第一章




 時を三日ほど遡り、都では。
「さて。主命とあらば、一命を賭して、その任真っ当いたしますか」
 義成はあまり気乗りのしない様子で呟いて立ち上がる。
 その姿は、甲冑に身を包み既に戦準備万端であった。
「嫌なら、私が行くが」
 炸裂喇は無表情のまま、義成を挑発した。
 義成が何故そんな事を言うのか、炸裂喇にはわかっていたから、義成の嫌味な態度もさして炸裂喇には効いてはいない。
「いいよ、話が面倒になるから。あーあ、不発とわかってて出発ってのも気が重いなあ・・・ 相手は海賊だろ、鬼じゃない」
 義成は珍しく感情を露にしている。
 普段、演じることに慣れている義成は誰に対しても本心を見せずに道化を演じたり策士を演じたり自分を使い分ける事に長けている。
 その義成が、珍しく不機嫌さを出している事は、炸裂喇には珍しく、少し突っ込んで聞き出したい衝動に駆られた。
 炸裂喇も義成とは十年以上共に居る事になる。
 わからないことだらけの義成の事を、少しは理解できるようになってきているとも感じている炸裂喇は、少しでも自分に従う魔性の尻尾を掴んでおきたくて、義成が弱みを見せることに敏感だった。
「仕方あるまい。近隣の村にも被害を与えているようだし見過ごせん」
「ははっ、流石人心を掌握なさる大将軍は民の為を考えていらっしゃる」
「・・・お前の配役だろう、これは・・・」
「ああ、そりゃあ失礼〜」
 義成は、炸裂喇が自分に踏み込もうとしているのを察して適当にあしらう。
 義成は心を読むことが出来るので、炸裂喇はいつも読まれないようにしているのだが、それが功を奏しているかは炸裂喇には判別できない。
「それにこの間の修験者の里はあたりだったんだろう」
 義成が全く動じないのも面白くなく、炸裂喇は別の切り口で攻めてみた。
 義成はそれを聞いて再び不機嫌さを露にした。
「あたりじゃない。人以外の者は確かにいたが、そんな生易しい者でもない。色々嗅ぎまわられたしな・・・」
「仕留めなかったのか」
「俺にも出来ない事はあるの」
「・・・」
 義成はそのことには触れられたくないらしい。
 修験者の里を襲ってから、義成は思案に暮れることが多くなった気がする。
 そして、突如いなくなったりすることも。
 その為、自分の下した命令でも、義成が自分の傍を離れる事を少し不安に感じたりもしてしまうのだ。
 今、自分のいる立場は砂の城と変わりない。
 義成の後押しがあったからこそ成し遂げられた事であり、自分の力だとは炸裂喇は少しも思っていなかった。
 それでも、義成に依存しきる事も自尊心から出来ない炸裂喇は挑発をして、義成の反応を見て自分への忠誠心を量っている。
「ん、何。寂しいのか?」
「ばっ、だ、誰が・・・っ」
 炸裂喇の不安は義成に読まれてしまったらしく、義成は冷やかすように嘲笑った。
「兎に角まあ、治安維持の為ってんなら仕方ないさ。俺が嫌なのは、一っ飛びで現場まで行けるのに、軍を率いるのに何日も馬の背に揺られなきゃいけないって事。ケツが痛いんだよ」
「そのような下らない事で・・・」
「しなくてもいい痛い思いをしなきゃならないってのが、苦痛なんだよ」
「そのような不満、兵達に零してはならぬ」
「いいだろ、お前しか聞いてないし」
 義成は炸裂喇の前に立った。
 幼い頃から共にいて、炸裂喇も成長したというのに、見上げるほどの身の丈の差は縮んでいない気がする。
 いつでも自分に従うと言いながら、義成は上からものを見ているのだ。
 出会った時から年老いてさえいない。
 そして、義成の不思議の起こす力の所為なのか、義成が老いない事を疑問に思う者すらいない。
 この美しい魔性に、一部の隙もないことは炸裂喇が一番良くわかっている。
 だからこそ、余計に不安になるのだ。
 義成は、自分を見上げる炸裂喇に微笑みかける。
 それはまるで悪意を感じさせないのに、どういったわけか炸裂喇にうそ寒さを与える。
「暫く留守にするが、何かあったら呼べよ」
「何もない」
「そうだろうけど、気分だよ。ノリ悪いな」
「お前も」
「ん?」
「何でもない。行け」
 気をつけてな、とは、言えなかった。
 言えなかったが、義成にはどうせ心など読まれている。
 案じているなどと、口に出してまで言わずとも伝わる。
 だから義成には最低限の事しか言えない。
 義成は苦笑いすると炸裂喇の頭にぽんぽんと二度触れて、出発の途に就いた。



 今回の討伐は少数精鋭のみで行う事が決まっていた。
 領地を拡げる為の戦ではなく、海賊を掃討するのが名目だったからなのだが、義成にはある計算があった。
 炸裂喇も知ることだが、兵士の中には義成の血を受けた完全に不死の下僕が居る。
 その不死の下僕は義成の使いであり、戦に於いて力を遺憾なく発揮する。情け容赦のない殺戮者となるのだ。
 人との戦の時にはそう多くは使えない。
 だが今回の討伐は、戦ではない。粛清である。
 だからこそ、今回の討伐には下僕しか連れて行かないのだが・・・
 直轄地に入って間もない、まだ未開の土地。
 あそこには、居るのだ。鬼が。
 炸裂喇とも、義成とも因縁浅からぬ鬼の子が、潜んでいるのを知っていた。

 十年ほど前になる。
 炸裂喇がまだ元服してすぐ、天下統一を成し遂げて間もない、初めての鬼討伐。
 それは、炎の鬼の里だった。
 炸裂喇はもう既にあの頃には自分の中の『炎鬼』としての力を使いこなすことも出来、僅かにではあるが、義成に与えられた血のお陰で義成と同質の力を使うことも出来ていた。
 だから義成は、特に炸裂喇の身を守る為に炸裂喇の傍にいることは止め、傍観者としてその場を眺めているだけに徹するつもりだった。
 炸裂喇は今、奪う者として最初の途に就く。
 風嶋の時とは違う、義成が手を下すのではなく、炸裂喇自身がけりをつけなくてはいけないのだ。
 自分に邪魔されたくないと思っていることも手にとるようにわかったから、炸裂喇の傍には近付かなかった。
 目の前は真紅に焼け焦げ、厭な匂いが鼻をつく。
 元々醜いものは嫌いな性質である義成は、自分のすべき事はないと地獄絵図の様相を呈してきた里から、少し離れた森林で休んでいた。
 休んではいたが、怠惰をしていたわけではない。
 一人残らず狩らなくては、この討伐が『人』によって為されたものだと説明が出来なくなる。
 鬼達は既に、炸裂喇の炎鬼としての力を目の当たりにしているし、率いてきた兵士が不死の化物である事に気付いてしまったからだ。
 里の外に出る気配を掴む為、ぼんやりと気配を探った時だった。
 三つ、里から離れていく気配がある。
 炸裂喇はまだそのことに気付いていない。
 報告に行こうかと腰を上げかけた時、炸裂喇の尋常でない思念が流れ込んできてそれを思い止まった。
 緋王と丁度今対峙しているところのようだ。邪魔はできない。
 止むを得ず一人で事を済ませようと、気配のある方へ向かった。
 三つの気配は同じ方向に逃げている。
 後を追う事は造作もない。
 逃げ去る先を塞ぐように、義成は突如彼らの眼前に現れた。
「!! 妖しの者か・・・」
 隠さず金の髪と金翡翠の瞳を曝すと、鬼の女が油断なく義成を睨みつけた。
 その眼には、頭を弾き飛ばしてしまう眼力を宿していたが、義成には当然効果なかった。
「貴方は・・・薊御前、でしたね。緋王の妻が、緋王を見捨てて逃げるのは感心しませんが」
 義成はなるべく下手に出るように言った。
 女は動じない。
 その横に控えていた、少し歳を経た男の鬼が、背に背負っていた少年を女に託して庇うように女と義成の間に立つ。
 二人とも油断をしている様子はないのに、少年だけはどこかぼうっとしていて、この世を見ていないような魂の抜けきった様子だった。
 それどころか、髪は確かに炎を縫いとめたかのようにあちこちにはねているのだが、髪も瞳も真っ黒で、額には十字の傷もない。
 擬態能力はあるのかもしれないが、鬼としての力にはまだ目覚めてもいないようだった。
 唐突に義成は理解する。
 ああ、そうか、この子供は・・・
 炸裂喇の、異母弟にあたるのだ。
 緋王の妻、薊が何故、炸裂喇の母、桜を憎んだのか、それは、自分よりも先に子を為したからなのだろう。
 緋王に対してそれを問う事も出来なかったから桜を憎むしかなかった哀れな女でもある。
 それでも、この女は桜を見逃した筈だった。
 それは、子を持たなかった薊にもわかった、必死の、子を持つ母の姿の桜を手に掛けられるほど、薊は自分の誇りを失うほどに嫉妬に狂ってはいなかったからだ。
 しかし桜は死んだ。
 蒼い炎に包まれて。
 義成はそのあたりの件も全て知っている。
 炸裂喇は、完全に薊の仕業だと思っているが違う。
 元々、人と鬼とが通じ合う事は奇跡のような事だった。
 鬼は最初から人に嫌悪感を抱いているし、逆にしても然りだ。
 しかし二人は惹かれあい、子を為すほどに焦がれあった。
 二人の想いの強さがあったからなのだろうが、事はそう簡単には収まらなかった。
 『鬼』の血を継ぐ子を孕んでいるのは『人』なのだ。
 炎を操る力を持つ子を孕んだ桜は、常に炎の気配に苛まれ、命を細らせていく。
 母子が安産を迎えられないのは緋王にもわかっていた。
 緋王は桜も、子も捨てられはしなかった。
 子と、桜を救うには緋王も代償を払わなくてはいけなかった。
 緋王は自分の命の一部を子と桜に分け与えた。それが、『契約』だったのだ。
 それでも桜は生き永らえる事が出来なかった。
 分け与えた命の期限が、あの瞬間に切れたに過ぎない。
 だからこそ、正妻の薊に桜の事を話し、子を頼むと言ったのだ。
 それはとても薊には残酷な宣告だったろう。
 しかし桜が死んでしまっても、薊は炸裂喇を引き取ることは出来なかったのだ。
 女としての自尊心が全てを邪魔したのだろう。
 すぐに緋王は炸裂喇を迎えに来たが、それを掠め取るように義成が介入した。
 そこには、義成の様々な思惑が絡んでいたのだが。
 薊は緋王の子を為すことができたようだ。
 義成の腹に黒く凝った感情が渦巻く。
 薄く唇に笑みが宿るのを止めることが出来なかった。
 その妖艶な笑みに、薊も男の鬼も息を呑む。
「緋王は、ここで命を落とす。それでも構わないと?」
 薊や男の鬼には、さぞ義成の笑みは残酷に映ったのだろう。
 悔しそうに唇を噛む薊は、特に反論はしなかった。
 ただ、子を守る為に。
 その姿は、炸裂喇の母と同じで強く、美しかった。
 しかしその瞳からは涙は溢れ続けている。
「この里を襲っているのが誰かを知っていますか?」
 緋王をだしにした挑発では薊が動じないと悟った義成は、少し矛先を変える。
 薊は答えない。
「貴方が十年前見逃した幼い半人半鬼ですよ」
 初めて薊は動揺した。
 顔を上げて息を呑み、義成を凝視した。
「ま・・・真実なのか」
「この場で嘘もないでしょう」
「・・・っ」
「彼は貴方が母を殺したと思っていますし、禁断の異種交配にとても憤っていたので、ほんの少し手を貸したのですが・・・ 彼も流石に王族の子、炎に於いては引けをとらないようですね」
「何て事・・・!! あの時、私が・・・!!」
「殺せば、良かった、ですか?」
 義成は、薊の心の動きを厭というほど掴んでいながら、別の答えで薊を斬る。
 薊は深く抉られたかのように言葉を発することが出来ずに暫く呆然とした。
 涙を流す薊は、数瞬の後我に返り、その瞳が怪しく揺らめいたのを義成が見咎めた瞬間。
「おや」
 義成の体は爆発と共に炎に包まれた。
 義成にとってはそれさえも戯れのぬるい風でしかなかったが、その炎で一つだけ様子の変わった者があった。
「あ・・・ あああ・・・・・・」
 薊と男の鬼に護られている子供ががくがくと震えだす。
「い・・・ 厭だああああっ!!!」
 叫ぶと、子供は突然暴れだした。
「焔魔!! 大丈夫よ、しっかりしなさい!!」
「厭だあぁ・・・ 火・・・ やだ・・・っ、怖いよぉおっ!!」
 その様子に驚いたのは義成の方だった。
「・・・へえ?」
 聞き返すと薊は義成を睨み据える。
「お前達の所為で・・・っ!!」
「ああ・・・なるほど、そういうことか・・・」
 義成はすぐに察した。
 形あるものが滅びていく様をありありとこの焼き討ちによって眼に焼き付けてしまったこの焔魔という子供は、炎に対しての極端な嫌悪感を持ってしまったのだ。
 先ほどまでの魂を失ったような脱力も、恐怖心から全てを麻痺させていたに違いない。
 そこへ再び炎によって刺激され、極端な恐怖心は感情の爆発となって彼を動かしたのだろう。
「面白い心的障害になっちゃったんだな」
 苦笑いしながら一歩進む。
 まだ、義成の体に纏わりつく炎は消える気配はなく、一歩進んだだけで起きたつむじ風が熱風となって三人の方へ流れて行った。
 その風を浴びただけで焔魔はひきつけを起こしたように体を強張らせる。恐怖でもう声すら出ない。呼吸まで忘れているようだった。
 流石は炎の鬼である。三人とも常人なら一瞬で黒焦げになってしまうほどの熱風を浴びても熱さは感じてはいないようだった。
 義成に纏いつく炎だけが現実味を帯びて、火の粉を撒き散らすと木々が少しずつ煙を上げたりする。
 その様子にいちいち反応する焔魔の様子がとても滑稽で、義成は少し笑った。
 焔魔と言えば・・・ あいつの・・・
 義成は自分の記憶を少しだけこじ開けようとして、すぐにその扉を閉じた。
 今、ここで手を下したら、全てがなかったことになるなら。
 義成の瞳に物騒な色が宿る。
 それに薊はいち早く気付き、自分の起こした炎をもう一度爆発させた。
「う・・・ うわあああああっ!!!」
 またも、義成には全く効果のない炎に、焔魔が叫ぶ。
 焔魔は長く叫び、ぶるぶると震えて白目を剥いて気を失ってしまった。
「焔魔っ!!」
「大丈夫です、気を失っているだけのようです」
 焔魔を気遣う薊に対し、男の鬼が落ち着いた声で言った。
「御前はお逃げ下さい。ここは儂が」
 男の鬼は薊と焔魔を護るように義成の前に立つ。
 四十を越す歳のようだが、背の高い義成と同じくらいの身の丈はあり、筋肉も弛みなくついているようで、肩幅は義成よりも広い。
 常に張り詰めた表情をしており、顎には髭も蓄えていた。
 義成は初めてその男に気付いたように
「お前は?」
 と聞いた。
「護鬼で道順と申す。御前や太子にこれ以上近付くことは護鬼として儂が許さぬ」
「ほう、護鬼。今の時代にはまだ居たんだな。護鬼といえば親のような者と聞いたが」
「誰に」
「昔のことだから忘れたよ」
 義成は自嘲気味に笑ったあと、自分に纏いつく炎が漸く邪魔になってきたのか、ふっと息を少しだけ吐くとたちまちに消える。
 その様子を見て道順は表情を固くした。
「気が変わった」
 義成は一歩後ろへ下がる。
 その意図するところを理解できない薊と道順は義成を注意深く見ていたが、義成は立っているだけで最初から何も仕掛けてはいかなかった。
「護鬼のアンタとその子供は見逃してやろう」
「な・・・」
「御前、貴方はけりをつけねばならないことがある筈。迷って居られるなら行かれてはどうです」
「・・・!!」
「貴方があの時過たねばこうはならなかった。今なら間に合うかもしれませんよ」
「・・・」
「女とは哀しいですね。そんなにも自分の幸せのみが大切ですか? それは、夫を慕っていたのでも、子が大切だったのでもない。貴方は自分のみが大切だった。それが罪でなくて何なのです」
「黙れ!!」
「・・・」
 義成は薊の剣幕に気圧されたのかどうか、すぐに口を噤む。
 その唇にはまだ薄く笑いを見せてはいたが。
 薊はあっさりと口を利かなくなった義成を睨み据えたが、やはり眼力は効果がないと知り、この魔性が自分が何をしても動じることはないのだと悟る。
 暫く無言で考えていた薊は、気を失っている焔魔を道順に預けた。
「焔魔を頼む」
「御前・・・!! あのような者の話を聞くことなど・・・」
「わかっている。私の意思だ。すぐに追う・・・ 頼む」
 短く言うと、薊は村の方へ走って行った。
 それを追うように、義成もゆったりと道順に背を向けた。
「見逃すというのか・・・」
「今回は、な」
「・・・」
「次はない」
「・・・」
 道順も特に深く義成の真意を量ろうとはして来ず、義成に戦意がないことを見て取るとすぐに里を背にして走り去る。
 薊は何か、炸裂喇に言い訳めいたものを吐くことが出来るのだろうか。
 例えそれが真実だとしても、義成には自分が育て上げたあの狂気の申し子を抑えられるとは思ってはいなかった。
 結果。
 薊も緋王も炸裂喇の手によって滅びることになった。

 そして、今から向かうのは、あの、恐怖で大火を恐れるという性癖を持ってしまった焔魔のところだ。
 焔魔には、炸裂喇の狂気を増長させるだけの素質がある。
 ただ、緋王と薊の子として生まれたという事実だけが、炸裂喇を狂わせる充分な理由になりうる。
 どう、料理してやろうか?
 義成が事を進めればあっという間に終わる。
 炸裂喇の憎しみを糧にする義成にとって、父を討った後に炸裂喇に残った虚ろは邪魔な感情でしかなかった。
 持続させた集中力も切れ、炸裂喇は不安を拭えない。
 後悔なのか、懺悔なのか。
 炸裂喇につきまとう感情を取り除く手段として、義成が選んだのは憎しみを持続させる為の鬼の存続だったのだ。
 巧く、炸裂喇の感情を煽る程度に苛烈な鬼が居てくれればいい。
 あの海賊の中にはちょうどお誂え向きなのが居る。
 ただ・・・
 そうなると幾つもの障害があるのも確かだし、義成にとってそれが望ましいかというと決してそうではない。
 義成にとっては焔魔は縁の深い男だった。
 殺すわけにはいかない。
 例え、焔魔にとっては自分が憎い敵となっても、炸裂喇にも焔魔にも死なれては困るのだ。
 炸裂喇の憎しみを糧にしているという嘘は炸裂喇には気付かれてはいない。
 自分の持て余す狂気をどうするべきなのか未だ迷走しているのは・・・ 炸裂喇ではなく、自分なのかもしれないと義成は思った。



 天守閣から義成の出立の様子を見守っていた炸裂喇は、義成の姿がすっかり見えなくなってからも暫くその場から動かなかった。
 私は、義成にとって一体何なのだろう。
 その疑念は、最初に契約を交わしたときから変わらない。
 魔性である事を忘れてしまうほどに労わってくれることもあれば、縋りつきたいほど弱っている時にも一切手を貸さないこともある気まぐれの魔性は、本当に自分の下僕なのかどうかを、未だに量りかねている。
 そして、あの、血肉に宿る力である。
 炸裂喇は義成の血を飲んで契約が成立したが、義成の与える血は人を不死に変える。その不死人は義成の下僕となるのだ。
 義成の下僕となった不死人は、普段は自我もあり普通に生活しているようだが、戦になると自我を奪われて体の支配権は全て義成に奪われる。
 ・・・果たして、私は本当にあの魔性の主なのだろうか・・・
 本当は逆で、私があの魔性の下僕に成り下がってしまったのではないのか・・・?
 疑心暗鬼は広がるばかりだった。
 心を読んでしまう厄介な力まで持つ義成に、この感情は筒抜けの筈なのに、義成は一切言い訳をしない。
 そこが余計に不安になる。
 肯定されているのではないかと。
 鬼を討つ事、それが全てだった炸裂喇には、父が意外なほど抵抗せずに自分に殺される事を受け入れた事実が未だに重く圧し掛かる。
 殺したかった筈の相手なのに何故・・・
 父の、抵抗を欲していたのか。
 何故、どうしてという、絶望に打ちひしがれた父の顔を見たかったのか。

 あの時、成長して何年も経っていた私を見ても、父上はすぐに私だと気付いた。
 何の言い訳もしなかったし、それどころか・・・
「・・・っ」
 思い出したくなどない。
 思い出したくなどないのだ。
 常に母上と一緒にいてくれた訳でもないのに、母上はいつも父上が来ると、病がちだった躰を隠すように元気に振る舞っていたし、とても喜んでいたのを思い出す。
 父上も、それをわかっていながら労わる優しさを見せていた事も。
 父上が母上を大切に思っていないわけではないことは、幼心に理解していた。
 それでも何の言葉もなく、私が父上にどんな卑劣な言葉をかけても、父上は私に一切の言い訳をしなかった。
 父上から出た言葉は・・・

「お前の望むように生きればいい」

 潔いまでの言葉であり、命乞いさえもしなかった。
 浅ましく、命乞いをして見苦しく振る舞ってくれれば、憎しみだけを残して今でも父を憎んでいられたのに。
 あの時、母上を殺したあの鬼女が現れて私にかけた言葉が頭を翳める。

「お前の母は寿命だったのだ。緋王がやったのでも、私がやったのでもないのだ、憎しみをもってはいけない!」

 それがなんだというのだ。
 寿命?
 何故そんなことがお前達にわかったのか。
 例えそうだったにせよ、否、寧ろそうとわかったからこそ思う、異種族間の交わりによる皺寄せを、すべて母上が請け負ったに過ぎないだけのことなのだろう。
 躊躇いなど持たなかった。
 父上も、あの鬼女も、この手に掛けた。
 これで、私はこの狂気を手放せると思っていたのに・・・

 そうではない事は炸裂喇にもわかっていた。
 自分の本懐を遂げて、炸裂喇は自分には何も残っていない事を知った。
 それでも燻る狂気は晴れはしない。
 それを知りつつ、まだ、義成は自分の傍にあり続ける。
 依存じゃない、これは。
 自分に言い聞かせても、義成を失う不安を思うと炸裂喇は母を失った時と同じくらいの狂気が膨れ上がるのを自覚せざるを得ない。
 母が死んだ時、父に裏切られたような気がした。
 義成が裏切った時、私は父に対する感情と同じものを再び持つだろう。
 それは、信頼の証でもあった。
 炸裂喇は、恐らく疲れていたのだ。
 人の上に立つことは、人にとって野心であり夢でもあるというのに、それを与えられてさえ満ちる事のない心。
 渇ききった心を潤すものに飢えていた。
 義成の血が人を下僕にすることを知りながら、炸裂喇は偶に義成の血を欲してしまう衝動を己に見出す事がある。
 まさか。
 何故私があんなものに執着など・・・
 天守閣からは遠くまで見渡せる。
 既に見えなくなっているのに義成の姿を目で追おうとしている自分に気付いた炸裂喇は、窓辺から離れた。
 私は、あの時に奪われる者ではなく、奪う者になったのだ。
 失う事を畏れて震えるただの子供ではなくなったのに。
 この、胸に凝る虚ろと不安。
 それを満たす者が居なくなる事は許さない。
 私は、奪う者で支配する者。
 自己暗示のように、炸裂喇は自分の中で深く念じていた。


2008/12/14 up
2009/01/08 加筆修正

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が、オリジナル御礼は現在1種のみ(しかもコレとは無関係)です・・・(遠い目)

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小声で編集後記のコーナー。
今回は少し元の話とは変わっているので苦労しました(苦笑)。
何か巧い事義成×炸裂喇の図式が成立しつつあります。
お、おかしいな、義成は色んな方と浮名を流す筈なんですが・・・ かなり生ぬるいキャラになっている気がします。うぬー。
そんなわけで、義成のちょっとしたバックグラウンド的なのを追加いたしました。
なんだかだらだらと長くなってしまってすみません(汗)。