第一章  

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 ここに・・・ 澄香に引き取られてからの俺の時間は、本音で言えば、今までの俺の長くはない人生の中で一番まともだったと言える。
 喰いもんに困る事もなければ、他者からの圧倒的な支配力に屈する事もない。
 ただ、澄香は俺を甘やかす為に引き取ったわけではないのは俺自身も良くわかっていたから、俺は素直に澄香に従うことにした。
 俺にはどうする事も出来ない、上での、金の動きもあったんだろうと思う。
 俺自身を、金で、澄香が引き取ったのだと言う事は俺でもわかっている。
 それは、今までの俺の居た立場を考えれば仕方ない。
 もうこれは、何度目かの経験だったし、事実、俺がどうあがいても抗いきれない事だった。
 人を食ったような澄香を嫌いだが、でも今までの雇い主を考えたら、一番まとも、だったんだ。
 澄香は、親兄弟がいる事すら知らずにいた俺に、兄を会わせてくれた恩人であるという負い目もあったし、兎に角喰いもんに困らされなかった、というのは大きかった。
 澄香は、今までの俺の雇い主とは、確実に一線を画している。
 今までの俺の雇い主は、俺を、金儲けのタネくらいにしか思っていなかった。
 俺の利用方法は、大体決まっている。
 でも、澄香はそれをさせなかった。
 その時点で、澄香が俺に何を望んでいたのかがもうわからなかった。
 澄香は数々、俺に奇妙な事を教え込んだ。
 今まで培ってきた戦闘技術の向上のための訓練。
 引き取られる前までに、貧民区で生き抜く為に、俺が身につけた数々の護身の方法から、俺向きなのを選んで教え込む。
 これは、今までの雇い主が、俺を使って金を稼いできたのと似てはいる。
 俺は、師について、戦闘を学んだ短期間の経験しか持っていなくて、基本的な事は何も学べてはいなかったんだという事実を知ることになり、少しへこみもしたが、元々体を動かす事は嫌いじゃないから、それに夢中になって打ち込ませてくれる事は有り難かった。
 師であるあの人が俺に叩き込んだのは、戦う為の、折れない心。
 それだけがあれば、俺は、きっと、強くなれると信じていられたから。
 ・・・でも、全然身になっている実感はないんだけどな・・・
 俺が持っている技は、ぶっちゃけると、拳闘士としての物理攻撃中心の戦闘技術しかない。
 オーラとか術式とか魔道とか覚醒・・・色々、色々あんだよ。この世界には。
 だけど、・・・どうしてか俺、教え込まれてもコレ、超苦手なんだよな・・・
 これが無能と言われる原因なんだけど。
 それでも、澄香は、カイやデルタやオメガを教師に据え、熱心に根気強く俺に色々叩き込んだ。
 幸いおかげで、オーラとか術式とか魔道とか禁呪とかその他諸々、原理だけは理解できた。原理、だけは、な・・・ 複雑な組み方とかは、頭には入ったけど実用できない・・・
 あと、コレも異質だと思ったのが、人間界での、人間としての身の振り方とかを学ばされてる。
 人間界に行く、というのは、一応、違法だ。
 大体この『天聖界』の天聖人は、俺のような無能力者の方が珍しく、移動にすら足を使わないで能力を使うような奴ばっかりなのに、そういう奴が人間界に行ったら、大変な事になる・・・んだと。
 この貧民区で違法も何もねぇとは思うんだけど、余計、この貧民区に在って、何で人間界なのかと、疑問に思った。
 でも、こことは違う世界に興味がないではなかった。
 俺が卑屈に考えすぎかも知れんが、俺のような者でもまともに生きていけそうな気がしたからだった。
 無能力者の俺は、そもそも、そこにこそ生を受ければよかったのにと思う程に、人間界に魅力を感じるようになっていたのかも知れない。
 その勉強には、なぜか弾も澄香も一緒に参加していた。教師はカイ。
 カイは、あっちとこっちを移動できる特殊能力があるのだとか。
 で、どうすれば怪しまれないかとか、あっちで同族に会ったらどうするとか、こうするとか。
 そういうことを教えられたりして、三年経った。

 色々、逃げたい現実、というのがある。
 それから逃げない為に、俺は、俺を強く律していたいと思っている。
 人としても歪んだ形でいた俺が、少しだけまともになれるような気持ちになる事が出来るようになったのは、悔しいが澄香に引き取られてからだ。
 今までだったら、対等に面と向かって雇い主と話をする事さえ少なかったのに、澄香は俺に、不平不満まで許しているのも、そもそも変わっていると思う。・・・あ、そりゃ、ここへ来て俺が物凄く図太くなったのもあるが。
 俺に身につけさせる数々のノウハウと共に、人としての在り方、というのも、もしかしたら叩き込みたいと言うのもあったかも知れない。
 澄香のような、本心を見せないやつの考える事はわからんが、もしかしたら、と思うと、弾が澄香を信用する意味は、少しだけ解る気もしている。
 それに澄香は、俺の日中の行動を、午前中は人間界についての勉強に充て、午後は戦闘訓練に充てていたけど、それ以外の時間は、俺に自由を与えてくれていた。
 まあ・・・ この、かりそめの自由時間、というのも、もしかしたら澄香の策略だったんじゃないかと思う。いや、間違いなく、策略だ。
 俺がその自由時間に趣味でやっていたことを知った澄香が、嬉々として俺を全面バックアップしてきたのを何故胡散臭く思わなかったんだろう。

 事は、その、俺の自由時間に起きた。
 
 だが、自由時間をこういう使い方に走らせたのには先ず理由がある。

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 澄香の家に居つくようになってから、あの、身を焼くような危機感は、俺から次第に抜け落ちていた。
 それは悪い事じゃないと思う。
 いつでもギスギスして、周りが全て敵だと思い込んでいた時期もあったから、人知れず笑顔すら見せられるようになっていた俺は、昔の俺を知る人間からしたらもう、別人かもしれない。
 そう思ったら可笑しかった。
 最初は外に出る事にすら億劫がっていた俺が、どういうきっかけで、外に出たのかはもう、あまり覚えていない。
 かりそめの自由でも、その時に外に出て目にした世界の全ては、新鮮だった。
 灰色だった世界が、こんなに色を持っているなんて事を、俺は知らなかったから。
 貧民区で生きる人がそれだけで全部屈折していると思っていた俺は、それが歪んだ事実だと言う事も知るようになった。
 昔は、なかったらしい貧民区。
 現女王の悪政で、荒れて出来た腐敗の地。
 でも、そこに生きる人はそれでも輝いていて、必死なんだと言う事を俺は初めて知った。
 俺が必死だったのと同じだということを、俺は、自分のことにばかり気をかけて、気付けないでいるほど愚かであった事を悔いもした。
 それでも、色のある世界がこんなに美しいとは思わなくて、たびたび外に出かけるようになっていた。
 町の喧騒は騒がしく、それでも活気に満ちていた。
 どうやら、俺の知る、あの、暗い貧民区とは少し違って来ている気もしたけれど、物の流通は一見潤滑に働いていそうだったし、人は人に暖かいものなのだと、知ることも出来ていた。
 太っちょの気のいいおばさんが「君は痩せているからよくお食べ!」と言って、美味い飯を食わせてくれる所もあれば(勿論、一応小遣い貰っているので金は払ってるぞ、念の為)、闇の防具や武器を扱う所なんかもあって、家では知ることができないような術式の組み方とかを教えてくれるような奴もいた。まぁ、武器も防具も術も、使えないんだけどな。見るだけでも楽しかったというか。
 澄香は、俺を引き取ったときから俺が外に出るのを止めはしなかった。
 家出したら戻らない、とは思ってはいなかったんだろう。
 昔、別の雇い主の時に、どうしても嫌で仕方なくて逃げた事があったんだが、俺のオーラパターンを掴んであっという間に見つけ出されてしまったので、逃げ場はない、というのは良くわかってもいたし。
 で、まぁ、俺を安く見ていたわけでもなかったらしく、治安の悪い貧民区を俺がぶらついている事にも特に指摘されなかった。
 そうやって人と関係を築く事を、それなりに悲観しなくなって、楽しんで外に出るようになったんだが、結局は、貧民区の本質を目にする機会に出会い、深く落ち込んだ。
 ・・・子供の売買を、見かけてしまった。
 売主をぶん殴ってやりたかったが、売られた子供の様子が気になって、つい後を尾行てしまった。
 他人事、には出来なかった。
 無能力の俺にも一見してわかるような禍々しい風体の男に、買われていた子供。
 男は人気のない路地の奥に入ると、子供を自分の方に向けさせた。
 男は黒のローブを纏い、ぼさぼさの灰黒色の髪には艶もなく、頬は痩せこけ、肌の血色も良くなく、痩せ細っているのに目だけがぎらぎらと輝いていて、節くれ立つ手は骨と筋しかないように見えるのに、力だけはまだ宿っているのか子供の肩に指が食い込むほど強く掴んでいる様子が見えた。
 その様子だけでも異常だった。
 子供・・・女の子は、全てをわかっているようなのに、悲観した色すら瞳に浮かべることなく、世界を灰色にしか捉えていない目をしていた。
 男が女の子の首筋に口を寄せて行く。
 女の子は掴まれても抵抗もせずにいる。
 男が口を大きく開いた時に見えたのは・・・ 長く、鋭い犬歯。
 咄嗟に自分が何をしたのか、その時は頭よりも何よりも本能からの行動だったような気がする。
 俺は、その男ををぶん殴って、更に蹴っ飛ばして、女の子を、気がついたら攫い出していた。
 怖気がしたんだ、あの光景。
 黄色い犬歯から糸を引いて滴る涎さえリアルに目に焼きついた。
 あの、男は・・・ 子供を、喰おうとしているようにしか・・・ 俺には見えなかったからだ。
 あの噂・・・ 本当だったのか。
 貧民区で食人鬼が出るという噂。
 ・・・って、落ち着いてる場合じゃねぇ!!
 ああああああーーーーーーーーーー俺!!!!
 俺、いつから、人攫いに!!!!!
 つか、無防備の丸腰相手に、とりあえず俺の個人的な生理的嫌悪オンリーで暴力振るうってのはどうなんだ俺ーーーーー!!! って、俺なのか、やはりこの場合、俺が悪人ですか!!????
 あああーーーーって、どうすんだ、この子!!!
 俺が責任取るのかあーーーーーー!!!
 ・・・無理だ・・・ 俺も買われた身だったんだったよなぁ・・・あああ・・・
 凄く落ちた。
 結局は、俺の捉え方だけが変わっていた貧民区の何も変わらない事実にも、俺には、どうすることも出来ないのだと言うことにも。
 でも、攫い出してしまった以上、放り出すわけには行かなかった。
 とりあえず噴水のある大通りの広場に出て、適当な座れるところを見つけて、その子供を腕から下ろした。
 水が静かに流れる音が、少しだけ俺に冷静さを戻してくれる。俺は、この広場が結構好きだった。
 まだ10にも満たないと見えるその子は、突然の俺の突飛な行動に怯える事すら忘れ、ただ、されるまま、力のない様子でへたり込んだ。
 胸が苦しい。
 きっと、昔の俺も、こんなんだったんだろう。
 どうしてやればいいのかわからなくて、とりあえず、その子の頭を撫でてやる。
「ゴメンな、怖い思いさせて・・・」
 女の子は、俺の言葉で、少しだけ瞳に色を宿した。
「何か、腹減らないか? これ食う?」
 そう言えば、と思い出して、家からくすねてきた飴をポケットから出す。
 女の子は、その俺の手の中にある飴と、俺とを見比べて、俺の顔を見たまま、色の宿らない瞳から湧き出る涙を止めることもせずに泣いた。
 こんなに小さいのに、声を上げもしないで泣く。
 その様子があまりにも痛々しくて、その子を胸に掻き抱いて、俺も、多分、一緒に泣いたのかも知れない。
 相変わらず左の目からしか涙は溢れてこなかった。
 今はただ一緒にいてやることしか出来なくて、ひとしきりその子が落ち着くまで一緒に居たけど、時は確実に経過して、夜明け近くに我に返る。
 帰らないと流石に、また、俺の捕獲作戦始まっちまうな・・・
 嬉々として俺を捕らえに来た澄香の顔を想像したら、少し腹が立ったので、素直に家に帰りたいところだが、この子を放っては置けん。
 し、仕方ない。
 連れ帰るか・・・ 俺が、やっちまったわけだし、な・・・
 澄香がどんな反応を返してきても。この子は、守らないと。
 そう思って、覚悟を決めて、家に連れ帰った。
 その頃には、泣き疲れた女の子は、俺の腕の中で静かに眠っていた。

「何だそれは」
 澄香は想像通り、家に連れ帰ったその女の子を見て、心底不愉快だという表情をする。
 今もまだ寝ているから良かったようなものの、そんな顔、見せんじゃねーよボケっ。
 頭では悪態をついてみるが、どうやっても不利なのは解っているので、結局不貞腐れた態度しかとれなかった。
 どう説明していいのかもわからなかった。
 口に、出したくなかった。
 人が、人を、売買する事実を。
 澄香だって、俺を、結局はそうやって手元に置いているのだし。
 でも、その澄香の様子は、何だか違っていた。
 真顔、だった。
「厄介な者を連れ込んだな・・・」
 その場に集められていたカイ、デルタ、オメガの三人が身構えて俺の後ろのドアを睨む。
 ん・・・ 何か、様子が変だな。
「無能力のお前に言っても仕方がないが、ここまで太い『糸』がついているのに私の家にこんな者を案内するとは・・・」
 『糸』?? しまった、さっきの男か!!??
 俺に呪的な視力はない。だから、買われたこの子に『糸』が付けられていても、俺はそれにどうしても気付けない。
 この子が泣いていただけの時間に、『糸』は簡単に手繰り寄せられた筈だ。殴ったのも、一応、殺さない程度に手加減はしていたし。
 それでもその時に俺に手を出さなかったのは・・・ あれ、何でだ?
「姿を現せ、食人鬼!!」
 澄香は、俺の後ろの閉じた扉に向かって叫ぶ。
 と、同時に、後ろの扉が勢い良く開け放たれた。
「・・・それは俺のダ。カエセ・・・」
 ひぃ!!
 ドアの後ろには、あの男が立っていた。
 黒いローブを纏って、形すら曖昧に見えるその男の顔には、俺の殴った痕は跡形もない。なんかの術で治したのか、この野郎。
 澄香の唇の端が、嘲りを含んで吊りあがった。
「・・・俺のだ、だと? 支配されながら我を語るのか、笑わせる・・・」
「カエセ・・・」
「お前は・・・ どうやら下級だな。光に群がる羽虫のようなもの・・・ お前の支配者は、お前のような微弱な者からは情報すら吸い上げる事もないのだろう。いや・・・恐らく、それが出来ないから野放しなのか・・・?」
 澄香は、独り言ちているように見えた。
 探るような紫暗色の瞳が細められる。
 男はぎらぎら輝く目だけが異様だが、こちらを見ているのか良くわからない。
 そもそも、会話も成立していない。
 ん、澄香・・・ ひょっとして、こういうのを相手にするのに慣れてるのか・・・?
 話し振りからして、何かそうっぽいような・・・
 支配者とか、何だそれは。
 俺は、俺が蒔いた種なのに、澄香が珍しく表情を露にして男と話す様子に魅入っていた。
「カエセ!!!」
 ! 男の体ががくんと震える。
 その様子に、俺だけじゃなく、カイ、デルタ、オメガが身構える。
 デスクに向かっていた澄香が、漸く立ち上がった。
「馬鹿め!! 返り討ちだ!!!」
 澄香がすっと手を上げたのを見て、ヤバ!と思って俺は部屋の端っこに避難した。
 澄香の、額にあるもう一つの瞳が開いた。
 うおおーーーーー!!
 は、初めて見た!!!!
 三眼の者ってのは、何か凄いらしい、という事だけ弾から聞いたことがある。
 普段は額の目は閉じられているんだけど、開けると何か凄いらしい。
 噂でしか聞いたことなかった。
 でも、澄香が三眼を開いた瞬間に、俺にも勝敗はわかった。
 急に重力を忘れたかのように、男は空に浮く。
 男は抵抗しようと術を組もうとしているっぽいのが見えたんだが、術の組み方が凄く不完全だ。それは俺でも方陣が見えなくてもわかる。
「悪しき禁呪に堕ちし者よ、天に悔いて恥じるがいい・・・ 『魂縛』!!」
 澄香は空気に向かって手馴れた動作で術式を描き込んだ。
 ・・・ま、俺には描かれた術式の方陣が全然見えないんだが、指の動きからして間違いなく高等術式。凄く安定しているように見えた。
 勝負はついた。
 男の体は、見る間に小さい黒い塊になってしまい、澄香の掌にすとんと落ちた。
 『魂縛』は、魂を縛る術。
 すげー初めて見た。・・・つか、人相手に使っていいのかこの術。
 確か、教え込まれた時に、複雑な術式が必要で(ちなみに俺は術式の組み方はわかるんだが描く指さえ持ってなければ視る目もないので形に出来ない)、術式ナシでなら、相当高濃度のオーラが必要だった筈。
 やっぱ、伊達に年取っちゃいねーな、この女。
「ふん」
 鼻を鳴らして、澄香は忌々しそうに黒い塊をカイに手渡す。
 カイが、苦笑して言った。
「あの程度の者、わざわざ澄香様が手を降さなくても我々に御命じ下さればよろしかったのに」
 茶色のくせっ毛のカイは、人当たりのよさそうな笑顔で澄香に言っているのに、澄香は忌々しげに吐き捨てた。
「撒き餌に食いついただけならまだしも、この程度の力で、私に喧嘩を売る事の愚かさを叩き込んでやったまでだ」
 ・・・珍しく機嫌わるー。
 ん、撒き餌・・・って、何だ。
「それ、処分しておけ」
 澄香が事も無げに言った台詞。
「殺すのか!!??」
 俺は、聞かずに居られなくて聞いた。
「・・・殺さんよ。そういうことを口走るな。彼女が怯える」
 言われて、自分の懐を見る。
 女の子は起きていて、怯えた様子で俺の服を、手が白くなるまで強く握っていた。
 怯えきってはいたけど、女の子が表情を顔に宿した事に何故か俺は安堵した。
 大丈夫だよと言うつもりで、とんとんと背中を叩くと、女の子は再び俺の顔を見て涙を流した。
 その様子を見てつかつかと澄香が俺に歩み寄ってくる。
 お、何だこいつ。やるのかこの。
 澄香は目線に合わせるように、身を少し屈めて女の子の顔を見る。
「君、名前は?」
 おい何だそれは。
 俺は、お前のそんな顔初めて見たぞ。
 いつも俺を見下してるくせに、その、何も食わなそうな、人の良さげな笑顔は何だ、気持ち悪い。 
 女の子は、唇を動かす。が、声は出ない。
 ・・・胸が苦しくなる。
 どんな事があったのかと、その先を聞けないほどに辛い事があったのだろう。
「ん? ふ、あ、い・・・? ファイ、で、いいのかな?」
 女の子は、頷いた。
「怖い思いをさせたね、ファイ。君は今日からここに住むことになる。突然の事で、本当に悪いのだけど、これから、この男の身の回りの世話など、焼いてくれるかな?」
 おおお??? 何だこの急展開!!
 てっきり、大目玉を食らうと思っていた。
 ここまで、すんなり事が運んでもいいのか、おい!!
 ファイ・・・は、澄香の言葉を聞き、俺を見上げ、その後再び澄香を見ると、やけにはっきりと頷いた。
「ありがとう。よろしくな」
 言うと、ファイは、不器用に微笑んだ。
 ・・・どういう顔をして良いのかわからないというような、人の顔を見ながらする、作り笑いのようでいて、目の前に居る人と同じ表情を作ろうとしているかのような、不器用な笑顔。
 よかった・・・笑えた。
 胸の痞えが、少しだけ取れた気がする。
 優しい気持ちってこういうもんなのかなと、漠然と思っていた俺は、再び澄香の言葉で現実に戻る。
「ファイ、お腹が空いているだろう。プサイが朝食を用意しているから、デルタ、案内してやってくれ。私は、もう少し、コレに話があるのでな」
 デルタが俺の傍に来て、ファイを抱きかかえようとすると、ファイは少し身じろいで、自分で歩けるという意思表示をした。
 細くて殆ど食べていないような体。
 破れてずたずたになった布切れだけを、体に巻きつけているだけのような粗末な格好。
 銀色の豊かな髪だけがとても長く、彼女の体の半分を覆い隠している。
 先程まで色を宿さなかった瞳の色も銀で、ファイの全てをモノクロにしてしまっている感じがした。
 でも、夜明けと共に、窓からまばゆい光が流れ込み、ファイに色を宿している。
 世界は、酷い事だけじゃないと、ファイが、俺に教えてくれているような気もした。
「オメガ。ファイの体調を調べて報告頼む。それと・・・なんだ、色々、調べておいてくれるか。色々だ」
 俺に知られたくないからか、隠語で話しているが、多分、得体の知れない術式などがファイに組み込まれていないか調べる為なんだろう。
 それは俺には見抜けないから、得意分野のオメガに頼むしかない。
 オメガは肩よりも短い黒の髪をぴっちりと撫で付けているのだが、少し頭を下げると必ず右端の髪だけがはらりと頬に落ちてくる。
 それを、眼鏡を直すふりをして元に戻す仕種をして、かしこまりましたと小さく答えてから、部屋を後にした。
 カイもデルタもオメガも澄香の執務室から出て行った。
 そして、再び、嫌ぁな澄香の低い声で、再び現実に戻る。
「さて。お前が言い訳するのと、私が説教するのと、どっちが先の方がお好みだ?」
 勝ち誇って見下した笑顔。
 お前、ホントにさっきのアレ、何だったんだよ・・・
 俺は、何だか物凄く脱力して、『言い訳』とだけ、答えていた。

2007/12/08 up

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小声で編集後記のコーナー。
このページ、一日で書きましたので色々穴だらけです。すみません(汗)。
色々、設定が沢山あるんですがその説明が追いつかないよー。ファンタジーって難しいー(←他人事)。
まあ、小出しにしていきます。
いっぺんに出しても私も整理できないので(爆)。
てか、事件まだおきてないし・・・ どんだけ引っ張るんですか自分(苦笑)。
次もまだ事件起きないかもしれない・・・頑張れ自分!!