さっき自分でもそんなこと言ってたな。
「へ、変な事を言うな。失礼な奴だな。ご馳走様、プサイ。仕事に戻る」
 何故か指摘されて動揺した澄香は、椅子をガタガタさせながら立ち上がった。
 おおおっ、もう全部食ったのかよ。相変わらず早っ。
「あ、おい!」
「何だ」
「スマン、今日ちょっと、時間押してるから迷惑かと・・・」
「いい。午前中は休め。寝てないだろ」
「助かる」
「オメガ、そう言えば報告どうした」
「はい、衰弱はしておりますが、体調を崩すほどでは。解呪も施しました。毒も受けてはいないようです。問題ありません」
「ご苦労様。カイが戻ってきたら報告を遣すようにと。あと、弾を呼んでくれ。
 午後から、これから少し体制を変えるためのミーティングをする」
 言うだけ言って、澄香は今度は空間転移で食堂から姿を消した。
 その様子を見てデルタが今度は大声で笑いだした。
「あーウケル!! まじウケル!!」
「???」
「慌てちゃって!! てか、オメガ、お前素直に言いすぎだっつの!!」
「そんなに笑うな。勘付かれるぞ。鋭いお方なんだから」
「お前が言うなよ! かまやしねーよ。あーもう、本当不器用だよなー、しょーがない人だ、全く」
「何が?」
「お? 聞いちゃうかね、君は」
 デルタは一見強面の、赤い短髪碧眼なのだが、砕いた人柄からなのか、俺には一番とっつきやすかった。
 デルタは頬にある刀傷を少し掻きながら考える素振りをし、意地悪く笑う。
「本人の名誉に関わるから、言わねえ」
「何だよそれっ」
 ああもう、デルタ、俺で遊んでるなお前っ。
「名誉のためなら、言ったほうがいいぞ」
 オメガが眼鏡を中指で上げながら言う。
「まあなぁ・・・」
 また、デルタは少し考える素振りをする。
「何だってんだよ、なあ?」
 俺はファイに視線を移し、そう問いかけると様子を見ていたファイが、「?」と、首を傾げて見せた。
 それを見てまたデルタが笑い出す。
「本当、上手上手。そういうこと、坊主。澄香様は言わなかったけどな、お前、マスターとしてしっかりもう色々できてんだよ。それを褒めようと思ったんだろうけど、色々頭にあって、素直に出せねーんだよ、あの人は」
「はぁ? 澄香が俺を褒める??」
「ほらそういう反応する。だから、褒めにくいんだよ、お前の事」
 ・・・何か、本当、俺の周りの大人の言葉は良くわからない。
 マスターとして色々出来てる?
 何だそりゃ・・・
 良くわからなかったけど、その後も、ゆっくりとファイが食事を出来るように付き合った。
 気がつけば二時間が過ぎていて、そう言えば結局完徹だなあと思いながら、午後のミーティングに行った。
 それが、今回の事の起きるきっかけのきっかけだった。
 これがなかったら、多分、俺はもっと卑屈な人間になっていたんだろうと、今は思う。

2007/12/09 up

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小声で編集後記のコーナー。
何かだらだら会話だらけで下手糞ですねー。
ま、この辺りは書きながら私も成長していきたいです。
情景描写が巧く出来ない・・・どうよ、物書きとして、それは・・・
でもここは澄香と伸太郎の微妙な関係性と、伸太郎とファイのちょっと温かい話なども書きたくて、結構頑張りましたがこれもまた一日で書いていると言う脅威。
勢いってすげー。
で、若干、伸太郎がタラシ臭出てきました(笑)。
書いてたらファイとくっつけたくなってきました(オイ)。
そして澄香・・・ 確実にツンデレです。どうしましょう、これ。
一応これ、エロも入る恋愛要素も入ってくる筈の話なのですが、どうしたらそこに向っていけるのかなー、遠い道のりだー。