第4話  


「さてと、それじゃ、買い物行ってくるわ」
 彼は立ち上がり、つけていたエプロンを外した。
 て言うか、外したのを見たときに初めてエプロンをしていたのに気付いた。
 エプロンの下には黒の半袖のシャツと、カーキのカーゴパンツ。
 立ち上がったら凄く背が高いことにも気付く。
 わ、これは・・・ 遙さんよりも5センチくらい高いかも。
 髪は肩より長くて背中にかかるくらいだけど、嫌味がない。
 性格は置いといて、この人、眺めてる分には凄くいいかも・・・ なんて、不謹慎なことを一瞬考えてしまった。
 まあ、眺めてる分にはいいか。
 お菓子作りの腕も確かなようだし。
 さっきのショックから一刻も早く抜け出したい私はそうやって自分で武装しようとしていた。
「今おやつ食べたから晩御飯もう少しあとでいいよな。遙もどうせ遅いだろうし」
「あ、うん、多分・・・ いつも10時過ぎなの」
「うわ、そうなのか。じゃ、晩御飯はいつも別か」
「うん。私は一人で食べてるし、遙さんは済ませてきちゃうから・・・」
「そっか・・・ でも、今日から俺が腕によりをかけて作るし、一緒に食うから寂しくないだろ」
「・・・は?」
「いや、遙が戻るまでは居ろって契約なんだよ」
「・・・」
 き、聞いてない。
 私が帰って来てからちょっとしたら帰るのかと思ってたのに・・・
 これからそれが毎日続くの?
 えーーーっと・・・ ま、間がもたないし、落ち着かない・・・っ。
「まぁ、お留守番兼、なんだな、多分」
「私がいるのに?」
「いるからだろ」
「??」
「まあ、それ以上はこっちの大人の事情。説明は俺からは出来ないから聞きだすなら遙に。じゃ、土地勘把握の為にも散歩がてら買い物行ってくるわ」
「あ・・・!」
 何だかこれ以上は聞いちゃいけない感じで逃げるように彼は玄関に向かう。
「買い物、一緒に行っちゃ駄目?」
「おや」
「この辺の土地勘あまりないんだったら案内するし。お薦め市場とか安売りスーパーとか」
 これからこの人とそれなりに長時間一緒に居なくてはならないのが毎日続くのだとしたら、もう少しこの人に慣れておきたかった。
 でも彼は、ほんの少し私の反応に驚いたようだった。
「あー、是非教わりたいんだけどまた今度頼むわ。かなり当て所なくブラブラする予定だから」
「そっか・・・」
 何か適当にはぐらかされた気がする。もしかして、何か詮索されるのは嫌だったのかな・・・?
 それを裏付けるように、彼はすぐに話題を変える。
「あ、そだ、何か食べたいものあるか? 大体のリクエストには応えられると思うんだけど」
「んー・・・ 何でも食べる。好きなものはいっぱいあるけど嫌いなものはないの」
「お、それは助かる。じゃあ、問答無用で今日はレバニラで」
「何で問答無用なの?」
「そりゃ・・・ レバーは血を作るから」
「・・・!!」
 よ・・・ 余計なお世話です・・・!!
 また思い出して耳から熱が放出されているような気がした。
「あ、そだ。携帯教えて」
「えっ、なんで」
「そんな、嫌そうな反応すんなよ」
 彼は私の素直な反応に肩で笑う。
「何か買ってきてほしいもの思い出したらすぐかけてくれれば用足しできるだろ」
「あ、そか」
 別にそんなに身構えることでもないか、と思って鞄に仕舞いっぱなしの携帯を取りに戻って番号を交換した。
 初対面なのに番号交換しちゃってるけどこれは家政夫さんだからでっ。
 ・・・って、何で私は自分に言い訳してるのか・・・
 どうでもいいけど『家政夫』が、どうしても『いえ まさお』って読めちゃうのは私だけなんだろうか。
「んじゃま、とりあえずシャワーでも先に浴びてて」
「えっ」
 ・・・何で貴方にシャワーを勧められなきゃいけないの?
 ・・・何ともこう、『後で抱いてやるから』と言わんばかりの言い草に、私は一瞬固まってしまっていた。
 それを見てまた彼は吹きだすように笑う。
「いや、何つーの、俺がいると入りにくかろうと思って出かけようと思ったんだよ。どうせ遙が帰ってくるのも遅いんだろうし、俺も遙が戻るまでは居なきゃならんし」
「・・・あっ、あ、そっか・・・」
「風呂は今日アレのようだから沸かしてはいないんだけどな」
「ちょっ・・・!! シロっ!!」
 言ってから、初めて彼を名前で、しかも呼び捨てで呼んでしまったことに気付く。
 やば・・・っ、引っ込みつかない。
 やだ、赤面しそう・・・ 押し切っちゃえ!
「そういう、セクハラ発言は遙さんにきっちり報告するからっ!」
「ほー、どうぞどうぞ。恥ずかしくないのなら」
「・・・っ、もうっ!!」
「じゃっ、行ってきますー」
 シロは、私の脅しを真剣に受け取ってはいないらしく、飄々とした様子で笑いながら出かけて行った。
 ・・・何か・・・ ペース乱されっぱなし・・・
 でも、あんなふうに言われたら凄く嫌な筈なのに、嫌だというよりもやっぱり恥ずかしさが勝つ。
 何だかシロって変わってる・・・
 でも、誰かに雰囲気だけは良く似てるなぁ・・・ 誰だっけ?
「あ」
 白影君。
 あの、ちょっと斜めで人を食ったようなところとか。
 何でもないことのようにすごいことをさらっと出来てしまったりとか。
 美形のくせに平気でシモネタ言ったりとか。
 二人とも良くわかんない素性の人だってこととか。
 そうやって考えてたら苦手意識も飛ばせる気がした。
 それでも、確かにシロが居る間にお風呂に入るのはめちゃめちゃ勇気が居る。
 確かに、出かけていてくれる間に入るのは良い選択肢なのかもしれないと思って、私は慌しく躰を清めにシャワーを浴びた。
 お風呂は心の洗濯と言うけれども、一人になって水音を聞いていると微妙に今日の失敗が頭を通り過ぎていく。
 うわぁ、やっぱり落ちる・・・ 今日の私、酷すぎ・・・
 しかも、それも全部見抜かれた上で、甘味で有耶無耶にされた気がする。
 女は甘味で気分が変わるってわかっているようなあの余裕。・・・悔しい。
 ・・・でもあのアップルパイ、すっっっっっごく美味しかった。
 パイって作るの大変なんだよね・・・ それをホントにあの人が?
 中に入ってたりんごのコンポートも凄く美味しかったし。ソースも美味しかった。
 パティシエ経験とかあるのかな?
 もしかしたらバリスタもやったことあるかもしれないけど、あの絵心のなさは素晴らしかった・・・ カプチーノが怖いとか、ホント・・・
 思い出して、つい一人で笑ってしまう。
 不思議だな、一生の恥をかいたとついさっき思ったところなのに。
 沈み込んだ気持ちがほんの少しだけ上向く。
 私って図太くて現金なのかも。
 ・・・とか、心を落ち着けていたら、シロがいつ帰って来るかわからないからあまりマッタリはしてられないことに気がついた。
 上がってみたらまだ帰ってきてはいない。
 もう日は落ちているけどゆっくり散歩してるのかな?
 そう思いながら濡れた髪を乾かしていたら玄関で物音がした。
「ただいま」
 シロだった。
「おかえり」
 ・・・あれっ?
 普通に言っちゃったけど、ここってシロの家じゃないのに。
 何か遙さんに言うのより自然に出てきてしまった・・・
 ホント、今日はペース狂いっぱなしで変な感じ。
 だから、私はシロが出かけている間に何をしていたかという事にまでは全く疑いを持たなかった。

 明日の朝になるまで。

2011/03/08 up

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が、オリジナル御礼は現在1種のみ(しかもコレとは無関係)です・・・(遠い目)

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小声で編集後記のコーナー。
うぉ、みじけぇww
・・・ですが、ちょいと含みを持たせたかったのでこのままで(笑)。
えー、ホント、シロの扱いが難しいです・・・ こんなキャラだっけ?(苦笑)
色々模索しております・・・