第2話  


 それでも時間は無常に過ぎるもので、気がつけばもう放課後。
 掃除当番を終えて、いつもの通りに帰途に着く。
 えと、本当は合気道部だったのですが諸事情で辞めました・・・ ほんの少し悔しかったのは覚えてる。
 顧問の先生にも凄く引き止められたけど、両立できないのが目に見えていたから・・・ それは潔く諦めた。
 自転車通学を始めたのは、結婚してから。
 それまでは送り迎えがあって、それなりのセレブライフを送っていたりしたのだけど、夕飯支度の買い物がしたくて、結婚してからは自転車で通学するようになった。
 自転車を舐めちゃいけない。
 あの、籠がとても重宝するのです。
 ま・・・ 偶に、卵とかピンチな事もありますが・・・ い、いや、私が不器用なんじゃなくて舗装が悪い・・・と、思いたい。
 電車通学は一度だけしてみたんだけど、あの箱詰めぎゅうぎゅう状態に堪えられそうもなく・・・
 ちなみに朝、雨が降っていても自転車で通学してたりして・・・
 傘を差して運転すると捕まるから、ちゃんと両手で運転できる傘ホルダーを取り付けたりして、自転車のカスタマイズはしてあったり。
 そんな様子を見て、白影君が『そこまでするのが凄い』と感心していたんだけど、今まで小・中・高と送迎つきで通学していた身としては、逆に楽しかった。
 ・・・・・・・・・ん、だけど、今日はペダルが重い。
 いつもは6速ある変速の5なんだけど、気持ちの重さも手伝って3くらいにして下校した。


 最新のセキュリティの高級マンションの13階に暮らすのはリッチなのだけども色々落ち着かない。
 実家は3階建ての一軒家(と言っても部屋数が凄いのですが)だったから、地面から遠いというだけで何となく心許ない気がするのは何故だろう。
 白影君のとこの駐車スペースを借りているから、キーを使って駐車場に入ってから自転車を置いてエントランスへ。
 入り口にはドアマン、エントランスには管理人さんがいるから、ご挨拶をして通り過ぎる。
 階段で昇りきる根性はないから、エレベータを操作。
 ・・・で、あっという間に我が家に到着。

 ・・・はぁ、家政婦さんかぁ・・・
 本当は、理由は誰にも言わないけど家政婦さんにはあまりいいイメージがない。
 実家のお手伝いさん達も仕事をしている裏で、私の陰口を言っていたのが聞こえたりしたし。
 聞こえるようにわざとであからさまな時もあったし・・・
 まぁ・・・ わかるんだけど。
 言いたいことはわかるんだけど・・・っ。
 でも、それをまだティーンエイジの多感な年頃のせいにして笑って遣り過ごすゆとりはあなた達にはないのですか・・・っ。
 と、思ったこともある。
 だから、家政婦のいる家に居るのが窮屈な分、家政婦と同じ働きさえ出来てれば、遙さんと二人で生活が出来るのだと思い込んで、それで今日までやってきたのに。
 2ヶ月で・・・ TKOってこと?
 落ちるな、という方が無理だ。

 でも、人なんて多種多様で色んな考え方がある。
 うちの実家のお手伝いさん達にも上下関係とか派閥とかあって、良い人や厭な人もいたし、『家ルール』みたいなものもあったんだけど、恐らく二人暮しの家であれば1人に違いない。
 遙さんの知人だと言うし・・・
 きっと、上品なおばさまが私を穏やかに出迎えてくれるに違いないんだ・・・
 そう思い込んで、私は家の鍵を開けた。


「ただいま帰りまし・・・た・・・ん?」
 少しおっかなびっくりで覗き込むように自宅のドアを開け、躰を滑り込ませてから、ちょっとだけ思考が停止した。
 玄関にきっちりと揃えてあったのは、少し使い込んだ雰囲気のバッシュ。
 それが、どう見ても・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・男物。

 ・・・えっ?
 あ、いやいや、きっと遙さんの靴・・・ と思って、それを瞬時に打ち消す。
 遙さんの靴箱にこの靴はなかった気がする。
 靴箱の掃除をしたときに見た覚えがないから。
 それ以前に遙さんがバッシュを履くイメージが私には沸かなくて。
 えっ、じゃあ、これってひょっとしてひょっとしたら・・・
 いやいや、でも??!!
 とても足の大きいお姉さんかも知れないし!!
 慌しく靴も揃えずに脱ぎ捨てるように家に上がり、ドタドタと足音を響かせてリビングに到着して急ブレーキ。
 おおおお、フローリングにワックスかかっててちゅるるーーって滑った・・・ くぅ、そのうちかけなきゃと思ってたのに・・・ や、やるなっ。
 てかてかと重厚な光を放つフローリングに視線を滑らせて、食卓テーブルにはたと視線を留まらせる。
 一輪挿しにルピナスが・・・ おぉ、こんな気遣いは私には出来てなかった・・・ ますます、やるなっ。
 お花で、ほんの少し心がほぐれる。
 例の『家政婦(?)』を探すと、トイレから人の気配。
「お、奥様お帰りか?」
 ハスキーで低い・・・ 間違いなく男性の声。
 ええええ、嘘、嘘でしょ?
 トイレに近付くと、開けっ放しのドアからにゅっと顔を出したのは、知らない男の人。
 マスクをしていて目許しか見えないけど、少し目つきがきつい印象。
 で、ゴム手を嵌めた手には便器ブラシを握っていた。
 ここまで来るともう確定なんだけど・・・でも、でも、これって??!!
「えっ、あ、あの、あのっ!?」
「コンニチハ。これからよろしく」
「あ、はい、こちらこ・・・そ」
 ああああ、反応できない、反応できないんですけど、どうしたらっ。
 お、男の人にトイレ掃除を・・・排泄物の掃除をさせてしまっているっ。
 でも、一応どうしても確認しなくてはと勇気を奮い立たせて聞いてみる。
「あ、あの、貴方は?」
「ん? 何だ遙、ちゃんと言ってねぇのか・・・ ちっ」
「え?」
 い・・・ 今、遙さん呼び捨てにしなかった? 舌打ちしてなかった?
 固まりつつ返事を待つ。
「手伝いだよ」
「・・・あ、の、遙さんからはその、『家政婦』って・・・聞いてるんですけど?」
「だから、それで合ってるよ」
「えっ・・・ や、いやいや!」
「ん?」
「か、かか、『家政婦』の『ふ』は、『婦人』の『婦』ですよっ!? てっきり女性かと・・・」
「あっはっは!! そんなことか」
 そ、そんなこと、じゃない。重要だと思う。
「それは奥様が漢字誤変換をしただけでは?」
「ご、誤変換!!??」
「ほれ、『主夫』だって『夫』って書くだろ」
「・・・え!? そ、そっち!?」
「何か問題あった?」
 『家政夫』らしい彼は、瞳の奥にからかうような光を湛えたまま、私を視た。
 だ、大体貴方は私の『夫』ではないじゃないですかっ!?
 ・・・とは、流石に恥ずかしくなってしまうので言えなかった。
 ・・・多分遙さんと同い年か年上・・・ 二十代後半くらい?
 だからなのか、私の事はかなり見下しているような雰囲気がはっきりと見受けられた。
 あまり初対面で人の印象を決めるのは好きじゃないんだけど、どうしてもこのハプニングの所為であまりいい印象を持てない。
 だけど、ありったけの理性を総動員して、これだけは吐き出した。
「い、いえ、これからどうぞよろしくお願いします」
 首だけカクっと下げて、ロボットのようなガタガタした歩みで自室に引き篭ろうとして、自分の部屋を眺めてまた再び早鐘を打つ動悸。
 嘘でしょ嘘でしょ嘘でしょ・・・??!!!!!
 休む間もなく、鞄を部屋に放ってからダッシュでリビングに走り、ベランダに駆け寄った。
 ・・・な、ない。
 やっぱり、あの、ベッドの上にキチッと丁寧に畳んで置いてあったのは私の洗濯物・・・っ!!

 ぱ、パンツとブラジャー・・・ 畳ませてしまった・・・っ!!

 鼻と耳から蒸気がブハーッと出てるんじゃないかと思った。
 信じられない、一生の恥・・・!!
 居た堪れなくなって自室に猛ダッシュでUターン。
 意識を失ってしまいたい程の恥ずかしさのまま、恐る恐るベッドに近付いたら、自分が片付けるのより遥かに丁寧に畳まれた洗濯物の頂に、誇らしげにパンツとブラジャーが置かれていた。
 引き出しを開けて仕舞われてないのは幸いなのかどうなのか・・・
 うぅ・・・ 死んじゃいたい、こんな恥ずかしい思いしてまで生きていけない・・・っ。
 実は毎日が勝負だと思って、結構大人で勝負な下着しか最近穿いてないものだから余計恥ずかしい。
 何というか、好みと傾向を知られたようで物凄く・・・こう、モヤッと・・・
 前にテレビで下着ドロを隠し撮りして、その手口を放送していたのを見たことがある。
 下着ドロがストックしたパンツを口で咥えながら物色しているの見て戦慄したことを何故か唐突に思い出して、昨日干した枚数があるかどうか数えてしまった。
 減ってない。・・・当たり前か。
 ライナーを使っているから目に見える汚れはないんだけど・・・ でもそれにしても・・・っ。
 こんな恥ずかしい思いをしたのに、これからあの人と顔を合わさなくっちゃいけないんですか・・・っ!!
 正直、拷問に近かった。
 ・・・いや待って。
 ライナー・・・ ああああああ!!!!
 昨日から生理ッ!!
 突然揺さぶり起こされたように躰に力が戻って、再び勢いよく部屋を出てトイレへダッシュ。
「?」
 彼は私の様子に動じることなく私を見返したけど、便器の後ろにひっそりと隠してあった筈の汚物入れは、蓋と容器を分離されて綺麗に磨かれ、今は空っぽのまま脇に避けられていた。
「・・・・・・・・・っ・・・・・・・・・」
 もう、声にならない。
 しょ、初日にパンツ見られ、汚物片付けさせた最低な嫁。
 あ・・・ああ、もう、ほんとに死んでしまいたい。
 今度こそ盛大に脱力して、私は自室に閉じこもった。

2011/03/03 up

Web Clap
管理人のやる気の糧になります。
が、オリジナル御礼は現在1種のみ(しかもコレとは無関係)です・・・(遠い目)

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小声で編集後記のコーナー。
あ、ヤバイ短かったかも?(笑) ですがまぁ、ここはこれで区切ってみました。
何ていうか、展開酷すぎるので(シモネタすぎる)見限られてしまわないかが非常に心配ですが(笑)。
それにしてもお雛様の日にこんな下品な話をupする私ってどうだろうと、少しだけモヤッとしました☆